第二章 初の戦死者



岩本隊は予定通り福岡、上海、台湾を経由し、無事一機もかけることなくフィリピンのルソン島にあるリパ飛行場へと順調に進出しているかに見えた。

しかし…事件は起きた。


鵜沢の機が着陸に失敗したのだ。


「あったぞ!墜落したヨンパチだ!」


不時着したした鵜沢の機体は車輪が折れ翼もひん曲がっていた。これではもう修理もできないだろう。最悪、衝撃で鵜沢が肉塊になっていることもあり得るが……


「おい、生きてる、生きてるぞ!」


急いで車両から担架を運び出す。よかった。致命傷のような傷はない。


「…ぁ……あしが……あしがぁぁああ、あ、あっあ゛ああああ……」


ただ、足を打ってしまったのか右足が青黒く染まっている。おそらく折れているだろう。まだ、少年飛行兵上がりの鵜沢には想像を絶する痛みなのかもしれない。


「落ち着け、ほら息をすって~はいて……すって~はいて……ゆっくり深呼吸をするんだ…よし、多少は落ち着いたか。急いで運ぶぞ」


結局、鵜沢は少なくとも半月以上は空に上がれなくなってしまった。その後のリハビリの時間なんかを考えるともっと時間がかかることになる……



鵜沢が大怪我を負ってからしばらく。お偉いさんが来るとあって、基地は少々あわただしくなっていた

「敬礼」

「ありがとう。なおってくれ。

私は第四航空軍指令の富永という。鵜沢君…だったかな?骨は折れているようだけど、命は大丈夫だったようだね。いや、本当、命があってよかったよ。見ての通り、フィリピンは激戦区なのでね。不時着して生き残っても基地へ帰れるものは少ない。君たちに言うのもなんだが、命は大事に、ね。さて、早速本題に入らせてもらうよ」


そう言う大変器の大きそうな司令官閣下ではあるが…なんだろうか?どこか疲れきったような感じがする。やはり、指揮官とは忙しいものなのだろうか?


「はっ。このような部隊に司令官殿はどのようなご用件でしょうか?」


「あ~そんなにかしこまらなくて良いのだけど……まあ、いい。本国からの通達により貴隊の命名を執り行いに来た。」


司令官の空気が一瞬で変わると同時に直立不動だった隊員もこれには流石にざわつきだす。

通常命名は大変な功績をあげたエース部隊にされるのだが……この時点でそれとは……それは、それだけ、上がこの隊に期待していると言う意思の現れでもあった


「では、早速命名させてもらう。岩本大尉前へ」


「はっ!」


「それでは発表する。貴隊の名は………万朶隊だ。由来は古い歌正気歌の一節

天地正大(てんちせいだい)の気

粋然(すいぜん)として神州(しんしゅう)に鍾(あつ)まる

秀でては不二の嶽と為なり

巍々として千秋に聳(そび)ゆ

注いでは大瀛(だいえい)の水と為り

洋々として八州(はっしゅう)を還(めぐる)

発しては万朶(ばんだ)の桜と為り

衆芳(しゅうほう)与に儔(たぐ)い難し

凝りては百錬の鉄と為り

鋭利兜を断つ可(べ)し

盡臣(じんしん)は皆、熊羆(ゆうび)にして

武夫(ぶふ)は尽く好仇(こうきゅう)なり

意味は全ての気は純粋なままに日本に集まる。そしてそれは富士の山となり、母なる海となり、花咲けば何よりも美しき花々へと変わる、鉄となれば何よりも鋭い刃になる。こうした気が集まっているから日本の人は丈夫であり忠義も厚い

という詩だ。長いが、言いたいことは一つ、たとえ散るとしても万朶の桜のように美しく散り、そしてまたその気をもって軍神となり皇国の行く末を見守ってほしい。よろしいかな?」


「無論です。その名、ありがたく頂戴いたします。万朶隊、その名に恥じぬよう万朶隊一同より一層の修練に励む所存です。」


「ああ、頼んだよ……」



翌日からは隊長の宣言通り、厳しい修練の日々が続いた。

普段は比較的おとなしい隊長も、この時ばかりはまるで別人のようであり怒声をあげ、隊を引き締めた。空を舞う飛行機は隊長の立つ指揮所へ向かい次々に突撃しており、時折プロペラが当たるのではないかと思うほど近距離を通過するその姿はさながら軍神のようであったという。


そんな、日々技術を身に着け姿を変える隊員たちであったが、姿が変わったのは隊員たちだけではなかった。隊員の乗る爆撃機その姿もまた、変わっていた。三本あった突起は一本に減り、外から見ただけではわからないが投下することのできなかった爆弾も、今では手元の紐一つで投下できるようになっている。


なぜ、そんな改造が許されたのか、それは意外と簡単で隊長から司令部にとある要望があったからである。


第一に起爆管のせいで気流が乱れ機体が安定しない。地面に突っ込みそうになる上に特攻をするときに機体が不安定だったら当てられるものも当てられない。

第二にもし敵機と遭遇した時に思い爆弾を抱えては離脱もできない。

第三にもし機体が故障を起こした際にこんな邪魔なものがあっては不時着もできない。


これらをまとめた嘆願書には流石に軍上層部も無視するわけにはいかず。すんなり回収が許可されたのだった。そして改修された機体から運動性能は高くなり、突入軌道の選択肢も増えた。訓練では皆よりギリギリを攻めるようになり士気も最高潮に達していた。



そんな時だ……また事件が起きたのは……



一一月の頭、富永司令に呼びだされ、将校全員がマニラまで行くことになったのだ。


「隊長、何を準備していらっしゃるので?」


「ああ、佐々木君か富永司令に呼び出されたんだがね?車で行くのも運転手に申し訳ないし、どうせ自分で乗れる飛行機っていう便利な乗物があるんだからそれでいこうと思ってね。事前に知らせた通り一週間ちょっとしたら帰ると思うから、それまでは田中と共に隊をよろしく頼むよ。」


「はっ。了解しました。」


それが、隊長との最後の会話だった。




いつもの空襲、そのはずだった。

ここのところ朝から毎日グラマンがやってきては飛行場に待機している機体や空を飛んでる連絡機なんかを叩き落としていく。だから最近の特に朝方は陸路で移動するのが通例で空路を使うのはよっぽどの急ぎか馬鹿のすることだった。

しかし、その日は違った。一機のヨンパチが護衛も付けず空を呑気に飛んでいたのだ。何も知らず、何も気にせぬ、我関せずといった感じ。もしくは、民間機のつもりだったのだろうか?とにかくそれは呑気に飛んでた。さっきまでは


「おい!あのヨンパチ囲まれてるぞ!」


「クソッ対空砲は射程圏外だ。」


「近くに戦闘機は飛んでないのか!」


「いるわけがないだろう。この時間に飛ぶのは大規模作戦時かあの機みたいな馬鹿だけだ。」


「ダメだ。墜ちるぞ!」


「チッ、あっちは敵の活動圏内だぞ……救護班まわせ!一刻も早く助けに行くんだたとえ生存が絶望的でも、見ちまった以上味方を放置するわけにはいかん。」



荒れた道を愛車をガタガタ言わせながら爆走し、墜落地点へ急ぐ。


「あったぞ!あのヨンパチだ!」


墜落したヨンパチは畑の中に突っ込んで燃えていた。搭乗員らしき遺体は身ぐるみをはがされてしまっていた。


「おい、生存者がいるぞ!急いで担架もってこい!」


急いで車両から担架を運び出す。

……この状況で生き残るなんて奇跡だ。良く、生き残ったものだ。


「おい!聞こえるか!?返事をしろ!気をしっかり保つんだ!」


「……ぁ…ぁ…ぁ゛」


「しゃべるな。気だけしっかり保て、回復したらたっぷり話を聞いてやる。だから今は気だけしっかり保つんだ……」


「おい!基地でも空襲でけが人が出たらしいぞ!」


「なっ!?とにかく急いで戻るぞ……」



あれから数日、結局隊長を含むあの機に乗っていた将校五人、全員が戦死した。

それに加え、石渡軍曹と浜崎総長の二人が空襲により負傷

そしてその日、亡くなった隊長たちを追悼する為、基地で簡易的な葬儀をすることになった。

皆で遺体にお別れをし、ガソリンに火をつけようとしたその時


「うわっ!」



という音とともにあたり一帯が炎に包まれた。ガソリン間が爆発したのだ。


「社本、社本大丈夫か!」


「あつい、あついぃぃいい!!あ゛あ゛あぁぁぁあ」


燃え盛る炎の中から飛び出してきた社本軍曹も地と同じく炎に包まれていた。


「みず、みずぅぅううう!!」


燃えながらもだえ苦しむその姿に一瞬棒立ちになってしまっていたが社本の言葉で目が覚め、遺体の火を消すと同時に用意してある水をぶっかける。


運よく一発で消えたので急いで皆に駆け寄る。


「おい……大‥丈‥夫‥か……?」


社本の服は焼け焦げ、皮膚はすっかりただれてしまっていた。生きているのが奇跡とも思える……とにかく今は…


「急いで宿舎に運べ、軍医殿を読んでくるんだ!」



結局、社本はもう、この先空に上がることもできるかどうか怪しい状況だという。いつ容体が急変してもおかしくないため、結局内地に返すことになるのだという。


これでもう、万朶隊に健全な飛行士は五人しか残っていない。普通の隊ならまだしも出撃すればなんせみんな死ぬもんだから二回も出撃すればこの隊はなくなってしまうだろう。


当然、皆の元気なんてあったもんじゃない。新しく実質的な隊長になった田中隊長の訓練もどこかあの人とは違い気が入らない。そんな様子をどこから聞いたのか、富永司令は私たち全員をマニラの司令部に呼んだ。


当然、空路ではいかず、密林を二時間ほど進むことになった。

隊長と同じ轍を踏んで死んでは意味がない、というか隊長達にあの世で顔をあわせられない……


「敬礼」


富岡司令が入ってくると同時に敬礼する。無論乱れることはない。


「ああ、ありがとう。でも、今日はそんなにかしこまらないでほしい、君たちが主役なんだ。主役の君たちが固くなっていては私の顔もたたないよ……さて、みな、盃を持ったかな?それじゃあ、万朶隊に…乾杯~!」


スッという布が擦れる音だけが響く。


その時、私たちは少なくとも宴会をする気力があるようには見えなかっただろう。


「はぁ、君たちは特攻隊員だ。その任は敵に体当たりすることとされている。

当然、進んで死にたいものなんていないはずだ。よって、その士気と練度を維持するには優秀な指揮官が必要になる。

それが、岩本君達だった。

そんな素晴らしい彼等を亡くした今、君達はものすごく落ち込んでいる。

そうだね?

でも…それであの世からこちらを見ているだろう彼等が喜ぶのかな。

私だったら…少なくとも今の君達には喝を入れに行くね。

それに……なぜ、あの特攻機が改造されたと思う。

本当に離脱を安易にするためだけだと思っているのかい?

そんなわけないだろう!

あれは彼が彼なりに考えた上への言い訳だ。

本当の目的は

ここへ帰ってくるためだ。この戦争を生き残るためだ!

何度も何度も出撃して、毎度毎度敵を沈めて帰ってくるつもりだった!

万朶隊の任務は、

体当たりして死ぬことじゃない。

敵を沈めることだ。

司令官の私が断言する。

敵を沈めてくるなら手段は問わん!何度でも帰って来い、何度でも敵を沈めてこい!君達にはその力がある……

そう、思うのだが私の考えは間違っていたのか?」


その場にいた、司令を除くほぼ全員が息を飲んだ……だが、私は違った。

そう、前々から生き残るとは決めていた。空を飛ぶ者の誇りをこの特攻には穢されている気がしたのだ。だから、生き残ってやると決めていた。


そして、富永司令は私と同じ、いや、それ以上の考えを披露してくれた。この人なら、またついていける。そう、思った。

だから宣言した。


「勿論です!万朶隊、いや、飛行機乗りの誇りに懸けて何度でも敵を沈めてまいります!」


「うん!その意気だ。

さあ、せっかくの御馳走が冷めてしまう前にたべようか。」


「「「はっ!!」」」


後には、酒臭い男たちだけが残ったのだった。



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