第2話 女友達 矢風友希帆

 ──くろのみ墓場を後にして数分後。


 曲がりくねった交差点で、親しい友人が見えた。

 髪を左右に分けて、可愛らしいシュシュで結び垂らしている、おさげの少女。フルネームは、矢風やかぜ友希帆ゆきほだ。


 性別は女であるが、小学四年生ぐらいなら男の子と女の子の性別の境界線が、まだあいまいだったこともあり、俺たちはすぐ仲良くなれた。


「友希帆。こんにちは」


 気がついたからには、声をかけるしかあるまい。

 俺はバケツを持っていない方の手を挙げて軽くあいさつを交わす。


「あ、鋼始郎君。こんにちは」


 友希帆は艶やかな黒髪に垂れ目がちの大きな瞳を下から見上げてくる。


(うっ、かわいい……)

 俺との身長差が十センチぐらいあることも要因の一つなのだが……友希帆は愛されキャラというものはこういうものだと、典型的な庇護欲をそそりそうな、華奢な美少女だ。


 出会った頃、友希帆と俺たちの歳がもう少し上だったら、これほど仲が良くならなかっただろうと、思春期を迎えつつある今だからこそ、しみじみと思う。


 もしかしたら、友希帆と出会えたのは、ぼっち生活を強いられた俺への神様からのご褒美なのではないか、と時々アホなことを考えてしまう。



「あら、友希帆の友達? 初めまして」

 友希帆に意識が集中していたので、すぐには気がつかなかった。


 電信柱の陰から、髪の長い、妙齢のお姉さんが現れた。


「わ、でかくて上品になった友希帆? いや、そっくりなだけ? ……でも、ないか?」

 お姉さんの顔つきは友希帆と似ているので、血のつながりがあるのだろうか?


「私の名は矢風やかぜ奏鳴かなめ。友希帆の叔母なの。よろしくね、鋼始郎君」


 俺がいろいろ推測する前に、あっさりと答えを述べる、奏鳴さん。

 もう少し、ためらってもいいのよ。

 それとも、何か。

 俗物的でいやらしい男子の妄想の餌食にならないように、秘密を無くしていくスタイル?


 確かに、友希帆の親族ということが確定した時点で、エロ方面は自粛ムードに突入している。


「ええ。よろしくね」

 友希帆も美麗の方なのだが、奏鳴さんは頬も唇もふっくらとしていて、成熟した艶がある。


 左目尻の斜め下にある泣きぼくろは、とってもセクシー。


 自信あふれる爽やかな笑顔を浮かべているところも、ポイントが高い。

 スッと背筋を伸ばした立ち姿には威厳があり、女性としては背が高い方だろう。


 胸は片手ではこぼれてしまいそうなぐらいの豊かさがあり、ウエストはスマート。尻から太腿へのラインは小気味よく引き締まっていて、スラリと長い美脚の魅力が強調され、女性らしく柔らかで理想的な曲線を描いている。


 芸術作品でないのが不思議なぐらい、顔も身体も整っていた。


「は、はい。よろしくお願いします、奏鳴さん。あ、ちなみに俺の名は大観鋼始郎。友希帆の同級生をしています!」


 名乗られたら、名乗り返す。


 それだけは守った。

 もう、それだけでいいやって諦めたよ。

 美人を前にしたからってこんなに緊張するなんて、想像もできなかった。こんな残念な自己紹介をしてしまった俺を誰か慰めておくれ……。


 耳まで赤くなっちゃうぐらい恥ずかしい……。


「ふふ。ずいぶん面白い子ね」

 魅力的な美人の微笑には、癒し効果もあるのかな。

 無様な対応に落ち込んでいた俺の繊細な心が、ポカポカと温まった気がした。


 とってもセラピー。


「これから、奏鳴姉さんと一緒に黄魁おうかい神社に行くの」

 友希帆にとっては、奏鳴さんは叔母だけど、おばさんと言わないのは、見た目と年齢からか。


 まぁ、こんなに若くて綺麗なら、姉のほうがしっくりくるから、別にいいか。


 俺は大人の判断で、叔母を姉と呼ぶという疑問について、深く掘り下げないようにした。


「へ~、黄魁神社に、ね……」

 黄魁神社とは、黄魁命おうかいのみことを主神として祀っている、旧くろのみ町、現混音市最大のパワースポットである。

 ご利益は、良縁成就・勝運・金運。恋愛運は微妙であるが、黄魁神社の縁起は、主に芸能関係だ。

 数々の著名人が訪れては、名作を生み出していったとか。


 逆境を乗り越え、最高の結果に変えたい方なども、参拝推奨だ。

 困難に打ち勝つ力が宿るとか、スピリチュアルな力でなんとかなるらしい。


 悩める子羊たちに、活力を与える何かがあるのだろう。


 知らんけど。


 それに、神にすがるまでいかなくても、黄魁神社周辺は寛雅な景観が形成されていることで有名で、この美しい風景だけでも、一見の価値がある。


 市外はもちろん、県外からも参拝者が来る、田舎にしては有名で、人気の観光スポットである。


(奏鳴さんは芸能関係者なのかな)

 これだけの美人だ。


 モデル……女性向け雑誌のモデルだったら、名前を知らなくて当然だろうし、そもそも精を自覚しだす年代の男子には、ありとあらゆるジャンルに置いて女性向けというキーワードが入っていた時点で、スルー対象だ。


 性差別と言うより、気恥ずかしい!


 察してくれ!


 思春期少年はガラスのようにもろい心を守るために、無駄に足掻く。


 心がデリケートからバリケードに進化したら──女性向け? 女の子と仲良くなるために学んだほうがいいよね、どんとこい!──となるはずだけど、そこまで精神が成長するまで、もうちょっと待っていてくれ。


 自意識過剰なクソガキでごめんなさい。


(それとも、今時のお姉さんだから、人気急上昇している動画投稿者か?)

 奏鳴さんは見た目もいいけど、発音も良かった。

 出会って数分しか経っていないが、歌唱力も期待できるほど、透き通ったいい声だ。


 奏鳴さんが、実は有名動画の歌手だったとしても、別に驚かない。


 むしろ、俺の想像通りだったら、チャンネルやマイリストに登録するので、登録動画のURLを教えてくださいと、腰を九十度曲げて、誠心誠意込めてお願いする!


「そういや、友希帆。黄魁神社入口近くにある喫茶店の季節のあんみつな、今日からイチゴが入っているって」

「教えてくれてありがとう、鋼始郎君」

 願い事は何であれ、神社までの距離は散歩にはちょうどいいからな。


 ご褒美の甘味も欲しくなるだろうしと、お勧めの店を紹介しておく。


「あら、丁度いいわね。帰りに寄りましょう、友希帆」

「うん。じゃね、鋼始郎君。情報ありがとう」

「ああ」


 軽い会話だけで終わるのがちょっと名残惜しい気もするが、墓参りを終えたばかりの俺が、長々と美人さんたちの通行の邪魔をするのは忍びない。


 爽やかな微笑みも見れたことだしと、友希帆たちと別れ、俺は再び歩みだした。

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