第7話 この怪異空間は、俺の学校に激似だった
俺は寒さで目を覚ます。
気がつくと、冷たくジメジメした床に転がされていた。
「ここは……、あ、曜丙」
「よ、鋼始郎。起きたか」
曜丙の方が先に起きていたらしく、俺よりもずっと落ち着いていた。しかも、水が入ったコップを差し出してきた。
「とりあえず、水を飲んで。落ち着いたら、僕が知っている限りのことは話す」
「あ、うん……」
寝起きだからか、頭に靄がかかったようにぼんやりしてしまっている。
正直ここでコップ一杯の水はありがたい。
「ふぅ。命の味がする……」
「大げさだな、鋼始郎。だけど、まぁ、なんだ……」
曜丙は落ち着きのない目で、周りのモノを気にしてキョロキョロしていたが、いったん眼を閉じると、覚悟を決めた真剣な目で俺を見つめてきた。
「鋼始郎、僕たちは怪異に巻き込まれている」
ウソだと、鼻で笑って否定できたら、どんなによかっただろうか。
俺には、ここに来る直前の──白い子供の手に捕まれ、引きずられた記憶──がある。
アレが幻とか目の錯覚だとは思えない。現実に起きたことだと、本能的な恐怖が俺の精神を蝕む。
「で、ここはどこかというと、くろのみ小学校。ただし、くろのみ小学校の間取りによく似た異空間だと、僕は確信している」
確信とは大きく出たな。
でも、これで、いつも学校の保健室の棚にある、熱中症対策のために置いてある、生徒の水飲み用プラスチック製のコップに、水を入れて、差しだしてきた理由がわかった。
説明に実例を混ぜると、理解しやすい。
「そうか、異空間か……」
「怪異の方だから、怪異空間というほうがしっくりくるかもな、鋼始郎」
窓からは、ザーザーと激しく雨が降る音が聞こえる。
それはまだわかる。
窓枠から、淀んだどす黒い空気というか瘴気を感じ、さらに窓の外を見れば、個性的な五つの墓石とそのさらに奥に黄魁橋が見えている。
「
とくに、草はインパクトがある。
覚えやすいからな、草。
クサと読んでいた時期もあったが、ある時親切な人にシタガキと読むのよって教えてもらったのも相まって、よく覚えている。
「どれこれも、猫脚にデザイン墓石か……凶相だな」
「凶相って?」
「不運の相。ざっくり説明すると、良くないものだな。出典は墓相学から」
出典って……。
曜丙は小学生のくせに、ときどき難しいことを言う。
さすが、郷土愛に満ちた人でも読解するのが困難な、黄魁縁起に触れただけはある。
しかも、黄魁側付近に捨てられていたあの段ボールの中身、引き取ったらしいじゃないか。
この数日でオカルト知識がどれだけ高まったのか、想像できないよ。
「基本、定着している一般的な墓石以外は良くないらしいよ。と、いうか猫脚に関しては物理的に弱そうなところもありそうだけど」
棹石が上台石に接しているお墓に比べ、空洞が多い分、どうしても不安定な感じがするものな。
地震の時、真っ先に崩れそうな墓だと思ったよ。
あと、掃除が面倒くさそうとか。
スポンジで表面を軽くこするだけとはいえ、祖母のスタンダードな墓と比べると、こする面が多い上に、装飾などで細々した場所が多く、掃除する人の手間を考えていないような造りであった。
そのせいもあって、いつも掃除が中途半端になっていた。
こびりついたろうそくの跡といい、忠実に再現されたものなのか、それとも本体なのか。
薄汚れた不気味な墓たちに、俺は少なからず恐怖を覚える。
「くろのみ小学校と同じということは……ここは東棟の一階か」
俺たちのくろのみ小学校は二階建てだ。昔はそれなりに子どもが在学していた場所だったらしく、普通教室はもちろん、必要最低限と思われる特別教室がある。
全体的には中庭付きのコの字型の建物で、東棟と西棟と大きく分かれ、東棟は普通教室と主に火器を使わない特別教室があてがわれている。
「ああ。ちなみに、西棟はもちろん、二階に行く階段や一階中央の昇降口は防火シャッターで塞がれている。ざっくりいうと不思議な力で行けないようになっていた」
「理科と図工、そして家庭教室は行けないってことか……」
ちなみに、職員室も西棟の方にある。
西棟は大人の目が光りやすくしたほうがいい特別教室が並んでいたからな。
とりあえず、ガスバーナー、包丁や彫刻刀といった危険物や刃物は補充できないことだけはハッキリした。
「あと、図書室にもな」
「二階に行けないってことはそういう事だよな……」
うちの学校の一階にあるのは、確か……音楽室、放送室、教室、保健室……後は男子、女子トイレ。
女子トイレには何もないことを祈りたい。
小学生男子が行くのは、心理的にハードルが高いんじゃ。
「で、墓が見えるのは、中庭で……。二宮金次郎像、どこに行ったのかな」
本来、うちの中庭には墓ではなく、二宮金次郎像が建っている。
曜丙の言葉通りならば、異空間だから、なくても違和感はないのだが……少し先の水飲み場に置いてあるはずの、自分のコップがあったのだ。
墓に場所をとられているとはいえ、二宮金次郎像もあっておかしくはないとは思う。
「さぁ。それよりも、ここから出る方法だよ、鋼始郎」
曜丙、ちょっと冷たい……。
でも、見当たらない二宮金次郎像を捜すよりは、脱出方法を考えるべきだ。
「それもそうだな」
ただ、具体的に何をすればいいのか見当がつかないのが問題なのだ。
とりあえず、『音楽室』の教室の手前にいる状態だから、そこを先に探索するべきか。
「じゃ、音楽室に行くか、曜丙」
窓から外に出るというのも考えなかったわけじゃないが、そういうのは、先に起きていた曜丙がすでに粗方試したと思ったし、こういう異空間は窓や外に出るドアは一切開かないのが、一種のお約束。
あとは、単純に嫌な予感がするからだ。
このまま、外に出たら訳の分からないものに、あっさりと喰われて、人生が終わってしまうような、そんな感じだ。
最低でも墓が見えるこの状態を何とかしないと、無事に元の世界に戻れない気さえする。
(ばぁちゃんは、俺には霊感があって、危機的なものには人一番敏感だって言っていたしな……)
祖母の遺影が入ったランドセルに若干の重みを感じつつ、俺と曜丙は音楽室へと足を進めた。
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