第9話「君」のために

 放課後。


「悩んでても仕方ないっ!とにかく行動あるのみだよ…」


「――」


(とは言ったものの…、具体的な解決法が見つからないんだよね~)




 軽音部部室。すでにいずれかのバンドに所属している部員たちが、順番に音合わせしている。


「はあ~、実際…目の前でバンドで練習されると…焦るよねえ~」


 周りの音が大きいので、君に話しかけても気づかれない。

 と、突然、君が私を抱えて立ち上がる。


「ちょっ…!どこ行くのっ!?」



 いつもの見晴らしのいい場所。


「ああ、ここね…。でも…良かったの?勝手に帰っちゃったりして?

 …確かに悔しい気持ちはわかるけどさ…」


「――」


「自主練ならどこでも出来る…か。確かにね…。

 よしっ!私にまかせなさいっ!一応君よりギター歴は長いぞっ…。

 今悩んでることはなんだい?」


「――」


「へっ?…音楽じゃないことで悩んでる…?

 わ、私で解決できるかなあ…。うーん…不安。

 あ、でも…あれでしょ?バンドを一緒に組めるメンバーがいないとか…そういうのでしょ?」


「――」


「えっ?違うの?…えーと、なんだろうね…、ちょっと分かんないや…。

 ごめん、詳しく教えてもらっていいかな?」


(!――うわっ…急に身体がギターに押し戻されて…。

 誰か近くに来たのかな…?えっ…何?この人たち?)


 数台のバイクが私たちを取り囲む。


「なんか…やばいよ…、逃げよう…」


 不穏な雰囲気を感じ、私をケースに入れて自転車に乗る君。


(ダメだっ…。逃げ道をふさがれる…。どうしたらいいの!?…)


「早く…、きゃあっ!」


 ギターケースを奪おうとするバイクの集団。


(楽器狩り!?ニュースで見た覚えある…!

 パーツを替えて海外に売り飛ばすっていう…。

 安いギターでも狙って、手口も残忍だって…)


 力ずくは無理だと思ったのか、刃物を手に幾人かでにじり寄ってくる。


「ナイフ…?あ、危ないっ!早く私を置いて逃げてっ!!」


(あっ、私の声で…誰かに見つかったんじゃないかって、周りを見て慌ててる…)


「今のうちに…逃げよう!な、何してるのっ!?」


(どうしちゃったの!?私を抱きかかえて座り込んだりして…?)


「――」


「えっ!?死んでもいい…?

 死んだら君と同じ世界で暮らせるから…?いつでも好きな時に会えるから…?

 な、なに馬鹿な事言ってるのっ!生きなきゃダメだよ!

 私は君に…、生きて欲しいのっ!

 自分勝手かもしれないけど、私の中途半端に終わらせた夢も、不完全燃焼な思いも、みんな君に託したかった…。

 君にはこの世界で…、自分の好きなことをやりきって…そして笑顔になって欲しいから!

 私みたいに納得できずに試合終了になんてなって欲しくないっ!」


(あっ…。周りに誰もいないのを確認して…強盗たちが戻ってくる…)


「早く…!ギターなら新しいのを買えばいいでしょ!?

 命は一つなんだよ!?だから私を置いて逃げてっ!」


 刃物を手に詰め寄ってくる強盗団。


(えっ…?何してるの…君?…小さな声で、強盗に何回も同じことを言ってる?

 …『僕はこのギターじゃなきゃダメなんだ』…?)


「私のことはいいからっ…!君だけは逃げて…」


(危ないっ!実際に刺す仕草を見せて揺さぶってきてる…。

 やめて…。そんなこと…しないで…。

 私のせいだ…。私のせいで…、君がこんな目に遭っちゃったんだ…。

 助けないと…!私に出来ることを…考えよう…、きっとなにかあるはず…)


 危機が君から遠ざかるようにと…。ただそれだけを考える…。


(…ありったけの大声で…叫ぶんだ!

 もしかしたら誰かが気づいて、助けてくれるかもしれない…。

 …気づいてくれなくてもいい…。せめて最後に君への思いを伝えたい…!)


「私は…、私のことをあの日見つけてくれた君に感謝してる…。

 私が宿ったギターを他の誰かじゃなく、君が選んでくれて…、本当にうれしかった…。

 どこか遠くの国に連れていかれても…、君のことは絶対に忘れないよっ!」


 強盗たちはあっけに取られて、身じろぎもしない。


「君には幸せな人生を歩んでほしい!

 私みたいに中途半端に夢をあきらめずに…、苦しいときは仲間を頼って何とかしてほしい!

 私みたいに一人で苦しまないで…。

 …もう会えないんだね…。最後に言わせて…。

 私は…君が、…大好きだよーっ!!ずっと…ずっと…忘れないからっ!!」


(あれ…身体がギターから抜け出した…。

 えっ…?今度は…君!?君の方に吸い込まれていく…)


「うわあああ~っ」


(ど、どこに入っちゃったの?私…。まさか…君の中!?

 …あれ…?強盗たちが何も取らずに引き上げて行ったのが見える…。

 よかった…。いや…よくないよっ!私…今度は…一体何に入ったの?)


「――」


「なになに…?くすぐったい?…きゃあっ!」


(び、びっくりしたあ~。声のする方を見上げたら…君のアゴがすぐそこにっ!

 私、学生服のシャツに入っちゃったの~!?)


「――」


「な、なに笑ってるのよ~!?びっくりしたんだからねっ!

 君…本当に危なかったんだから…!分かってる?自分の命をもっと大事にしなよっ!?」


「――」


「えっ…?私と…絶対に…離れたくなかった…?

 それで…あんな風に…私のこと、守ってくれたの…?」


 うなずく君。


「――」


「だ…大好きっ!?…え…えっと、あ、ありがとう…」


(あうう…そんな事言われたら…、君の顔がまっすぐ見られなくなっちゃうっ!

 い、今はアゴしか見えないけどっ!…?

 てか、シャツから抜け出せばいいだけだった…。えいっ。

 あはは…。私、完全に混乱しちゃってるな…。)


「うっ…、あ、あの…、ほんとに…ありがと…ね。

 それで、さっき…私が叫んだことだけど…、あれは…その、友達として、仲間として…す、好きってこと…だからね。

 …だって、君は…そうなんでしょ…?友達として、私のことが…好きなんだよねっ?」


「――」


「お、おおおお…女の子として、好きっ!?

 そ、そうなんだ…。偶然だね…私も君のこと…おおおおお男の子として…」


 自転車のスタンドを掛ける音。


(誰?…あっ、部活の…同級生だ…。君を探してくれてたのかな?

 …そ、それより…、ううーっ…。

 正直に男の子として好きだって…言えばよかったあ~っ…。

 君は素直に言ってくれたのにぃ…。私のバカバカぁ~!変な言い訳しちゃって…!

 どうしよう~、もう一回好きって言っても信じてもらえないかも~。うえ~んっ!)


 再び自転車のスタンドの音。


(はっ…。部員の子が帰っていく…。一体何だったんだろう…?)


「――」


「ん…?なになに…?部活に新入部員が入った!?ベースと…ドラム?も、もしかして…、君…バンド作れるんじゃ!?」


 満面の笑みを浮かべる君。


「やった~!ついに、念願の…バンド、結成だねっ!ま、まあ今からたくさんやらなきゃいけないことはあるだろうけど…。とにかく…、大きな一歩だよ!おめでとう…」

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