第2話

 空に明るさが増し、住民が一様に疲労感を隠しきれず集落の集会所に集まっている。

 誰が呼びかけたわけでもない。誰が取り仕切ったわけでもない。皆同じ不安と疑念を持って集まってきたのだ。集まった住人はそれぞれがため息をつきながら起こった事件について話しながらも、「誰が?」という心に最も大きく広がる疑問を口にする者はいなかった。そのかわり、周囲をじっくり見まわし、を探している。

 しかし、この集落に住む全員が一人欠くことなくこの場に居た。その数三十六人。

 ほとんどが高齢者だが、唯一子供がいる飯室家の中学生と小学生の兄弟の姿も見えた。首からラジオ体操カードが下げられている小学二年生の弟の顔にも、片親である母親の不安が伝染してか、いつもの明るい表情は影を潜めている。

 誰もが真っ先にこの場から立ち去るのも躊躇われ、いつしか静寂が支配したが、その沈黙を破り新たな顔が集会所に現れた。

「皆さんお揃いなんですね。お疲れのところすみません、一人ずつお話を伺いたいのですが」

 入ってきた若い警官は、如何にも新人然として、未だに制服に着られているという表現の見本のような立ち姿だった。こんな田舎で起きた、怪我人もいない空き家の放火事件。新人が踏む場として丁度良いとでも思われたのだろうか。辰虎は小さな舌打ちに続けて、ため息をついた。「初動捜査に躓くと、簡単な事件も真実が闇に葬られるぞ」と念じながら、若い警官を睨みつけていると、その視線に気づいてかその若い警官もしばらく辰虎の方を見つめ続けた。

数秒して辰虎が上司に聞かされていた人物だと直感すると、警官は姿勢を正し、一度踵を鳴らし敬礼すると辰虎の方へ近づいてきた。

「靴はそこで脱ぎたまえ」

 そのまま集会所の奥まで入ってこようとした警官に、辰虎は手のひらを見せ右手を前に突き出した。

「失礼しました! 笹木警視とおみ、おみみ…、御見受け申し上げます!」

 そのあまりに滑稽な挨拶に辰虎は頭を抱えた。どうやら、かつての部下である所轄署の署長に、あることないこと吹き込まれてきたのだろう。

「昔のことだ、お巡りさん。私はただの爺さんだ。米や野菜を作るのに元警視も警視正もありゃせん」

 そのやり取りと、警察官が現れたことの安心感からか、場の重苦しい空気が徐々に和らいでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る