第5話 くろのみ小学校 最後の日
小学校卒業式当日、あいにくの雨だった。
俺と曜丙は黄魁橋の上を自分たちの不運に嘆きつつ、渡っている。
「おろしたての制服を濡らしたくなかったんだけどな……」
俺より前の卒業生には在学中出会ったことがないので、鵜呑みにするしかないのだが、くろのみ小学校卒業生徒は中学生の制服で列席するのが、決まりらしい。
そのため、俺はこんな雨の中、新品の制服で向かわなければならないのだ。
それでなくても、俺の制服は、これからの成長を見越してサイズ大きめ、全体的にダボダボしている。傘をさしているとはいえ、大きく余った服の丈はみ出しやすく、歩いて数分程度でぐっしょりと濡れてしまった。
気が滅入る。
「こういうのは時の運だから、しゃーないって、鋼始郎」
なお、曜丙と俺の制服が違うのは、進学予定の中学校が違うからだ。
曜丙は今の住居の学区内の市立中学校だが、俺は祖母が亡くなったのもあって、両親の現在住んでいる住所に引っ越すことが決まっている。
祖母が亡くなった時点で転校も考えられていたが、二学期の中途半端な時期だったこともあり、一族を緊急招集して、親族会議をすることに。
その結果、この近辺に住む親戚のおじさんを一時的に保護者に任命して、卒業までは、くろのみ小学校に通うことになった。
卒業日直後に引っ越すわけではないが、近い将来、俺は曜丙、そして友希帆と別れることは確定事項だ。
四月から新生活だよ。
不安や不満がないわけじゃない。だけど、仕方がないと、納得している。
卒業日まで通い慣れた小学校に行けること自体、十分温情だって、理解しているさ。
「それに、最後の日だし。これぐらいのハプニング、考えようによっちゃぁ、粋じゃないか」
なお、最後の日というのは、くろのみ小学校は、俺たち三人の卒業式が行われるこの月に、廃校が決定されているからだ。
解体工事についてはまだ未定だが、そう遠くないと思う。
俺たちの時代で、全校生徒三人にしては広すぎて、手入れや掃除が行き届かなかった場所も多く、近くのくろのみ公民館を拠点とした自治会のボランティアの方々の協力を得て、なんとか体制を整えてきたが、限界が近い。
元々生徒が少なかったからか、小規模かつ簡素な造りだったのもあり、劣化は激しく、老朽化が進み、コンクリートの壁に大きなひび割れがところどころにある。
次の震災で耐えられる見込みはないといっても過言ではないほど、ボロボロだ。
無理して保持する必要は一切ない建築物。
現にハザードマップにも、くろのみ小学校の名は消えていて、くろのみ公民館の方に避難するように促されている。
「役割を果たした小学校。最後に滝のような涙を流し、俺たちに別れを告げる……そう思えば、少し気が晴れるよ」
曜丙の言う通り、この降り注がれる雨は、涙のように思えてくる。
詩的な言葉に、最悪だった雨空が、少し幻想的で素晴らしいものに見えてきた。
俺の表情の変化に気をよくしたのか、曜丙はにこやかに笑う。
「うんうん。ものは考えようだよ、鋼始郎。今日を乗り越えれば、卒業式の練習から解放されるのだから。こんな雨ぐらい、へっちゃら、さ」
「……それもそうだな、曜丙」
俺たちはこの一か月間、卒業式の予行練習を何度もやらされている。
目新しさはない。
しかも、俺の親は仕事のため、卒業式には来ないのだ。曜丙もそれは同じ。
友希帆の両親は来るかな。
ハロウィンやクリスマス、お正月にひな祭りなどの行事をノリノリで楽しむ人たちだ。遊びに行った日にゃ、部屋の飾りつけはもちろん、ポップでキュートなお菓子も用意してくれて、腹ペコお子様の俺たちによくごちそうしてくれたものだ。
そんなイベント好きなご家族様一同が、くろのみ小学校最後の日を逃すわけないだろう。例え雨でも、それぐらい屁の河童だろうな。
むしろ映える映えるとか言って、喜びそうだよ。
後は混音市の市長か広報担当者、町内会の役員の人ぐらいか。たった俺たち三人の卒業式に来てくれる大人は。
寂しい卒業式だと思われちまうだろうけど、平日の田舎町で行われる卒業式なんてそういうものだと、俺は思っている。
伊達に長年強制ぼっちだったわけじゃないのだ。他人が他者のために時間を割くほうが珍しいのだ。行事とはいえ、他人である俺たちのために、やってきて、温かく見守ってくれるだけでも、ありがたいことで、うれしいことなのだ。
だからと言って一か月間練習するのは、どうかとは思うけど。
段取りを完璧に覚えさせるためと言えば聞こえがいいけど、飽き飽きしている。
最後だから、はっちゃけたいと思っても、ばちが当たらない気がする。
と、いうわけで、俺は祖母の遺影をランドセルに納めた。
なんだかんだ言って、俺の卒業式という晴れ舞台を楽しみにしてくれていたからな。適当なパイプ椅子でも見繕って、じっくり眺めさせてやろうじゃないか。
ちなみに、今年度の担任こと、
事前に相談すると、訳の分からない理屈をこねて反対するってことが目に見えているからだ。
ならば、井之上先生の外面だけを気にする質を利用して、他の大人たちが見ている前で、ぶっつけ本番でごり押ししたほうが成功率は高い。この一年近くで学んだことだ。
前の先生が定年退職じゃなかったら、こんないやらしい手を使わなかったのになぁ。
あと一年で廃校というタイミングで、赴任してきた先生だから、難物件であるとうすうす感づいていたが、本年度、転校当初からずっとお世話になってきた保健室の
井之上先生は赴任前から、どこぞの病院に長期入院していたようで、最初の三ヶ月……一学期ぐらいの間、俺らはずっと自習していた。ちなみに、修学旅行は、昨年度もしものことを危惧していた前の先生から、粗方引き継いだ辻岡先生と一緒に、三泊四日他県にお泊り。観光客は少ないが、古式ゆかしい穴場スポットを巡ったのは、いい思い出だ。
井之上先生は、退院した二学期から顔を見せるようになったが、事あるごとに休んでいたので、俺の中では、教科書をくどくど読む、式典系の行事だけは異様に気合を入れていた先生……という記憶しかない。
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