第5話 突然の失恋

入学して2週間が経った頃。

僕はもう高校生活に馴染んでいた。


悪友と呼べるほどかっこいいものではないが、すぐに気の合う仲間がたくさんできた。

僕のクラスには、僕と同じ族種の人間、すなわち無気力な遊び人が多かった。


放課後は部活や勉強に精を出す訳でもなく、駅前でカラオケやボーリングをしたり、自転車で市内のラーメン屋を巡ったり、中古レコード屋で掘り出し物を探したりと・・

それなりに高校生らしい放課後を楽しんでいた。


一方で、中学時代から付き合っていた恭子は、弓道部に入部していた。

中学まではバスケ部であったが、オリエンテーションで弓道の存在を知り、体験入部でも優しく指導してもらい、入部を決めたとのことだった。


とりあえず、僕と恭子は一緒に帰る約束をしていたので、彼女の部活が終わるまで、僕は友人と遊ぶ毎日だった。


友人と打ちとければ打ち解けるほど、僕の心の中では、カラオケやボウリング、ビリヤードで盛り上がっている時に、彼女の部活が終わり、友人より一足早く帰ることがストレスになってきていた。


もちろん恭子のことも好きだ。キスもしたい。

しかし、恭子と手を繋いで帰る時間よりも、バカ仲間とコーラ一気飲みをする時間が大切に思えるようになっていた。


恭子が好きだ。

でも、、、バカ仲間との時間の方が圧倒的に楽しくて、、、

日に日に僕は、部活を終えて駅で待つ恭子を待たせる時間が伸びていくのであった。


そして、、一つの事件が起きた。


恭子の体験入部が終わり、正式に部員となった翌日のことだった。

恭子は部室に、数人の先輩に呼び出されたのだ。


「うちの部活は1年生は恋愛禁止だよ。仮入部の時は目を瞑ってたけど、あんた彼氏いるよね?駅で待ち合わせしてるのを何度も見たよ。1年からそんなんで弓道やれるの?別れるか、部活をやめるかどっちか選んで。うちらもそうだったし」


先輩からの突然の言葉に恭子は泣き崩れたらしい。


「そんなルールも伝統も聞いていない。知っていれば駅で待ち合わせなんてしなかった。」と泣きながら話す恭子を誰も助けてくれなかった。


空気を察した恭子は、「今日で彼氏とは別れます。部活続けさせてください。」そう言って部室を後にしたのだった。


そんなことが数百メートル先で行われているとはいざ知らず、僕はバカ仲間ともんじゃ焼きに勤しんでいたのだった。


約束の時間に遅れること20分。

鉄板の油にまみれた僕が、「ごめん。松田が焼きそばを追加したから遅れた。」という訳の分からない言い訳をした僕に、恭子は「ごめん。別れよう。。」とだけ言って一人で改札に向かった。


僕は、「ごめん。今日はちょっと盛り上がって、、、明日からはもう待たせない。遅くなるならメールする。ごめん」と言い訳と謝罪を繰り返した。

しかし、彼女は降車駅までの十数分間、無言を貫くのだった。


地元の駅に着き、「いつまで怒ってんの?俺だって友達と遊んでる時に、途中で帰るの萎えるんだよ。恭子とばっかり帰りたくない」と僕が強い口調で言った。


その一言で、恭子は泣き崩れ、部室での一部始終を話した。


それを聞いた僕は、「戦時中じゃないんだから、、そんなバカな話はない。ブスのやっかみでしょ。無視すればいいし、、言わせたい奴には言わせておけばいいじゃん。それでも恭子に何か言うなら俺がそいつらしばくよ!1年や2年早く生まれたくらいで生意気だ!」と言った。


その言葉に恭子はキレた。

「ケイちゃんみたいに、、私は強くない。みんな他人の目を気にして生きてる。毎日部活で顔合わすんだよ?私には無理・・。ケイちゃんが乗り込んできてその場は収まっても、その後どうするの??ごめん・・別れよう。もう無理だよ・・」


恭子はそう言った後、激しく泣いた。


その時の僕は、幼すぎてかける言葉が見つからなかった。

優しい言葉をかけるどころか、めんどくさい女だと思ってしまったのも覚えている。

こんなめんどくさい思いをするのなら、バカ仲間と王将に行きたいと思ってしまった。


「わかった。もういいよ。」この言葉しか出てこなかった。

その言葉に恭子は一度だけ頷いて、僕たちの恋は終わった。


恭子が泣き止むのを待って、家まで送り、最後に握手をして別れた。


4月の少し生暖かい夜の空気を感じ、葉桜を眺めながら一人家路に着いたことを鮮明に覚えている。


しかし、、この時の僕は最低にも、、

少し清々しい気分と、明日からのバカ仲間との生活への期待で、あなり悲しさはなかった。


今思えば、こんな軽薄な男より部活を選んだ恭子の判断は正しい。


帰宅後、何故か、いつもより長く湯船に浸かった。

特別な意味はなかったが、少しでも風呂に浸かっていたかったのを覚えている。


風呂から上がり、自室に戻り携帯電話を見ると、恭子からのメールが届いていた。


これまで読んだことのないような長文だった。


楽しかった思い出と、感謝の言葉でいっぱいだった。


それを読んだ僕は、恋愛のことで初めて泣いた。

恭子への返信は何度も悩み書き直したが、ごめんね、ありがとうの言葉しか書くことができなかった。


翌朝、いつもの時間に駅に着いたが、そこに恭子がくることはなかった。


それから、18年後、色々な偶然を経て恭子と再開することになるが、それはまた別のお話で・・












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