第4話 完

「あなたという人は……!」


ご老人は玄関前で女を待ち構えていた。怒り心頭に発するといった面構えで、事情の説明には苦労しそうだ。






**********






「えーー……なるほど、それではあなたはトウジさんで、横に彼女が浮いているんですね。はあーーーー…………」


説得の甲斐あって、事情を伝えることには成功した。飲み込めたかどうかは分からないが。ちなみにお爺さんの名前は松重アオイだそうだ。


「それはそれは…………うちの者が大変ご迷惑をおかけしました」

『誰がいつの間に"うちの者"になったんじゃ』


浮遊霊が合いの手を入れるが、松重さんには届いていないらしい。そういえば、定食屋の人にも見られてなかったな。本当に自分にしか見えない霊なのだなと思った。


「その、不躾な質問かもしれませんが、お2人はどういう関係ですか?」

「一言で言うなら、親子のような関係ですね」


親子。


「私が息子で……」


お爺さんが息子で!?この浮いてるのが母親ということか?それはそうか。だとしたら誰との子供?時代的に、600年前のアレとは別の男を作ったことになるが……。


『違う違う、“親子のような“と言うとるじゃろ。そいつは満州で拾った孤児じゃ』


お爺さんもちょうどそれと同じ内容のことを語り始めた。


「戦争で親を失って飢えていたところを保護されたんです。自分は飯も食わずに私の食い扶持を稼いでくれて、私が商売で自立するまで支えてくれた。親代わりと言っても過言じゃあありません」


これまで生きていて働いたことが無いなんて、嘘じゃないか。


『あー?そうじゃったかの?昔のことで細かい部分は忘れたわ。ワシが覚えとることといえば……そうじゃな、死にかけのガキを拾った時、親が両方居らんとは後から知った。あのまま死んだ方が楽だっただろうに、可哀想なことをしたと呟いたら、こいつが突然つかみかかってきてな。「可哀想なんて勝手に決めるな、俺のこの先の人生が暗いかなんてお前に分かるか」だとか生意気なことを言うからグーで殴って黙らせた。それくらいじゃな』


「彼女は何か言っとりますか?」

「……『あなたを拾った時のことを覚えている』と」


いい話かどうか微妙なラインだが、それでもこの女に対する印象は大きく変わった。


「死に目に会ってほしいとは思いません。昔の辛い話は聞きました。しかしね、私にとってもあなたが大事な人間だっちゅうことは分かってほしいんです。何も告げずに立ち去るなんてやめてくださいよ」

『……』


「そんでトウジさん」

「はい!」


しんみりしたところで急に話がこちらへ振られたため、びっくりして大きな声が出てしまった。


「我々はこの家に2人で暮らしとりましたが、これからあなたを通訳として使い続けるわけにもいきません。彼女は亡くなったものとして諦めます。なに、親子としては贅沢すぎるくらい長い時間を過ごすことができた」


「あなたには彼女と関係なく、1人の人間として自分の人生を生きてほしい。急に叩き出すつもりは無かですが。金ならこちらで用意しますから」


「自分の人生……」


バイト先でも問われたが、難しい。何もない自分は何をやればいい?本当にやりたい、心から興味のあること…………。




「それにしても、彼女は死んでも成仏できませんでしたか。まあ生きるために2人で色々と悪事も働きましたから、分からんこともないですが」

『はっ、2人揃って地獄行きなんて話もしておったな。死んでもどうせあの方には会えんのかと思うと、これまでの歳月も馬鹿らしいのう』

「そのことなんですが」


2人がこちらを向いた。


「何か思いついたんですか?トウジさん」

「いえ、単なる妄想というか……現に僕はこうやって、死んだはずの人と話してるじゃないですか。どういう仕組みかわかりませんが、これを調べて応用したら、天国とか地獄?にいる人とも話せるんじゃないかって。テレビ電話みたいに。」

「そりゃあ…………」


お爺さんの言葉を遮って、女が笑い声を漏らした。


『ふっ、んっふふふ……そりゃあバカみたいな考えじゃのう』


実現性があるとは思っていなかったが、そこまで言わなくても良いじゃないか。


『それなら遠い異国で死んだ、宗教も違う友達とも話せるのか?』

「え?そんなの分かりませんが」

『話せるようにしろ』

「ええ!?」


大まかな構想を言っただけなのに、いつの間にか細かな仕様の要求をされている。


『そうすれば青秀に会える。春翠にも。お前が死んでも会えるぞ!アオイ。青秀の次に会ってやる』

「彼女は何と?」

「あなたとも直接話したいそうです」

「はは」


松重さんはメガネを外して笑った。


「私も、トウジさんの考えは素敵だと思いました。でもね、私は後回しでも大丈夫ですよ。どれだけ待たされても、私にとってはあなたがずっと一番だ」


トウジの斜め上、ちょうど女が浮いている方向を目掛けてそう言った。


「見えてるんですか?」

「勘ですよ。あなたの話を聞いてなんとなく、気配が分かるようになりました。どんなことを言っているのかも大体は」

『本当かのう?適当こいとらんか?』


女は松重さんの周囲を旋回しながらひとしきり変顔を披露すると、満足して喋り始めた。


『で?具体的に何をやる?』

「いやー、そんなこと言われたって。そもそもできるかどうか……」

『できるよ』


女はまっすぐトウジを見た。


『何でもできる。時間なら永劫ある。飽きたらワシが尻を叩いてやる』

『2人とも力尽きたら……いい暇つぶしになったと笑えばいいさ』


そうだ。ほとんど1人で600年を過ごした彼女とは違い、不老不死のトウジにはいつまでも成仏できないうるさい霊が憑いている。それは大きな差かもしれない。何でもできる、気がしてきた。


「じゃあまずは、勉強?幽霊とかあの世の勉強って大学でできますか?」

「そういうのもあるにはあるらしいですよ」

「通うにしても金が要りますね」

「出しますよ」

「いや、家の維持費なんかもかかるでしょう。バイトでどうにかします」


そもそも働いたり大学に行くのに戸籍が必要で、存在しないはずの人間が社会に溶け込むにはいくつものハードルがあるのだが……不思議と、今まで通ったどの道よりも先が開けているように感じた。この先は自分の意思でゆっくりと歩いていける気がする。


「そういえば、名前は?」

『ワシか?桃の花と書いてタオファと読む。貰い物の名前じゃがな」

「僕のと一文字被ってる」

『そうか?これも何かの縁かもな』


彼女はそう言って笑った。

苗字の縁よりは浅く頼りないが、僕たちにとっては未来永劫の繋がりになる予感がした。


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不死の呪いと入れ替わりの奇跡 @shikaku83

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