一、雨中の出会い 2

  ◇


 駅から宮田家へまではそう遠くない。歩きながら何度か電話をかける。一回目は固定電話へ、二回目は晴香はるかさんの携帯へ、そして有紀の携帯へ。それぞれ計二回ずつ、計六回。しかしどの電話も取られない。

 案内を始める前にオレは改めて名前を名乗り、有紀と友人であることを告げた。彼は偶然に驚いていたが、そのまま名乗ってくれた。白石しらいし行人ゆきとというらしい。ユキト。ユキ。音がそっくりだ。似ている名前や対になる名前は双子らしい名前といえるだろう。付け加えると、行人は有紀の名前をユウキと読むのだと思っていたらしい。メモを渡したのは父親らしいが、読みまでは話さなかったようだ。

 以前、父親が生きているかもしれないという話を仲間内でしていたが、本当に生きていたらしい。

それにしても、有紀に兄弟がいるとは思っていなかった。しかも双子の片割れ。信じられないが風貌からして血がつながっているのは見て取れる。それに向かい合った時の感覚。有紀の持つ雰囲気にそっくりだ。能力者なのかもしれない。そうであるなら、偽物である可能性は限りなく低い。

 結局電話が一度も通じずに宮田家の部屋の前に到着してしまった。呼び鈴を鳴らし、待つ。応答なし。ドアを引いてみる。鍵がかかっている。家の電話に出ないことから二人とも出かけているのかもしれないと思っていたが、予想が当たってしまった。

 仕様がないのでそのまま部屋の前で待つ。屋根があって助かった。雨の中、傘をさして待ち続けるのは苦行だ。一般的な家屋に軒先が無い方がレアかもしれないというのはこの際置いておく。

その軒先でメッセージアプリを開き、行人の件も含め打ち込んだが、二人とも既読がつかない。

「ごめん。二人ともスマホ見てないみたいだ」

「いえ、急に押し掛けたボクが悪いので」

 居心地悪そうに大きな体を縮める行人。少しオレとの距離が開いているのは、反対属性の能力者同士特有の嫌な感覚があるからだろう。もしかしたら初対面のオレを警戒しているだけかもしれないが。なんにせよ、無理に距離を詰める必要もない。俺も無理に距離を詰めずにドアの前で待ち続ける。

「あの、同い年、なんですよね?どう呼べばいいですか?」

 無言というのも気まずいので、行人に話題を投げようとしていたら話しかけられた。

「いや、好きなように呼んでくれればいいよ。敬語もいらないし」

「そう、ですか?じゃあ…よろしく、悠一」

 いきなり下の名前の呼び捨て。先ほどまで敬語だったのに斬新な距離の詰め方だ。そう思ったが、そうでもないことに気が付いた。今までの宮田母娘の言動を思い出し、ジャブを投げてみる。

「逆に、どう呼んで欲しいとかある?」

「名前で呼んで欲しい、かな。名字で呼ばれるのはあんまり好きじゃないんだ」

 予想的中。「名前で呼んで欲しい」は初対面時に母娘共々から言われたことだ。行人にこの質問の意図は分からないだろうし、これで行人が有紀の兄弟を騙った偽物という可能性は潰えただろう。

「そっか、じゃ、改めてよろしく、行人」

「うん」

 やっと行人の困り眉が緩んだ。顔のパーツは似ているのに表情が全然違う。生活していた環境の問題だろうか。なぜここに行きたいのかと質問した際にあの家にはいられないと行人は言った。あの家がこの家出スタイルで抜け出した、住んでいた家なら帰れないような何かがあるはずだ。事情を聴くべく行人に話しかけようとしたところで、足音がした。足音は二つ。そしてこの雰囲気、聞こえてくる話声。間違いない。

「およ?悠一おったんか?すまんなァ気が付かんと…ん?誰?」

 有紀の声によって空気が張り詰めていく。事前に電話やメッセージを飛ばしていても有紀はそれを見ていない。どう話すべきか考えておくべきだった。一瞬言葉に詰まったオレは立ち尽くしている晴香さんが目に入った。二人ともエコバッグを下げている。買い物に行っていたのかと別のことを考えて現実逃避しそうになる。晴香さんの顔が、歪んだ。

「ゆ、きと…」

 晴香さんの目が潤んでいく。

「行人!」

 行人に飛びつく晴香さん。

「行人、ああ、こんな、大きくなって…」

 抱き着かれた行人の方は持っている荷物のせいか、晴香さんにがっちりホールドされているからか固まっていた。

「かあ、さん?」

 行人が迷いながらそう言う。

 カツンとなにかが転がった音がした。ドサリと、ものが落ちる音がした。ぐしゃりと何かが潰れる音も聞こえた。音の発生源は有紀が持っていた傘とエコバッグだった。それらが勢いよく地面に落ちた。落ちなかったのは有紀が普段から使っている帆布のショルダーバッグ。肩からかけていたそれだけは無事だった。

「何?」

 状況が分からない有紀は呆然としていた。有紀からすれば見知らぬ同年代の男に自身の母親が泣きながら抱き着いているという図だ。しかも行人は「母さん」と言った。有紀からすれば訳が分からないだろう。

「有紀、その…先に連絡はしたんだけど…」

 言い訳がましいとは思いつつ、有紀にメッセージを読むよう促す。こわごわとスマートフォンを操作する有紀。普段の俊敏さはどこに行ったのかと思うほど操作が遅い。

「嘘や」

 有紀の口から言葉がこぼれる。

「嘘や」

 見る見るうちに顔が白くなっていく。たまらず声をかける。

「有紀」

「嘘や!」

 有紀の声が興奮しているのが分かる。何とかなだめないといけない。

「有紀落ち着け」

「知らんわ」

「え?」

「弟なんて知らんわ!」

 悲痛な叫びで雨音を消しながら有紀は傘もささずに軒下から飛び出した。

「有紀!」

 思わず呼び止めながら、有紀の後を追おうとしたが、行人の方を見て足が止まった。有紀と同じくらい顔面蒼白になっていた。そしてその一瞬の躊躇で有紀の姿を見失ってしまった。

 オレが間違ったのだろうか。家に連れてくる前に、何としても二人に連絡を取るべきだったのだろうか。

「すまんな」

 ぽつりと晴香さんが呟く。

「二人とも、中入り。風邪ひくで」

 その言葉でオレと行人はのろのろと動き出した。有紀の落とした荷物を改める。野菜や肉など食料品が入っていた。買い物の行先はスーパーだったようだ。その中で潰れた卵が目についた。ぐしゃりの音はこれだったのだろう。オレは昔読んだ『不思議の国のアリス』を思い出した。ハンプティダンプティ。割れた卵は元には戻らない。

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