六、お隣さん 1

 六月五日月曜日の朝、あたし、河原奈緒は朝練のためにいつものように早い電車に乗るために、ホームで電車を待っていた。少しの待ち時間の手持無沙汰さを埋めるためスマートフォンを何気なく点ける。そして、メッセージアプリのアイコンが目に入り、昨日麻結から届いたメッセージを見返すことにした。


広瀬麻結「奈緒に話したいことがあって連絡しました」

広瀬麻結「直接話したいから用事の無い日を教えてください」


 春休みに出かけてからなんだかんだ連絡を取っていなかった麻結からのメッセージ。直接話したい話。嫌な予感がするのはなぜだろうか。今日の放課後、用事が入ったと言って部活をサボる気でいるものの、そう送ったら怒られた。真面目な麻結らしいが、のっぴきならない用のような気がする。いざとなったら麻結の家に突撃する算段を立てつつ、何用かを考える。高宮が何かしたのだろうか。逆に鈍感で察してくれないとか。はたまた有紀が以前のように何かやらかしたのだろうか。

「一番ホーム、電車が、参ります。黄色い線の、内側に下がって、お待ちください」

 自動放送が入った。そろそろ電車が来る。急ぎ足で階段を下ってくる影が二三。これを眺めていられるのも余裕を持っている者だけの特権だ。

 しかし、今日はいつもと違う点が一つだけあった。見慣れた顔がその中に混ざっていたのだ。電車がホームの入ってくる。ドアが開く。並んで待っていたのだ。気のせいと思い込みながら乗車すると件の人物が乗ってきた。

 あたしの目の前で息を切らしていたのはクラスメイトの白石行人君だった。息を切らしながら律義に挨拶してくれる。

「お、おはよ…」

「おはよう…?」

 挨拶を返しながら一緒にロングシートに移動する。時間が早いことと、この辺りは混む区間ではないことも相まって楽に座れる。

 ドアが閉まり、電車が走り出す。教室で隣に座っていることはいつものことだが近距離で隣に腰かけることはまずなかった。変に緊張する。それ以前にこの駅で白石君が乗り降りしているのを見たことがない。いや、ただ今まで会わなかっただけか。

「珍しいね。駅で会うなんて」

「え、ああ、うん。そう、だね…」

 白石君は虚を突かれたような顔をしてそれから気まずそうに目線を逸らした。何かまずい事でも言っただろうか。

「その、河原さんは羽生駅が最寄りなの?」

「う、うん?そうだけど…?」

 羽生駅は乗換駅ではない。通学で学校の最寄りではなくて、朝に使う駅など最寄り以外にない。変な質問だなと思いながら肯定する。

 白石君は何やら考えているようだった。意を決したようにこちらに向き直る。

「…あのさ」

「うん?」

「あぁ…いや、何でもない…」

どうしたのだろうと思う。何か言いかけて止めるようなことが何かあったのだろうか。少女漫画だと鉄板のシチュエーションだろうが、残念ながらここは現実。何よりも他に乗客がいる中でそういったあれこれはないだろう。そもそも、あたしはそんなキャラじゃない。

「何かあったの?」

 何事か話してくれるのを期待して背中を押す。悩みでもあるなら話を聞くぐらいならできる。

「あー…」

 迷いが顔に出ている。そのまま待つ。

「ごめん、その何でもなくは無いんだけど、話しにくいというかなんというか…」

「ま、無理に話さなくてもいいよ。そういうもんでしょ?」

 何かはあるらしい。とはいえあたしと白石君との間柄は非常に微妙だ。クラスメイトという括りよりかは親密だ。しかし友人と言っていいかはこれも難しい。これが同性だったら友達のカテゴリーに入れられるかもしれないが、性別が邪魔をする。知り合い以上友達未満。その表現が一番的確だろうか。

「ごめんね」

「無理に話さなくていいってば、謝らなくてもいいし。こっちこそごめんね?聞かれたくない話聞いちゃって」

「いや、そんなことは…」

 気まずい。教室ではもう少しスムーズに話せるのに。電車の中だからか。それとも距離が近いからか。

 何とも言えない空気のままあたしたちは運ばれていく。

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