六、お隣さん 3
◇
保育園の前で立ち話を続けるわけにもいかず、歩きだしながら麻結が茉実ちゃんの問いに答えた。
「白石行人君。奈緒のクラスメイトなんだって」
「ほう!なおちゃんの!はじめまして。ひろせまみです」
何でもないように茉実ちゃんは白石君に挨拶をする。白石君がお辞儀を返す。そして茉実ちゃんの視線に合わせながら話しかけた。
「白石行人です。茉実ちゃん、よろしくね。行人って呼んでくれると嬉しいな」
「はい、ゆきとさん」
「『さん』なんだぁ…」
少しがっかりした様子の白石君を眺めながら何かが引っ掛かったのを感じた。何だ?
そのまま連れ立って麻結の家に向かう。あたしは引っかかった何かを頭の中で探しながら歩いたが、結局分からないまま目的地に着いてしまった。
◇
麻結の家に着き、リビングに通される。行人君とあたしにソファに勧めつつ、麻結が紅茶を淹れにキッチンに向かった。お茶菓子は既製品のものだった。予定が前もって決まっている時には何がしかの手作りの何かが出ることが多いので、如何に麻結にとって急だったかが分かる。
あたしも特に何も持って来なかったのが申し訳ない。後日何かのタイミングで渡そうと思いつつ、紅茶をいただく。全員が落ち着いたところで、麻結が本題に入った。
「まず、奈緒に話したいと言っていた件なんだけど」
「うん」
「行人君、有紀ちゃんの双子の弟らしいの」
「…は?」
あたしは頭の中が真っ白になった。茉実ちゃんは平然としている。もう知っていたにだろうか。
「ゆきとさん、ゆきちゃんの弟なの?」
「そうなんだって」
「ふーん。そうなんだ」
麻結の返答に平然としている茉実ちゃん。話の内容的には知らなかったようだけれど何も動揺していない。一番動揺しているのはあたしだった。
「え?え?白石君が?有紀の弟?どういうこと?というか、茉実ちゃんなんでそんなに驚かないの?」
「なんか、にてるもん」
シンプルな茉実ちゃんの返答。「似ている」という言葉で先ほどの引っ掛かりが解けるようだった。茉実ちゃんは先ほど行人君に対して「何か欠けている」と言った。有紀のときも茉実ちゃんは初対面の時に同じようなことを言ったのだ。言葉にできない部分で、茉実ちゃんは二人が似ていることを感じ取っていたのかもしれない。
頭の中で情報を整理しているあたしをどう思ったのか、麻結が頭を下げた。
「ごめん。まさか行人君と奈緒が知り合いだったとは思ってなくて、電話とかで伝えるべきだったかも…」
「いや、麻結が謝ることじゃないよ。あたしも色々察しが悪かったわけだし…」
茉実ちゃんは初対面で有紀と白石君が似ていると気が付いたのだ。あたしは月単位でクラスメイトとして傍にいたのに気が付かなかった。察しが悪いにもほどがある。
「ボクもごめん」
白石君が頭を下げる。
「広瀬さんや悠一と話したときに学校名言ってたら『もしかしたら』ってなっていたのかもしれないし、話すべきだった。別に言うほどのことじゃないなと思って言わなかったから」
「いや、それ言ったら私も聞かなかったし…」
茉実ちゃん以外の三人が、自分が悪いと責任を取りたがる。その様子を茉実ちゃんが不思議そうに見ていた。そして、白石君の言葉で高宮も知っていることにも気が付いた。
「高宮も知ってるの?」
「うん。ボクが家が分からなくておろおろしていたところを話しかけてくれて」
家は有紀と晴香さんの家だろう。さらっと人助けしていたのかアヤツは。恋愛に関してはヘタレの癖に。白石君の信用をいつの間にか勝ち得ていそうな高宮にこの人たらしが!と心の中で罵倒しながら話を進める。
「それで、その。麻結は白石君とあたしが知り合いだって知らなかったのに、話してくれたのね。有紀の知り合いだから?」
「うん。それもあるけど、一番は血筋関係かな」
「血筋?」
それは姉弟だろうしと考えて、別要因に思い至った。
「ああ、あの頭が痛くなる本関係?」
「頭の痛くなる本?」
「なにそれ?」
白石君と茉実ちゃんが首を傾げる。あたしの言った頭の痛くなる本とは高宮の家の地下室に保管されていた能力者の資料『意志の血統』のことだ。非現実的に感じるくらい大真面目に書かれているせいで、中二病くさくて頭が痛くなるのだ。あの本を読み切った高宮はある意味凄い。
麻結はあたしの言葉で何を言いたいかを察したようで
「まあ、そう。で、奈緒も知っているし、話しておきたいなと」
「なるほどねー」
納得するあたしたちに反して全く分かっていない人が二人。
「お姉ちゃん、何のおはなし?」
「なんでもないよ」
茉実ちゃんにそう声をかけてから、麻結はあたしに向き直る。
「正直、助かったかもしれない。有紀ちゃん、行人君のことをまだ受け入れられないみたいなの。突然同年代の男子が訪ねてきて、『あなたの双子の弟です』って言われて動揺しているのもあると思う。でも、そうしたら行人君の居場所がなくなっちゃうし。事情を知っている人が身近にいるのは助けになるだろうし。あと、こう、トラブルになった時にクラスに知っている人がいるのは心強いと、思うし」
有紀と白石君はまだ溝があるらしい。そして能力者関連で何かあった時にフォローできる立場にあたしはいる。白石君の身に何があったかは本人に聞くとして、違う学校である麻結たちにはできないフォローがあたしにはできそうだ。
「分かった。出来る限りのことはするね。有紀のことは後回しになるかもしれないけど」
「お願い」
麻結とあたしの話が一段落したタイミングで白石君が挙手しながら、
「あの…河原さんって、姉さんと知り合い?」
と今更の質問を投げた。あたしたち三人は分かりきっていることだから放置してしまった。
「うん、まあ。有紀が中三の時に転校してきたの。高宮と同じクラスだった。ま、あの時はいろいろ引っ掻き回されたけどね」
「…恥ずかしい」
色々を思い出した麻結が顔を赤らめる。それを見た茉実ちゃんが、
「お姉ちゃん、かお、真っ赤ー」
と自分の姉に指摘した。麻結は両手で顔を覆った。白石君は何のことか分からず、
「姉さん、何したの…?」
と好奇心半分怖さ半分の顔をしながら言った。
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