かごめかごめ

「かごめかごめ

 かごのなかのとりは

 いついつでやる

 よあけのばんに

 つるとかめがすべった

 うしろのしょうめんだあれ?」



 真紀子にとって「かごめ唄」は少しトラウマであった。

 幼少期、大勢の友達と「かごめ唄」をやったことがあったが、後ろの正面には必ず真紀子の嫌いな吉雄よしおが立っていたのである。

 粗暴で下品でいけすかない男の子。

 なぜいつも吉雄が立っているのか、不思議でならなかった。


「もう、またよっちゃんじゃない」


 そのたびに何度もやり直す。

 しかし、真紀子は決して吉雄の名前を呼ぶことはなかった。そのため、真紀子のオニはいつまでたっても変わらない。後ろの正面の人間を言い当てないと、オニが変わることがないからだ。

 結局、頑なに吉雄の名前を呼ばない真紀子に他の子もシラケてしまい、「かごめ唄」は幼少期にやったそれだけであった。



 それから20年。


 社会人になった真紀子はもちろん大嫌いだった吉雄のことなど記憶の彼方へと飛ばしていたのだが、ある時同窓会の知らせが届いてその名前を思い出してしまった。

 差出人は、同窓会の幹事である吉雄本人だったためである。


「はあ、思い出したくない人を思い出してしまったわ」


 そうは言うものの、小学校卒業以来会っていないクラスメイトもいるので、やはりどう変わったのか会ってみたくもあり、参加にマルをつけて返送した。

 すぐさま吉雄からは会場の場所と時間が記された地図が送られてきた。

 吉雄から、というのは少し不満だったが、それでも懐かしい面々に会えることのほうが嬉しくてしょうがなかった。



 同窓会当日の夜。

 真紀子は精一杯のおめかしをして会場に乗り込んだ。

 大衆居酒屋ではなく、ちょっとオシャレなバーというのが意外だった。

 あの吉雄がこんな場所を予約するなんて。


 行ってみると、小学校時代の懐かしい面々……ではなく、こじゃれた一人の青年がカウンターに座っていた。ビシッと高級そうなスーツに身を包み、茶色がかった髪の毛をなでつけるようにおろしている。

 一目で吉雄だとわかった。

 幼少期の生意気そうな顔はどこへやら。

 甘いマスクに引き込まれそうな優しげな瞳をしていた。


「真紀子、こっちこっち」


 吉雄に呼ばれ真紀子は辺りを見渡しながらも吉雄の側に近づいていった。


「ちょっと、早く着きすぎちゃったかな」

「そんなことないよ」


 言いながら吉雄はバーテンダーにカクテルを注文する。


「さ、ここに座って」


 どうしようかと真紀子はためらったが、ずっと立ちっぱなしというのも悪いので少し身体を離しながら吉雄の隣に座る。

 そんな真紀子の前に、おしゃれなグラスに注がれたカクテルが置かれた。


「これ……」

「オレのおごり」


 うざ。

 真紀子は心の中で舌を出した。

 とりあえず一口も飲まないのは悪いと思い、形だけ口をつける。

 それは甘くてびっくりするほどおいしかった。


「他に誰が来るの?」


 真紀子はチビチビとカクテルに口をつけながら一番気になっていたことを聞いてみた。

 吉雄は何も答えずグラスに注がれた酒をあおっている。


「ねえ、吉雄」


 真紀子に急かされて吉雄はゆっくりと口を開いた。


「誰も」

「え……?」

「誰も来ないよ」


 その言葉に真紀子は目をパチクリとさせる。


「誰も来ないって……」

「だって、招待状出したのお前のとこだけだもん」


 何を言っているのか、理解に苦しんだ。

 招待状を出した相手は私だけ?

 他には誰も来ない?

 いったい何を言い出すのやら。


「吉雄、なんの冗談……」

「冗談なんかじゃないよ。オレ、ずっと真紀子のこと好きだったんだ」


 吉雄の突然の告白に真紀子は「へ?」と硬直したまま顔をひきつらせた。


「ずっとずっと、好きだったんだ。かごめかごめ覚えてる? あれ、全部オレが仕切ってたんだぜ。お前に名前を呼ばれたくて」

「かごめ唄……」

「オレ、どうしてもお前に名前を呼んでほしかったんだ。まわりの連中に言って、何度もお前の後ろに立つように仕向けてな」


 だからか。

 真紀子は少し納得した。

 どう考えてもあれはおかしい。

 何度も吉雄が自分の後ろに立つなど、あり得ない。

 あれは全部この男が仕組んでいたことだったんだ。


 そう思いながらも、真紀子はふうとため息をついた。


 そうだ、今はそんなことを考えている場合ではない。


「それを伝えたくてわざわざこんな手の込んだことをしたの?」

「なんだよ、嬉しくないのかよ。お前だってオレのこと、好きだったくせに。オレの名前を呼ばなかったのは、恥ずかしかったからだろ? わかってるんだよ」


 吉雄の言葉に真紀子はカチンときてイスを蹴り飛ばしながら立ち上がった。


「帰る!」


 あまりにも腹が立った。

 こんなふざけた男とは数秒とも一緒にいたくはない。


「なんの冗談か知らないけど、私の前に二度と顔を見せないで!」

「連れないなあ。久々に会ったっていうのに」

「さよなら!」


 足を一歩踏み出そうとした瞬間、猛烈な眠気が真紀子を襲った。

 くら、と頭が混濁する。


「な……」

「ああ、ちょっと酒が強すぎたか」


 吉雄の言葉が耳に突き刺さる。

 この男、いったい何をしたのか。


「ダメだよ、酒にはめっぽう弱いって、先に言ってくれないと」

「あなた……いったい……」


 つぶやきながら真紀子は意識を失った。



     ※



「う……」


 目を覚ました真紀子は、見知らぬ部屋のベッドに横たわっていた。

 壁もベッドも家具さえも白く統一された部屋。


 いったいここはどこなのか。


 慌ててベッドから跳ね起きる。


(どこ!? ここどこ!?)

 

 ケータイを探そうとポケットをまさぐるが、どこにも入っていない。そもそも、ケータイはバッグの中だ。そのバッグはどこにも見当たらなかった。

 辺りを見渡す。

 きれいな部屋ではあるが、どこか無機質な感じだった。

 吉雄が連れてきたのだろうか。

 幸いにも衣服の乱れはなかった。

 何もされてはいないようだ。


 とはいえ、このままここにいたら何をされるかわからない。

 真紀子は部屋の扉を開けると一気に部屋の外に飛び出した。


「う……」


 まぶしい光が目に入る。

 辺り一面白い壁に囲まれた広い通路。

 間接照明の明かりが薄暗い通路を照らしていた。

 左右の壁にはいくつもの扉が並んでいる。

 そのどれかが出口につながっているはずだ。

 真紀子は駆け出すと一つ一つ開け放っていった。


 とりあえず、ここから出なければ。


 しかし、どの部屋もがらんどうとしていて、行き止まりだった。窓ひとつついていない。

 いったい、この家はなんなのか。

 次から次へと扉を開け放つ真紀子に、ひとつだけ異色な扉が目についた。

 古びた木製の扉。


 もしかしたら、ここが出口かもしれない。


 そう思い、ノブに手をかけて思いきりドアを開けた。


「──!?」


 そこには、信じられない光景が広がっていた。


 巨大なベッドに巨大なデスクとチェア。見上げるほどにせせり立つ本棚。

 すべてが異常なほど大きかった。

 キングサイズというわけではない。例えるならば巨人の部屋に迷い込んだような、そんな部屋である。


「ここは……」


 振り向いた真紀子の目に飛び込んできたのは、可愛らしいドールハウスだった。

 女の子たちが人形遊びで使う、洋風の建物の玩具。白く塗りつぶされたその建物のまわりには、物言わぬマネキン人形が乱雑に積まれている。


 否、それはマネキン人形などではなかった。


 一体一体が綺麗に着飾った自分の顔をした人形であった。


「なによこれ……どうなってるの……」


 混乱している彼女の耳に、あの不愉快な声が聞こえてきた。


「目が覚めたみたいだね」


 声の方を振り向いて、真紀子はその場で腰を抜かした。

 振り向いた先には、巨大な顔の吉雄が立っている。バーで見たあの穏やかな表情とは打って変わり、そこには舌なめずりをする猟奇的な犯罪者のような顔をした彼がいた。


「あ……あ……」


 怯える彼女の顔を見ながら吉雄は言う。


「ああ、やっぱり本物は違うなぁ」

「あ、あなた一体……」


 あまりの恐ろしさに真紀子の身体が凍りつく。

 吉雄はそんな真紀子の反応が面白いとばかりにマネキン人形を一体手につかむと、その場でひねり潰してしまった。


「ひっ!」


 思わず真紀子は悲鳴を上げる。

 吉雄は真紀子の目の前にひねり潰したマネキン人形を投げ捨てた。

 ぐしゃりと潰された自分そっくりの人形。

 吉雄の行動は常軌を逸している。


「こんな人形、いくつあっても物足りない。いくらお前にそっくりな人形でも、感情もなにもないんだもの。オレが欲しいのはこんなんじゃない。お前そのものさ」


 そう言って、人差し指で怯える真紀子の頬を撫でる。

 ぬるっとした気持ち悪さが真紀子の背筋をさらに凍らせた。


「ああ、本物は本当に可愛いなぁ。やっぱり神様に頼んで正解だった。本物の真紀子を人形にしてくれって」

「に、人形?」


 この時、ようやく真紀子は気がついた。

 吉雄やまわりの家具が巨大になったわけではない、自分が人形サイズの大きさになってしまったのだと。


「そのために、オレは自分の家族を生贄に捧げたけど、後悔はないよ。心から欲しかった真紀子が手に入ったんだから。愛しの真紀子、これからはずっと一緒だよ」


 真紀子の脳裏に「かごめ唄」が流れ出す。


「かごめかごめ

 かごのなかのとりは

 いついつでやる

 よあけのばんに

 つるとかめがすべった

 うしろのしょうめんだあれ?」



 真紀子のうしろの正面は、これから先、常に吉雄が立ち続けるだろう。

 ずっと、ずっと……。





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