第6話 卒業文集
「つうか、こんなイイ感じなことを考えられるくせに、あの卒業文集は何だったんだよ、曜丙……」
ふと俺は曜丙の残念なところを思い出してしまった。
きっと、この天気のせいだな。
ジメジメしていると、悪いところが連想しやすくなるものだ。
「ああ、アレ。いやぁ、途中で飽きちゃったから」
曜丙も心当たりがあるようで、あっさりと肯定。
「途中で飽きたからって……」
「初期案よりは、載せても問題ない感じになったから、いいだろ?」
「その代わり、プレイバックしたな」
曜丙の作文には、必ずと言っていいほどムラがある。
せっかくのアイデアを無にすることも、しばしばなのだが、小学生最後の大傑作になるはずの卒業文集も、例外ではなかった。
「だいたい、三人しかいないのに、二十ページも埋めるのは大変だろう。そこんとこ、井之上先生様はわかっていない」
「それは否定しないけど、さぁ」
ここで曜丙の没案になったが、残念卒業文集の一ページについて発表しよう。
卒業の日を無事迎えられた僕は
積もり積もった想いで胸がいっぱいです
義を見て
喜び弾け
ウサギぴょんぴょん
おっさんの
目の前で
電伝虫の
父さん
うんこした
三行目あたりから、投げやりになっているのがわかる、この文章。
なんでこんな怪文になっているかというと、実はあいうえお作文で、頭文字の漢字だけをひらがなにして、分裂させると……。
そ つぎょうの日を無事迎えられた僕は
つ もり積もった想いで胸がいっぱいです
ぎ を見て
よ ろこび弾け
う サギぴょんぴょん
お っさんの
め の前で
で んでん虫の
と うさん
う んこした
頭文字だけ抜き取って、縦に読んだら、『そつぎようおめでとう』、つまり『卒業おめでとう』となるのだ。
アイデアはいいが、なぜ、ベストを尽くさなかったのかと、物申したくなる。
だが、締め切りまでの時間が残りわずかだったのもあって、最後の『うんこした』という一文だけは、絶対訂正するように言いつけるにとどめた。
今は小学生でも、もうすぐ中学生になる俺たちには、きつくなってきたうんこネタ。卒業文集ゆえ結構いい紙を使って長期保存するものだから、ネタが思いつかなかったからと適当に当てはめるにしても、もう少し考えて欲しいと思うのは、当たり前と言えば当たり前。うんこネタは書き残すことなく、ひっそりと卒業してくれ。
そういうこともあって、このあいうえお作文は、つじつま合わせも入り、多少改変。
決定稿は以下の通りとなった。
卒業の日を無事迎えられた僕は
積もり積もった想いで胸がいっぱいです
義を見て
喜び弾け
ウサギぴょんぴょん
おっさんの
目の前で
電伝虫の
父さんも見た
ウサギぴょんぴょん プレイバック・パート・ツー!
ウサギが二羽になったのもあるが、特定の年代層に媚びを売ったものへと変わった。
昭和世代の心を掴めたら、上々だろう。
他にも、個別作文はいいとして、中学生になるからと無理やり掲げた抱負やら、将来黒歴史ポエムになりそうな痛々しいモノやらと、カオスな仕上がりとなった全二十四ページ。
小学生最後の大傑作というのはウソだ。
流されるまま、適当な限りを尽くした、形だけの卒業文集。
ただ、達成感はある。
完成させたという事実は、俺の心を満たすには十分であった。
「卒業式を無事終わらせたら、もっとスカッとするのかな」
俺は傘をさしているためか、やや重心が傾いて、ずれてきていたランドセルをしっかりと背負いなおしながら、つぶやいた。
「するんじゃない、鋼始郎。確かに区切りをつけるのは寂しいけど、それ以上に清々しい気持ちになるさ」
聞かせる気はなかったのだが、曜丙は俺の言葉を拾ってくれた。
そして、言葉は紡がれる。
一人ぼっちだった時にはなかった、友だちからの返事、共感、肯定。
引っ越すことで失っていたソレを、再び手にすることができたと気がついたことで、俺の目が潤んだのは記憶に新しい。
「それと、話ながら歩いていて気付くのが遅れたけど、なんか雨が強くなっているから、橋を渡り終えたら、速足でいこう」
曜丙の言葉で、耳を澄ましてみると、確かに雨音が強くなってきている。
これは急がないと濡れ鼠なってしまうパターンか?
卒業式をぐっしょりと湿った靴下のまま行うのは、ごめんこうむりたい。
はやる気持ちを抑えつつ、黄魁橋を慎重に渡る俺たち。
なぜ、これから走ろうと発言しなかったのは、黄魁橋のウワサ話と実話があるからだ。
俺が生まれる前の話になるようだが、ある暴雨の日のことで、黄魁橋を渡っていた男女十人が、橋ごと土石流に呑まれ、死亡したという痛ましい自然災害があったという。
なんでそんな日に外を出歩いていたのかわからないが、その十人は五組の夫婦で、妻の胎の中には妊娠期間こそ違うが、それぞれ赤ちゃんがいた。
遺品の中に母子手帳があったというからには、ここまでは事実なのだろう。
で、ここからがウワサ話だ。
両親とともに逝った胎児とはいえ、この世に生まれずに流されたことに未練があったらしく、強い雨が降るような日に現れるという。
どんな形で現れるか、その詳細は不明だが、この黄魁橋を走って渡ると、その【この世ならざるもの】たちが現れ、執拗に、自分たちと同じく、水嵩が増した川に引きずり込んでくるという。
もちろん、ただのウワサ話だし、地面が濡れて普段よりも滑りやすくなった橋の上だからこそ慎重に渡れという、戒めもあるのかもしれない。
川が一瞬で増水するのはよくある話で。
ソレを心霊現象として認識しちゃうのも、よくあることだろう。
目の錯覚と結論付け、このウワサ話は昨夏の俺たちの納涼に役に立ったこと以外はなかったはずだった。
そう、はずだったのだ……。
「オロ、オロオロン、オンオロロン……」
突然、俺の鼓膜を揺さぶってきたのは、キゴミのわらべ唄。
この間、曜丙が歌った、六番目の歌詞の冒頭部分。
「すべて……まぁとめぇ、ひっくりぃ……返してぇ……」
俺は、聞き覚えのない子どもの歌声に思わず自分の耳を疑った。
「おしまいだぁ……」
そして、俺たちの目の前で空間が割れる。
空間から現れたのは、白い、俺たちと同じぐらいの歳の子どもの手。その数、おそらく十本。
件のウワサ話通りなら、五人分だからなのか。
ウワサ話の信ぴょう性に一瞬感心してしまいそうになる。
「おしまぁいぃだぁぁああああぁあ!」
この不気味な手から逃れようと足を動かした時には、伸びてきて、俺を捕まえた。
「っ!」
白い手のどこにそんな力があるのか、一瞬で俺を引きずりこみ、それと同時に俺の意識は暗転した。
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