第4話 キゴミのわらべ唄

「そもそもキゴミのわらべ唄自体、黄魁神社の何代目かの神主が作詞したものだから。冷涼はもちろん、クソガキたちを諫めるために、神主が作ったから」


 おとぎ話に近かったのかな。


 一種の教訓にしては、確かに的を射ているのかもしれない。

 ……怖かったけど。


「多少時代時代でアレンジが加わったようだけど、基本は黄魁神社に伝わる昔語りの一部だ」

「お子様にわかりやすい教訓として広めようとした結果……キゴミのわらべ唄になったということか、曜丙」


「そうそう、テン、テンテテン……」

 軽快なリズムで一瞬騙されそうになるが、これこそがキゴミのわらべ唄だ。


「テンテンテン、喜んだ犬、川で溺れて、青くなるぅ♪ 青くなるぅ♪」

 この通り、死を強調した残酷なわらべ唄だ。

 しかし、伝えたいことはわかる。

 目の前の黄魁川に、喜んで入る時期……おそらく、夏。調子にのって、無防備に、無策で川に飛び込めば、溺れて死ぬのは、予想できる範囲だ。


 そんな予想できるほど人生経験を積んでいない子どもたちに、注意を喚起するために作られたとしたら、キゴミのわらべ唄は教訓的にいい歌だと、今なら思う。


 ただし、初見はビビる。


 現に、キゴミのわらべ唄を初めて聞いた時の俺は、夜中に一人でトイレに行けなくなった。


「テン、テンテテン、テンテンテン、怒った羊、首を斬られて、赤くなるぅ♪ 赤くなるぅ♪」

 曜丙はなんか変なスイッチが入ったのか、黄魁縁起を持ちながら、手拍子交じりに、歌い続ける。


 少し不気味だが、妙にテンポだけはいい歌なので、全曲歌いたくなる気持ちはわかる。


 中途半端は心も体もモヤモヤするものな。


「テン、テンテテン、テンテンテン、哀しい牛、土に埋められ、黄色くなる♪ 黄色くなる♪」

 動物や色の選抜理由は、古代中国に端を発する自然哲学の思想、五行思想が組み込まれているからだそうだ。


 当時作詞した宮司の趣味なのか、黄魁神社の思想そのものが大陸の文化と交じり合って出来てたものなのか。


 神仏習合しかり、古来より元の土着信仰に外の信仰が融合し、再構成されること自体、日本ではよくあることなので、何ら不思議なことではないけどね。


「テン、テンテテン、テンテンテン、楽した馬、血を抜かれて、白くなるぅ♪ 白くなるぅ♪」

 子どもが覚えやすいように、短めの歌詞にしているため、表現がわかりにくいモノもある。


 祖母が言うには、馬が白くなるのは、ストローのようなものを動脈に何本も突き刺して、血を抜くからだと。


 チラシ裏に描いてまで事細かに教えてくれた、妙に臨場感のある馬の死に方には、恐怖しか感じなかった。


「テン、テンテテン、テンテンテン、怨んだ豚、全身を焦がして、黒くなるぅ♪ 黒くなるぅ♪」

 焼いて物理的に焦げたのか、心を嫉妬に焦がして、黒くなったのか。


 あるいは、両方か。


 恨みつらみを抱いた人間は、碌な目に合わないことだけは、ハッキリとわかる。

 教訓だけで見れば、いいセンスだ。


「オロ、オロオロン、オンオロロン、すべてまとめ、ひっくり返して、おしまいだぁ♪、おしまいだぁ♪」

「あれ、この歌、六番もあったのか?」

 元ネタの五行思想から、てっきり五番までだと思っていた。


 現に祖母は五番までしか歌っていなかった。


「そうだよ。この黄魁縁起にも書いてあるよ。でも、六番は他の歌と違って、合いの手も違うからか、地元でもあまり知られていないらしいよ」

 そんな補足説明も黄魁縁起に載っているのか。


 さすが、ハードカバーブック。


 細かいところまで記述してある。


「それでも、キゴミのわらべ唄は、全六番。おしまいだ、まで歌うのがセロリーだよ」

「……それを言うなら、セロリーじゃなくて、セオリーじゃないか、曜丙」

 独特の強い香りで有名な緑の野菜になって、どうするよ?


 せっかく物知りで知的なイメージが尽きそうだったのに、最後の最後でポカをする。

 曜丙の詰めの甘さは、いつものことながら、残念な気持ちにさせられる。


「んぐっ。カタカナ語は難しい!」

「カタカナ語って……」

 曜丙の言いたいことは分かる。


 日本独自の解釈が混じってしまったため、本来の意味からかけ離れている、和製英語可能性もあるからな。


 外来語と言い切れるほど、俺たちは言葉の意味を十全に理解しているわけではない。


「まぁ、使い慣れていないと会話自体に出てこなくなるから、こういう何気ない仲間同士の会話に使うのはありっちゃありだからな。間違えても、フォローしてやるよ、曜丙」

「優しいのか、優しくないのか、判断が微妙なところがあるけど……間違って使い続けるよりはいいか」


 スルースキルを使って、誤字を脳内変換・捕捉して、優しい目で微笑むのが最も当たり障りのない会話になるのだが……曜丙と俺は友だちだからな。


 間違いを正すように指摘し、教えあうのも、また優しさってことだ。


 段ボールの中身は俺が望んでいるものだはなかったが、ひとしきり笑いあった後、家に帰るまでの間、気分がよかった。


 友がいる、この生活。


 最高だな。

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