烏は翔ける 第二部 籠は開け放たれた

星河未途

第一章 醜いアヒルの子

一、雨中の出会い 1

 オレという一人称も慣れてきた高校一年の梅雨。厳密に言うならば、六月三日の土曜日。オレ、高宮悠一たかみやゆういちは今までで判明した自身の能力に関することをルーズリーフにまとめるべく、机に向かっていた。


能力者の概要

・能力者という血筋によって変わったチカラを持つ人々が存在する。

・チカラを使うためには感情が大きく動くきっかけが必要。

・血筋は二系統に分かれる(光と闇)

・血筋にいても能力を持たない者もいる。(例 喫茶店「黒鳥」のマスター)

・オレの血筋は闇属性の家系、有紀ゆきは光属性。

・血筋の中には正統継承者という人間がいる。その人物は光ならブレスレット、闇なら指輪を受け継ぐ。(有紀、オレ)

・正統継承者は各属性の「魔封石」を守る責務を担う。


 ここまで書き、読み返すと嘘のような話である。資料を読みながら文章の痛々しさに頭痛を引き起こしていたのが懐かしい。闇の魔封石は、今は彼女である広瀬麻結(ひろせまゆ)の手元にある。素手で触れたものが持ち主らしい。

 魔封石は二種類あることを烏丸学園高校に入学してからそこの理事である烏丸からすま克久かつひささんから聞いた。そしてもう片方の光の魔封石は見つかっていないとのことだ。以前調べた絵本を信じるならば、青い球体状の何かであるはずだが、それ以外はわかっていない。物思いにふけってしまったが続きを書いていく。分かっている能力を箇条書きにしていく。


できることが確定しているもの

・風化術

・身体強化

・光化術、影化術

・結界


できたがよくわからないもの

・指輪、ブレスレットによる変身

・翼


資料に書かれているもの、聞いたもの

・念話

・具現化術

・探知力


他にもあるかもしれないが今のところはこんなものだろう。あとは特記事項だろうか。


特記事項

・光と闇は反対属性故近くにいるとお互い気力がそがれていくことがある。

・感情によってチカラの素が増大する。感情は何でもいい。

・身体強化の影響で回復速度も早くなる。

・チカラを使いすぎると体から力が抜けたり、気を失うこともある。

・指輪やブレスレットには近くにいる生き物の危機を感知する能力がある。

・反対属性同士は恋愛関係にならない。


 抜け漏れもあるかもしれないが有用な情報はこんなところだろうか。シャープペンシルを置き傍らのデジタル式の時計を見る。そろそろだ。書き上げたルーズリーフを机の鍵付きの引き出しにしまい施錠した。身支度を整え自室を出る。駅前の本屋、『讃文堂』の開店時間は十時。今から向かえば丁度良い頃合いだろう。雨音が窓を叩く。今日の天気予報では次第に雨脚が強くなるそうだ。そうなる前にさっさと行ってこよう。


  ◇


 無事に目当ての本を確保できた。『終着駅』シリーズの最新刊、『桑津駅』だ。『終着駅』シリーズは異世界訪問譚のシリーズで毎回違う登場人物たちが何らかの駅にたどり着くシリーズだ。新刊ではあるが麻結とのおうちデートもとい読書会の課題図書にした。未読本を課題図書にしてトラブルになったことはあるが、作者の犀彩さいさいテルの作風的にその可能性は低いだろう。

 他にも気になった本を数冊手に入れ、傘をさして本が濡れないように胸元に抱え、駅のロータリーを歩く。その中でひときわ目を引く人物が一人。オレ同じ年くらいの年頃に見える少年だ。彼は大きなリュックにボストンバッグを下げ、傘を肩にかけるように差し、紙片を右手に持ち、左手で地図を広げ、周りを見渡しながら歩きだしては立ち止まっている。周囲の人たちも視線を送っているが、面倒ごとにはかかわりたくないのかすれ違う人すれ違う人避けて通っている。

 実はこの少年、本屋に入る前からこの辺りにいたのだ。本屋に入る前に道ですれ違った際は地図を持っていなかった。本屋で購入したのかもしれない。先ほどよりも眉尻を下げている様子を見ると相当困っているようだ。

 そもそもいかにも家出してきましたとでもいうような格好も心配だ。家で何があったのか知らないが、大ごとになったら困るだろう。そうでなくともこの天気だ。長時間外を歩き回ったら傘があっても体が濡れて体調を崩してしまうかもしれない。何より、チカラを使って「クロウ」として人助けをしている身の上としては、放置はしたくない。驚かせないようにそっと近づき、話しかける。しかし、彼の持つ雰囲気。この何とも言えない感じ。有紀と初対面で会った時の不快感と似ている気がする。気のせいだろうが。

「あの」

「え?あ、はい!」

 話しかけられるとは思っていなかったようで驚かせてしまった。はっきりと向かって行った方が良かっただろうか。

 向かい合ってみると思っていたよりも身長が高い。春の身体測定で測ったオレの身長は百六十四・八センチ。そのオレの身長と比べると、恐らく百七十五センチくらいあるだろう。傘から覗いたくせのある栗毛を見ながら、こんな色の髪の毛の人が身近にいた気がすると思った。

「あの、何か困っているみたいだったので、つい。どこか行きたいところでもあるんですか?」

「え?あー、その…」

 迷いが顔に浮かぶ。見知らぬ他人を簡単に信用できるかと言われると難しいだろう。黙って待つ。

「少しだけ、お願いしてもいいですか」

 頷く。了承は取り付けた。あとはどこが行先かだ。「クロウ」として動き回るうちにここ周辺の地理には明るいが、遠くだったら話にならない可能性がある。

「その、ここに向かいたいのですが、分かりますか?」

 見せられたのは右手に持っていた紙片。少ししわのついたその紙に横書きに手書きでこう書かれていた。


羽生市若草町12-3 メゾン・ド・フルール 105号室

宮田晴香

  有紀


 友人の名前と住所が書かれた紙片を見て驚きのあまり俺は固まってしまった。そして硬直している場合ではないと思いなおし、改めて彼の顔を見た。今度はしっかりと細部まで。癖のある栗色の髪、釣り目、赤色の映える唇。困り顔のせいで表情は似通ってはいないが、パーツは似ている。思わずオレは彼に聞いた。

「すみません。その、何の用でここに?」

 またしても逡巡を見せた彼はこう言った。

「母が、本当の母が居るそうです。あと、双子の姉もいると父に言われて…。もう、あの家にはいられなくて…」

 オレは後悔した。近所に行くだけだし、雨が降っているからと適当なTシャツで出かけたことに後悔した。しかし、大事なのはそんなことではない。オレは彼を連れ、宮田家に向かうことにした。

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