銀行強盗

 その日、三人組の銀行強盗が綿密に作戦を練っていた。

 一人はナイフで銀行員を脅し、一人は外を見張り、もう一人は客を見張る。

 それぞれが体術に長けた者たちで、多少の抵抗はものともしない猛者であった。


 作戦時間は5分。

 時間との戦いだ。


 銀行前に停めた車の中で黒いマスクをかぶると、男たちはいっせいに降り立った。


「金を出せ!」


 銀行に入るなり、男たちはナイフを突きつけた。

 客たちがいっせいに悲鳴を上げる。

 強盗の一人がカウンターに身を乗り出し銀行員を脅した。


「こいつに金を詰めろ」


 そう言って空のバックを出す。

 怯える客たちには、もう一人の強盗が怒号を上げて黙らせた。

 最後の一人は入り口に立って他の客が来ない様に見張りにつく。


 ここまでは完璧だった。

 しかし、ここで想定外の事が起こった。

 金をバックに詰める銀行員の動きが遅すぎるのだ。

 臆病なのか怖がりなのか、怯えながら震える手つきで突きつけられたバッグにゆっくりと現金を詰め込んでいる。


「早くしろ!」


 男はナイフを振りかざしながら叫んだ。

 銀行員はますます縮み上がり、さらに動きが遅くなった。


 見かねたもう一人の強盗犯が客たちを物色する。

 主婦やサラリーマン、私服の学生らしき青年がいる中、ひときわ目立っている人物を発見した。

 高級そうなスーツに身を包んだ老紳士。

 怯えた表情で重そうなアタッシュケースを持っている。


「おい、そいつを寄こせ!」


 強盗犯が老紳士からアタッシュケースを奪おうとした。

 すぐさま老紳士はそれを両腕で抱え込む。


「おやめください、おやめください……」


 彼は必死に抵抗を試みていた。

 その必死さから強盗犯たちは察した。

 これはかなりの額が入っている。


 彼らは必死に抵抗する老紳士の腕をつかむとむりやりアタッシュケースを取り上げた。


「お願いです、それだけは……」


 奪い取られたアタッシュケースを取り戻そうと、震える手を差し伸べる老紳士。

 強盗犯たちはその手を振り払って時計を見た。


 作戦終了予定時間まであと30秒。

 これ以上の長居は危険である。


 そう判断した彼らは、のろまな銀行員からバッグを引っ掴むとそのまま銀行を飛び出して行った。

 バッグの軽さから判断して思った以上に額が少ないようだ。

 チッと舌打ちをしつつも、老紳士から奪い取ったアタッシュケースに望みをたくした。


 あれほど頑なに奪われまいとしていたケースだ。

 きっと、ものすごい大金が入っているに違いない。 


 彼らは銀行前に停めていた車に乗り込んで走り去って行った。



 まるで嵐のように突然やってきて突然去って行った銀行強盗の手際の良さに、銀行員も客たちもポカンとしていた。

 ただ一人、老紳士だけはがっくりと膝をついている。


「ああ……、なんてことだ」


 頭(こうべ)を垂れる老紳士に、近くにいた客が慰めるようにそっと彼の肩に手を置く。


「災難でしたね。ですが命あっての物種。殺されなかっただけでも幸いと思わないと」

「違う、違うんじゃ……。あれは、あれは……」



 彼らが知らなかったのも無理はない。


 老紳士は今、世間を賑わせている爆弾魔だった。

 彼は今まさにこの銀行に爆弾を仕掛けようとしている最中であったのだ。


 ただ、運の悪いことに爆弾はアタッシュケースごと強盗たちに持ち去られてしまった。

 爆弾のスイッチを入れたのはこの銀行に入ってからである。

 爆弾が爆発するまで、あと1分もないであろう。


 老紳士からアタッシュケースを奪って行った強盗たちに、それを知る術はない。


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