六、お隣さん 4

  ◇


 長く居座るのも申し訳ないため、白石君を連れ立って帰ることにした。歩き出しながら、

「白石君、朝ここから電車に乗ったってことは、もしかして有紀のとこにいるの?」

と現在生活している場所を聞いた。

「うん。土曜日に向こうの家から出てね…。で、母さんに布団買ってもらって何とか寝させてもらってる」

「なんとか、ね。確かにあんまり広くなさそうだったしね、有紀んち」

「行ったことあるの?」

 「来たことがあるの?」ではなく「行ったことがあるの?」と聞く辺り、まだ自宅という認識にはならないようだ。土曜日に今まで生活してきた家から出てきたということは、まだまだ居候という意識なのだろう。

「まあ何度かね。割と物が多かった印象あるね」

「確かに色んなものあるよ。母さんの部屋にいくつか楽器があったし。姉さんの部屋には入ったことないけど」

「有紀の部屋はあたしも入ったことないな。スケッチブック持ち歩いてるイメージあるから、画材がありそうなイメージはあるけど。あと漫画とか」

「姉さん、絵描くの?」

 白石君が意外そうな顔をする。

「描くよ。この前、麻結と茉実ちゃんと高宮が『黒鳥』で団らんしている絵見たけど、なかなか上手だったから」

「さっきも言っていたけど、『黒鳥』って何?マスターがどうとか言って居たけど」

 茉実ちゃんの説明をするときにサラッと言っていたことを覚えていたらしい。

「『黒鳥』は麻結のお父さんの友人がマスターをしている喫茶店なの。メニュー表が無くて、イメージを伝えると、その日にある材料でマスターが出してくれるの」

「へぇ…」

 たった三か月前は中学生だったあたしたちに馴染みの喫茶店があることが意外だったのか目を見開く白石君。興味があるのは明らかなので、

「今度連れてくよ」

と何気なく言った。

「本当!?」

 嬉しそうだ。ここ最近疲れてそうだったり、暗い顔が多かったからうれしそうな顔を見ることができて素直に嬉しい。

 話しながら有紀の家にそれとなく向かっていく。それに白石君が気が付いたのか分からないが、

「姉さんや悠一、広瀬さんと同じ中学校だったってことは、河原さんの家も近所なの?」

と聞いた。

「最寄りが同じなのは確かね。歩いていける距離なのもホント」

「そうなんだ」

 何か考えている様子の白石君を先導するように歩く。有紀の家のあるマンションが近づいてきた。もう視界に入っている。流石にはっきり気が付いたのか白石君が確認のようにあたしに尋ねる。

「もしかして、送ってくれてる?」

「そうだけど?」

 当たり前のように返すと、白石君が、

「それはどちらかというとボクの役目なんだよ…」

と悲しそうに言った。

「でも白石君ここら辺の地理に明るくないんでしょ?」

「そうだけど…」

「ならいいじゃん」

 帰り道に迷子になられたらたまらない。ただそれだけなのだが、白石君は、

「こういうのは男側が送るんだよ。女の子一人で歩いて帰らせるわけにはいかないし」

と言った。エスコートしてくれるつもりだったらしい。それはそれで申し訳なかった。とはいえ、今日のところは許してほしい。そこであたしは折衷案を投げることにした。

「じゃ、ここら辺に慣れたら、次は送ってもらおうかな?」

 あたしの台詞に白石君が軽く固まる。

「次があるの?」

「『黒鳥』行くんじゃないの?」

 あたしは今までの話の流れ上、そうなるだろうと思ったが、白石君は違ったのだろうか。白石君は詰めた息を吐き出すようにして、

「ああ、うん。そっか、そうだったね」

と言った。何かあたしは余計なことを言っただろうか。白石君は少し視線を明後日の方向に逸らしながら、右手を首元に当てた。丁度詰襟に指を添わせる様にしてまた下に下す。

 マンションは目前だった。この辺りならもう迷わないだろう。

「じゃ、ここらへんで。有紀によろしくね。また明日」

「う、うん」

「バイバイ」

「ば、バイバイ…」

 別れ際、白石君は少し名残惜しそうに見えた。あたしは部活をサボったことが家族に露見しないよう、わざと駅に足を向けた。あと三十分くらい時間をつぶしたい。

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