第11話 閃きは悪態から
結局、院内の売店で軽食を仕入れてきた。
先進的な病院だけあって品揃えは充実していたが、あろうことか目に映ったショートケーキを衝動買いした。
実のところ、ダイエットの真っ最中なのだが、脳に糖分を送り込んでやらねばならない気がした。
少しでも働きを高めないと、目の前の壁は越えられない――。
リズは自分がいかに負けず嫌いであるか思い知らされていた。
今まで、これほど勝負ごとに拘ったことはない。が、それは恐らく、だれかが助けてくれるという甘えがあったからだ。
今は親の威光も届かない。
至らなければ、負ける。
患者から失望され、パブロから不合格を言い渡され、ベアのもとに敗北を報告せねばならない。
そして、彼はサングラスを光らせながら心の内で思うに違いない。
……ああ、このご令嬢はやはり、親の力なしには田舎の薬屋にすらなれないのだ。
――それは、あまりに屈辱的だ。
思い返して見れば、先ほどのパブロの態度は不合格者に対する慰めのようでもある。どうにかして挽回せねばなるまい。
今日一日で、溜息をつく癖がつきそうだ……。
リズがスタッフルームに向かっていると、廊下の向こうに木蓮が見えた。前担当医のオートン医師と話している。
大人しいのは見た目だけで、彼女はかなり積極的だ。
できることなら何でも率先してやるし、検査機器が使えないなら患者や前任者から情報を得る。医師免許のハンデを感じさせない。
ああして、自分にできることから地道にするべきなのかもしれない。確かに、パブロもそう言っていたが……。
となると、実地経験の少ないリズは知識で戦うしかない。頭を搾ってスキナーの症状とその原因を考え続ける他ないのだ。
頭痛、倦怠感、吐き気、めまい。
今日になって両手足の痺れ、筋力低下、突発性のけいれん発作。
今のところ、全ての検査で陰性。
――しかし、病気は無数にある。何か当てはまるものがあるはずだ。あるいは、何か見落としているものが……。
スタッフルームに戻るとジミーが売店の弁当を食べていた。
リズはおずおずと長机の少し離れた位置に腰掛ける。結局、昼食を共にすることになってしまった。
とは言え、彼の態度は思いのほか友好的だった。
彼を知り己を知れば、百戦
「既に町医者として働いてるんですよね、転職されるんですか?」
「ああ――そうだね」
「後学のために理由を聞いても?」
「正直、小さな診療所も悪くはない。必要とされるし、感謝もされる。ただ、どうにも取り残されていく感じがするんだよ」
「新しい刺激が少ない、みたいな?」
「刺激だけじゃなく、自分がそこで成長していけるのか不安になる。診るのは簡単な症例のみだし、難しい患者がきても経験と設備のある大病院に送るだけ。最先端のものは皆、送られた先にある」
確かに、大きな病院の方が新しいツールや技術にどん欲だ。それを導入するだけの資金にも大きな違いがある。
「なるほど。それなら学会に出たり、論文を読んでみては……」
「人間ってのは、必要性が薄いことには必死になれない。それに、知識でだけ知っていてもそれは経験とは呼べない。身に付いたとは言いがたいだろ」
「まあ、そうなんですよね。でも、不思議なんですが、なんで大手の病院ではなくて森のパブロ薬局なんです?」
「実は深い理由はなくてね。他のどこよりも多様な経験ができる――そういう噂を聞いたからかな」
ジミーはふと、弁当から顔を上げる。
「君の方こそ、どうしてこんな妙な職場を選んだ?」
聞かないで欲しい。
「だいたい、右に同じです。噂というか、神の大命というか、とりあえず受験してみるべきだと感じて。……それより、試験の手応えはどうです?」
「さあ、どうだか。でも正直、迷ってるよ。やりがいはありそうだが、あの先生の物言いはどうにも酷い。一緒に働いたらストレスで高血圧症になるね。君も文句の一つでも言ってやったらいいのに」
リズとしては、あの物言いが面白いのだが――。
お固そうなジミーにしてみれば、この上なく不真面目な態度に映るのだろう。高血圧どころか脳血管がブルカノ式噴火してぶっ倒れかねない。
「そこは、まあ……慣れじゃないですかね」
ショートケーキにフォークをうずめながらリズは苦笑いを浮かべる。同時に、ふと、リズは今の会話に小さな引っ掛かりを覚えた。
高血圧という単語だ。
よくよく考えれば、これもスキナーの症状ではないのか――?
スキナーにはもともと高血圧の症状はなかった。オートンのカルテにもなかったし、リズらが測ったときもなかった。
だが、先ほど発作を起こした際には165の90という高い値を示している。
けいれん発作を起こすと交感神経系が活発になり、一過性の血圧上昇がみられることが知られている。それゆえ、あの高血圧はけいれんの結果として引き起こされたように思えた。
が、それがもし逆だったとしたら――。
発作性の高血圧が引き金となって、その他の症状が現れている……とすれば。
一つの病名が、リズの頭の中に浮かんできた。
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