六、お隣さん 2

  ◇


 放課後、麻結にメッセージを送りつつ羽生駅に最速で到着した。麻結はすでに駅に到着していて、出合頭に怒られた。

「もう!さぼっちゃダメって言ったのに…」

「ごめんなさい」

 怒りつつもちゃんとあたしを待っている辺り、麻結も本気で怒ってはいないようだ。そもそも本気で怒らせたらいけない。もし本気で怒らせたら正座と長時間の説教の刑だ。以前食らった方からするとそう何度も味わいたくない。

「それで、話って?」

「それなんだけど、当事者がまだだからしばらく待ち。そんなにかからないとは思うけど。合流したら、茉実のお迎えをして、私の家で少し話す感じで…」

 麻結の方針を聞いてから十五分ほど待った。あたしの乗った電車の一本後が到着する。ぞろぞろと下車する人に交じって朝見た顔が混じっている。そしてそのまま、こちらに来た。

「広瀬さん待った?というか、河原さん?知り合い?」

 麻結の名字を、白石君が知っている?なぜ?あたしの頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。白石君も戸惑っているようだ。そして、麻結も驚いていた。

「あ、あれ?行人君、奈緒と知り合い?」

「クラスメイト、なんだけど…」

 麻結が白石君の下の名前で呼んだ?高宮の名前を呼ぶことに躊躇していたあの麻結が。あたしが固まっていると、麻結は

「嘘…」

と言って固まっていた。収拾がつかない。

「と、とりあえず、移動していい?茉実のこともあるし…」

 麻結がそう言って移動し始める。茉実ちゃんのお迎えがまだなのか、そう思いながら歩きだすと、白石君が

「広瀬さん、マミさんって誰?」

と麻結に聞く。白石君は茉実ちゃんのことを知らないようだ。そこまで親しい訳ではないのか?いや、ならばなぜ下の名前で呼ぶのか。

 麻結が歩きながら茉実ちゃんについて説明する。白石君は母を亡くし、十個下の妹の面倒を見る麻結を改めて尊敬の目で見ていた。

麻結とある程度知りあえば家庭環境のことは知れる。しかし白石君はそれを知らなかった。何が何だか分からない。あたしだけでなく、恐らく全員の頭の中が混乱している。とはいえ立ち止まっているわけにもいかない。茉実ちゃんを迎えに行くため、あたしたちは連れ立って歩いた。


  ◇


 茉実ちゃんの通う保育園への道はあたしも知っているが、白石君は知らないようだった。そもそも駅を出てから周囲を見回している。慣れた道ではなさそうな振る舞い。しかし、朝やさっきは羽生駅で乗り降りしている。あたしの疑問は増すばかりだった。

 園内に麻結が入り、あたしと白石君は園外に取り残された。白石君がどこまでわかっているのか分からないあたしは、ひとまず茉実ちゃんのことを話題として振ることにした。

「茉実ちゃん、初対面だと面白いこと言うのよ」

「へぇ。ってことは河原さんも何か言われたの?」

「うん。『一緒に歩きたい人』だったかな?意味はよく分かんないんだけど」

「『一緒に歩きたい人』?どういうこと?」

「さあ?」

「ボクも何か言われるのかな?」

「さあねえ?有紀は『何かが欠けている人』。高宮は『強い人』。『黒鳥』のマスターにいたっては『どんぶり』。一貫性もないしよく分かんない」

 思い返してみてもよく分からない。茉実ちゃんにはあたしたちとは違う景色が見えているのだろうか。

「姉さんが、『何かが欠けている人』…?」

白石君がひとりごとのように呟く。反射的に聞き返してしまった。

「姉さん?」

「あ、ごめん。何でもない」

 白石君が呟いた内容が引っ掛かった。姉さん?有紀が?まさか。あいつは一人っ子だし、何より姉よりもどちらかと言うと妹っぽい。

 そうこうしているうちに茉実ちゃんの声が近くなってくる。忙しない足音が接近し、

「おにいちゃあああああぁぁぁ???」

と声をあげながら、茉実ちゃんがあたしにぶつかった。

「茉実!こら!」

「むぅ…」

 怒っている姉と不満そうな妹。茉実ちゃんは残念そうな顔をしながら呟いた。

「おにいちゃん…」

「ゆう君は今日は一緒じゃないの」

「…」

 茉実ちゃんが明らかに不満そうだ。そんなに高宮がいいのか。何かムカつく。シンプルにムカつく。あの男、こんな小さな子まで誑し込んで。

 あたしがむかむかしていると茉実ちゃんは「なおちゃんこんちは」と挨拶してくれた。あたしも「こんにちは」と挨拶を返すと、あたしの隣に立つ人物に視線を向けた。そしてそのまま固まった。

 じっと顔を見られている当の本人の方が狼狽えだした。この光景も見慣れてきた。白石君は

「な、何…?」

と声を上げ、どうすればいいのか分からないようで、あたしと麻結を交互に見ていた。そして茉実ちゃんが一言。

「お兄さん、なにかかけてる。そんな気がする」

「??どういうこと?」

 白石君は理解が追い付かずに麻結に視線を投げる。麻結はそれを意に返さずに、ぼそりと言った。

「…そういうこと?」

「何が?」

 麻結が何を理解したのか分からずにあたしも混乱する。そんな中、茉実ちゃんはマイペースに白石君の名前を聞いていた。

「お姉ちゃん、このお兄さんだあれ?」

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