第7話
その後一週間は夜に往来する赤色灯を灯した車両が行き来する以外、平穏な元の生活が戻ってきていた。
そんなのんびりした朝、辰虎の家に客が訪れた。玄関に立つ飯室幸子を目にしたとき、辰虎は自分の表情が不自然ではなかったか自信が持てなかった。幸子の様子は少々やつれている。
「長い間お世話になりましたが、月末に引っ越すことになりまして……」
幸子はそう言いながら、手にした紙袋の中から片手に乗るほどの小さな箱を取り出して辰虎に手渡した。
「これはどうもご丁寧に」
受け取った辰虎は、そそくさと帰ろうとする幸子を引き留めた。
「ちょっとお茶でも飲んでいかんか」
断られるかとも思ったが、予想に反して彼女はその申し出を喜んで受けた。膝を軽く曲げ、履いていた靴の踵に右手の指一本を差し入れて脱ぐ姿は、紛れもなく母親ではない女のそれだった。
何か勘違いさせてしまったかもしれないと、辰虎は釘をさすべくひとつ言葉をかけた。
「息子さんの事なんですがね」
辰虎の目に、靴の向きを揃えていた幸子の背中が固くなるのが分かった。
「息子がどうかしましたか?」
幸子は背中を向けたまま言った。
「まあ、それも茶でも飲みながら話しましょう」
振り向いた幸子の瞳はその色を失っていた。目の前にいる辰虎ではない、もっと遠くの虚空を見ているようだったが、その顔は母親のものに戻っていたことに辰虎は安心した。
「飯室さん。あんたの夜にやっとる仕事、引っ越した先でも続けられるつもりかな?」
辰虎の口から出た言葉に、全て悟ったように幸子はうなだれていた。
「いいえ。もう辞めます。仕事も、クスリも……」
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