第4話 免許は千点


 これで顔は揃ったようだ。

 この統一感のない面々を見渡してみると、良くも悪くも楽しめそうな予感はする。冷房のおかげで汗も引いてきた。

 とうとう試験開始……と言いたいところだが、パブロの態度は要領を得ない。


「最近の選抜試験はどんなのが流行ってるんだ? トーナメント方式とバトルロイヤル方式どっちがいい?」


 こんな有様である。リングの上で殴り合いでもさせる気か。


「普通ならまず志望動機を聞くけど、面接も一種の商談、その前にお互いの条件を提示するのが賢いかもね」


 目に余るものを感じたのか、あのサンディが助け舟を出し始めた。ああ見えて根は常識人なのだろうか。


「例えば雇用主の側は、どういう人材を、幾らで、何人雇いたいのか。受験者の側なら、何の資格を持ち、どんな条件で雇われたいのか。予めミスマッチが分かれば無駄が省けるでしょう?」


 意見も至極まっとう。

 パブロは、なるほど、と呟いて腕を組む。


「よし、そのサンディ・ガイドラインに則って進めよう。どうやらお菓子を食べて親睦を深める必要はないらしい。あれは政治家向けのマニュアルだな」


 どうやら彼の言葉は五割がた冗談でできている。マジメの代名詞ことジミーの顔がやや歪んできた。気持ちは分からなくもない。

 とは言え、パブロの目にはどこか理知的な鋭さがある。たぶん馬鹿な人ではない……と信じたい。


「ここには雑多な仕事が来るが、多いのは医療がらみだ。中でも鑑別診断。患者を診て何の病気か探り、治療の道筋を作る。大病院がさじを投げたような難しい患者も回ってくる。それに対応できる精鋭のチームを作りたい」


 精鋭のチーム。

 こればかりは冗談ではないだろう。弁舌にこもった熱意から察するに、この採用試験は間に合わせの欠員補充というわけではなさそうだ。


「その他にも、行政方面からの依頼で疫病の調査をすることもあれば、未知の病原体の分析、殺人事件の捜査まがいの仕事も回ってくる」


 雑多で珍しい仕事だ。

 好奇心がそそられないと言えば嘘になる。なにより、チーム一丸となって難事に当たるというのは魅力的だ。そんな精鋭部隊に交じって働けたらとも思う……。

 が、求人を見て集まったのはわずか四人。

 この中から精鋭の名に恥じぬ人材を揃えることができようか。少なくとも、自分に関してはそれに値すると胸を張って言うことができるが。


 自信過剰?

 ――いや、今まで負け知らずだ。


「最終的に三人くらいは欲しいが、見ての通り小さな職場だ。まだ雇える人員は多くない。ゆえに即戦力となる医師を雇い入れたい。それも優秀な――」


 そこで言いさして、パブロは意味ありげな視線を木蓮に向けた。


「何か言いたげだな」

「……いえ、その」


 木蓮は愛想よく微笑みながら少し身じろぎする。

 一見おっとりして見え、ともすると臆病そうに見える彼女だが、実際はたぶん違う。語弊を恐れずに言えば、凛然としたオーラをあえて隠している感じがある。


「あの……お聞きした限り、ここの仕事は患者さんの診断、それから何か起きたときに調査や研究、事件の捜査。つまり患者さんの治療はメインではないということですよね」

「そうだ。出向いて診断することはあるが、誰かの治療を受け持つことはあまりない。それが不満か?」

「いえ、逆です。その方が私に向いているなと……」


 そういう人は少なからずいる。

 誰かの病気を治してあげたいというよりは、変わった病気を分析するとか、原因を特定することに喜びを覚えるタイプだ。

 ただ、悪くとれば、治療する自信や度胸がないという意味にもなる。別に彼女はそんな風には見えないが……。


「モクレンといったな」

「はい」

「お前、医師免許もってないだろ」


 ――まさか。

 パブロが妙なことを言うので皆、目を丸くした。

 さすがにそんなことはあるまい。募集要項には医師の求人だとはっきり明記されていたはずだ。

 しかし、木蓮は両手を膝に置いたまま動かない。


「そりゃあ医師免許がなければ治療には向いてないよな。治療をする度に逮捕されてたんじゃ面倒臭いからな」


 こんな場面でも冗談は欠かさないらしい。

 木蓮が小さく息を吐く。そして、負けを認めたとばかりにかぶりを振った。


「こんなにすぐバレるとは思いませんでした。お察しの通り……今は医師免許を持っていません。出身国では医師でしたが」

「名前から察するに偽名か遠国の出身だろ。職を決めずに移住するあたり、戦乱の煽りで流れてきた難民、亡命者、不法入国者の可能性が高い。それならこの国に籍はないし、そういう状態では現状、医師免許の取得は難しい」


 木蓮は小さく頷く。


「詳しくは言えませんが……本名を捨ててこの国へ来ました。木蓮というのも偽名です。怪しい人物に見えると思います。ですが、いずれ医師免許は取る予定です。それに、そこいらの医師より役に立つことは請け合います」


 なるほど……無免許医。

 それは、さすがに厳しいのでは?

 医師免許はいわゆる医療行為の許可証のようなものだ。それがなければ執刀はもちろん、薬の処方や投与、診断を下すことなども全て違法となる。免許なしで即戦力として働くのは困難だ。

 リズはやや同情して視線を落とす。これで大きな差が付いた。


「診断に医療行為が伴う場面もあるだろう。どう役に立つつもりだ。患者の頬を札束で叩いて治りましたと言わせるのは私の担当だぞ」

「バッヂのない弁護士は法廷には立てずとも、その知識は人助けに使えます。いずれ先生は今日のことを思い返し、あのふてぶてしい異国の無免許医を追い出さなくて良かったと、懐かしむ日が来るはずです」


 資格こそないが活躍する自信はあると。

 諦めが悪いというか、ポジティブというか、その心意気はたぶん長所なのだろうとリズは評価する。世の中、押しの強さも大事だ。

 まあ、駆け込み受験などという荒業からもその片鱗は感じとれるが。


「で、就労許可証はあるのか」

「はい、不法就労が見つかれば全て水の泡ですから」

「となると、目下の問題は免許だけか」


 パブロが悩ましげに唸る。


「まあ、現状は国籍がないと医師になれないが、その国籍条項とやらも戦争の流れで急遽つけ加えられたらしいからな。早いとこ撤廃されればいいんだが」


 ややこしい背景を抱えた彼女に同情する。

 自分にも厄介な隠し事がある手前、どうにも他人事に思えない。この流れで不純な志望動機まで見破られないといいが。

 ――とは言え、ベアが何を考えて送り込んだのか、リズは知らない。本人が知らなければ、バレようがない。その点においてはベアも周到だ。


「まあいい、免許がないなら千ポイント減点だ。試験を続けよう」


 寛大な措置、そして突然のポイント制。

 千ポイントが大きいのか小さいのか見当も付かないが、木蓮は減点されながらも自信と意欲を示す機会を得たと言える。負けてはいられない。


 存在感を示さなくては。




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