第4話 商売繁盛
シーラさんへの手紙は都の伯父さんのところで商いを学んでいる許嫁からのもの。派手なことは書いてないけれど、行間からシーラさんへの気持ちが溢れてくる。
幸せな顔でシーラさんは帰っていった。二日後の返信の代筆を予約して。
丁寧で親身になって返事を考えてくれる代筆屋さん。
私の評判はすぐに年頃の女性の間に広まった。そりゃ、真面目一筋の頭かっちかちのおじさんに乙女心は分かるはずがない。
ちょっとした睫毛の伏せ方、おくれ毛を書き上げる手の動き、相手の名前を呼ぶ時の目の輝き、会話に挟まれる息遣い。
これらの兆候から本人の秘めたる希望を読み解くことは難しくない。
自分からは言い出せないけれど、背中を押して欲しがっている言葉たち。それを読み取って提案する。
相手の状況に応じて殿方への返事に何を書けば嬉しがるかの助言もしてあげた。
「たぶん、仕事でうまくいっているという結果よりも努力したことを褒めてあげる方が喜ばれるはずです」
「前より多くの給金を貰えるようになったそうですから、少し甘えて特産品のお土産をねだってみませんか」
「ここは勝負です。次に会える日が待ち遠しいとストレートに書きましょう」
全部が全部、的を射たアドバイスだったとは私も思わない。それでも多くの場合は喜ばれた。
ただ口述筆記して言い回しを整えるだけでなく、内容に踏み込んで相談に乗ってもらえるという潜在需要は大きかったわけだ。
代筆は読み上げよりも料金は高い。
言語にもよるが便箋一枚につき百サンスから。これは同業他社と変わらない。
できるだけ親身になりつつも、私は専門家として常に一線を引いて対応した。お客さんに感情的にのめり込んでは良い文章ではなくなってしまう。手紙に閉じ込めるのはお客さん自身の気持ちでなければならないと常に自分を戒めた。
その距離感が受けたのだと思う。
最初は女性客がほとんどだったが、男性客も増えるようになっていった。
セルバ市へ働きに来ている男性が故郷からの手紙に返事を書きたいと依頼してくる。
想像していたよりも母親へ返信の文案を考えてくれというものが多かった。
まあ、古の大英雄アレウス・チェーザレも遠征先から母親に手紙を書きまくったものが残っている。
やれ、ナントカを母上にも見せたかったとか、昨夜食べたものを母上にも食べさせたいとか、戦利品の中で一番大ぶりで美しい宝石を送ります、などなどなど。
学者の間では母親に対して複雑な感情を抱いていたのではないかというのが定説だ。
男性は多かれ少なかれ母親へ特別なものがあるのだろう。
叔父のセルヴァの性格がひん曲がったのも、母親からの愛情を私の父が独占したからじゃないかと思っている。
それはさておき、依頼人に母親の手料理で一番好きなものを聞いたときの反応は興味深かった。ちょっとぶっきらぼうな感じの青年もしばし考えているうちに頬が緩み返事をする。
「それじゃあ、手紙の最後に、今度の休暇に帰った時は挽肉とクリームのパイが食べたい、って書きましょう。きっとお母さん嬉しいですよ」
渋る依頼人に言い切った。
「お母さんってね、子供をお腹いっぱいにしてあげられるのが幸せなんです。普段口にしないからこそ嬉しいんじゃないですか」
もちろん、恋愛相談めいたものにも乗ってあげる。
「先方が四通も書いてきたのにまだ返事を出さないんですか? 愛想突かされちゃいますよ。書くことが無い? そんなの手紙を貰って嬉しいだけでもいいんです。気持ちですよ。気持ち」
「ああ。これ迷ってますよ。今が勝負時です。え? 先方も誰かに読んでもらうのだから手紙には書けない? だったら、今度会ったときに二人のことで大事な話がある。これぐらいならいいでしょう?」
全体の傾向からすれば、恋愛において男性の方が態度がはっきりしない。まあ、修行や見習い中でそれどころではないというのもあるのだろう。それに、恋愛に熱心な口の上手い優男は近くに居る女性を口説くのに忙しくて私の店を利用しないというのもあるのかもしれない。
ということで、私のお店の滑り出しは順調だった。
私は遠隔地同士の心を結ぶお手伝いができるし、お客さんはやりとりの結果に満足できる。みんな幸せになれる素敵なお仕事。稼ぎもまあまあだし。
既存の同業者はお客さんを取られた形になるが、とりあえずまだ大きなトラブルにはなっていない。
今まで筆不精だった層の需要を掘り起こしたこともあり、結果的に手紙の代筆を頼む人数が増えていた。
もちろん、多少は売り上げの減少はあったかもしれないけれど、この業界は血の気の多い乱暴者が就いていることは滅多にない。どちらかというと大人しくて争いごとを好まない人が多かった。
モチェニーゴさんが睨みをきかせてくれているということも大きい。剣の個人授業に出かける途中などに店によく顔を出してくれていた。
立ち寄るときには必ず何かちょっとした手土産を持参してくれる。たいていは小さなお菓子だった。
伝馬駅に手紙が届く日の前後などひっきりなしにお客さんがきて食事をとり損ねる日には、甘いプティフールは私の活力の源になっている。
お客さんのいるときは邪魔にならないようにさっと帰ってしまうけれど、手の空いているときは一緒にお茶をしておしゃべりをした。
若い頃はあちこちと旅をしたというだけあって、話のネタがいつまでもつきない。
息抜きにもなったし、訪問はいつでも大歓迎だった。
ある日、最後のお客さんが話好きな人でいつもより店じまいが遅くなる。もう日が落ちてしまっていたが、大通り沿いにはランプの光がところどころ灯っていた。
マルコも一緒だし、人通りもあるので大丈夫だと、足早に帰宅を急いでいたところ、あともう一ブロックで家に着くというところで酒臭い三人組にからまれてしまう。
着ているものや言葉から外国から来た流れ者だと知れた。
「いよう、姉ちゃん。俺たちと一緒に飲まねえか?」
「興味なさそうな顔をしてるけど、本当は期待してるんだろ? 澄ました顔をしてるのは見かけだけでよ」
「夜は始まったばかりだぜえ」
無視すれば良かったのだろう。
またはマルコのように走り出すか。
ただ、あまりにひどい酔態なのと、なまじ言葉が通じたのが良くなかった。思わず、三人組に冷ややかに言葉をぶつけてしまう。
「無礼者。控えなさい」
三人組はげらげら笑った。
「こいつはいいぜ。お控えなさいときた。どこぞのお嬢様みたいだぜ」
一人が厚かましくも私の肩に手を回そうとしてくる。
悔しいことに私は身をすくめることしかできなかった。
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