第4話

 辰虎にはひとつだけ気になることがあった。空き家に撒かれた灯油だ。警官は布団に撒かれていたと言っていたが、その布団が置いてあった場所については何も言っていなかった。

 数年間空き家となってはいたが、野田邸には故人が使っていた家財道具のほとんどがそのまま置かれていたが、流石に布団は敷いてある状態ではなかったはずだ。わざわざ押入れを開け、そこにしまい込んである布団に灯油を撒くだろうか。

 考えるより現場を見た方が早い。

 辰虎は、炊飯器に残った冷や飯に、塩と白湯だけ注ぎ、がつがつと喉に掻き込んだ。独り身になってからというもの、昼飯なんぞ餌としか呼べぬようなものしか口にしていない。

 辰虎が野田邸の前までくると、火は完全に鎮火しているものの、まだ住宅火災特有の鼻を突く臭いが残っていた。塀を囲う形で張り巡らされた黄色いビニールテープを潜るわけにもいかず、その外側から中の様子を伺っていたが、目的の物はすぐに見つかった。

「あれだな」

 確かにそれは部屋の中央付近にあった。布団は押入れではなく、部屋に出されていたのだ。

しかも、この現場の布団はそれと容易に判断が付くほど形を残しているのに、そこにあったはずの畳は完全に焼き尽くされている。

 これは布団を中心に灯油が撒かれたのではなく、布団だけ執拗に灯油を染み込ませていたからに他ならない。

 犯人が押入れから出したのか、初めから出してあったのか。まだ畳さえそのままの空き家だ。ただ火をつけるだけなら、布団などより畳に火をつけた方が手っ取り早いはずだ。

 現場には犯人の感情が少なからず残される。

 この現場に残されたそれは、幼い執着心と憎悪だ。

 未成熟な人間の感傷が渦巻いている。

 その犯行の残り香が呼び覚ましたのか、辰虎の瞼にある光景が浮かんだ。

 今年の梅雨のことだ。大雨が降る中、水路の様子を確かめに外に出た時に見たこの屋敷の風景。頭で考えるのを拒んでも浮かんでくる映像は、あの時見たものが、今回の放火事件に関係していると、辰虎に残された刑事のカンが訴えているのか。

 その意識を振り払うべく、辰虎はその場を後にし、もうひとつの現場である倉庫の方へ向かった。

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