第7話 寺

「……朝、か」


 窓から漏れ出る朝日が目元に当たり、俺は目を覚ました。

 時計を見ると、時刻は午前八時を過ぎている。確か、寝床に就いたのは三時頃ごろだったから、五時間程度しか寝ていないのか。やや寝不足気味だったが、不思議と眠気は感じていない。その原因は既に分かっていた。


 夢だ。間違いなく、就寝中に見た夢が原因だろう。


 例の肝試しから今日で三日が経っていた。盆休みも終わりが近付いており、もう明日の朝には出発することになっている。あれから何事もなく、平穏な日々に戻れるのが理想だったが、現実はそう甘くはなかった。

 まず、前述したとおり、あの日から妙な夢を見る。夢の内容は──あの日に見た祠だ。あの祠の風景が夢として毎日出てきている。幽霊や化け物が出てくるならまだいい。ただ祠だけが映されているのが不気味なのだ。

 加えて、ここ数日、誰かに見られているような感覚がする。気のせいの一言では片づけられない頻度で背後から視線を感じる。家の中でひとりのときにもかかわらず、だ。


「……っ」


 また、気配を感じた。咄嗟に俺は振り向くが、背後にあるのは壁のみ。誰かいるわけがない。

 認めたくはない。認めたくはないが──何かに憑かれてしまったのは間違いないみたいだ。これまで幽霊なんて存在は信じていなかったが、実際にあんな体験をしてしまったら考えも変わる。

 それに、怪奇現象が起こっているのは俺だけじゃないみたいだ。あの後、何度かツヨシとヒサとは連絡を取り合っているが、ふたりも俺ほどではないが、あの日以来、妙な気配を感じるらしい。きっと、このままでは取り返しがつかない事態になってしまう予感がする。


 そこで、昨日、俺たちは話し合った。九句里山に肝試しに行ったせいで、八月の呪いというやつにかかってしまった可能性は非常に高い。であるならば、その解決策を知っている人物に相談するしかないのではないだろうか、という方向に話は進んだ。

 俺たちはひとりだけ、その人物に心当たりがあった。ヒサにあの九句里山の話を教えた田畑という人物だ。長年、この山の麓に住む田畑さんなら、何か知っているのではないだろうか。


 だが、そう簡単に解決するわけもなかった。その日のうちに、田畑さん宅に訪問したのだが、俺たちが望んでいる情報までは田畑さんも知らなかったのだ。

 どうやら、田畑さん自体もあの怪談話はまた別の人物から聞いた話であり、そこまで詳細な情報は知らなかったのだ。では、田畑さんは誰から九句里山の話を教えてもらったのか。それは九句里山の近くにある願祝寺がんしゅくじの住職から聞いたという。

 もはや、手がかりはその住職しかいない。田畑さんに連絡を取ってもらい、今日、俺たちは願祝寺に向かうことになっていた。何か、解決の糸口が掴めたらいいのだが、もし、そこでも何も得られなかったら──どうなってしまうのだろうか。


 瞬間、真夏だというのに、俺は全身に寒気を感じてしまった。やめよう、こんなことを考えるのは。

 あと数時間でツヨシの迎えが来るはずだ。俺は立ち上がり、出発の準備をすることにした。



「ここだな。願祝寺は」


 九句里山の目と鼻の近くに、その寺はあった。名前を聞いた時はピンとこなかったが、実物を目にすると、既視感がある。この寺はそんな名前だったのか。


「じゃあ、行くか」


「あぁ」


 ツヨシとヒサはあの肝試し以来、少しやつれている様子だった。それも当然だろう。実際、俺もはたから見れば相当ひどい顔をしているに違いない。

 寺の門に備え付けられているインターホンをヒサが押す。軽快な音とともに、中年の女性の声が響いた。


「はい」


「あの、すみません。今日、伺うことになっている浪川という者なんですけど」


「あぁ、聞いてますよ。どうぞ、おあがりください」


 玄関を開け、靴からスリッパに履き替えると、奥から先程の声の持ち主と思われる中年の女性が出てきた。


「よく来てくださいました。こちらへどうぞ」


「すみません、失礼します」


 住職の奥さんだろうか。その女性に案内され、俺たちは寺の奥へと進む。そして、ある一室の前で立ち止まった。


「あなた、お見えになりましたよ」


「あぁ、入ってきてくれ」


 部屋の戸が開かれる。そこにいたのは法衣を身に纏い、坊主頭で眼鏡をかけている、いかにも寺の人間といった容姿の男性だった。年齢は五十代半ばだろうか。初対面の印象は雰囲気がどこか柔らかく、優しそうな人物だと思った。


「やぁ。よく来てくれたね。えっと、名前は……」


「あっ、浪川です」


「飯田です」


「野村です」


 俺たちはそれぞれ、自分の名字を名乗りながら、頭を下げる。


「そうそう、浪川くんに、飯田くんに、野村くんか。私は白井という者で、一応この寺で和尚をやっている者だ。よろしく」


「よっ、よろしくお願いします」


 和尚である白井さんの挨拶に、俺たちは遅れて挨拶する。


「まあ、立ち話もなんだし、座ってお茶でも飲みながら話そうか」


 そう言うと、白井さんはテーブルの上にある急須を取り、用意されていた三つの座布団の前にお茶を出してくれた。ご厚意に感謝しながら、腰を下ろす。


「……で、まあ一応、こちらも話は聞いているよ。どうやら、あの九句里山で恐ろしい体験をしたそうだね」


 白井さんの方から、本題を切り出す。その瞬間、ピリッと空気が張り詰める音が響くように感じた。


「大体、君たちの顔を見たらどんな体験をしたのかは想像がつくけど、まずは詳しい話を聞かせてもらっていいかな。最初から、最後まで、すべてを」


「は、はい。分かりました」


 俺たちは事の経緯を包み隠さず白井さんに話した。

 三人で九句里山に肝試しに行ったこと。あの山では不定期ながらも八月に死者が出るという話を事前にツヨシとヒサは把握していたということ。なぜか、数時間近く山で遭難してしまい、謎の祠を発見したこと。祠の前で祈りをささげると、すぐに出口が見つかったこと。そして、その際に──祠の戸を開けてしまい、中にある縄を見てしまったこと。

 白井さんは俺たちの話を時々うなずきながら、無言で聞き、全ての出来事を話し終わった際には寺を訪れてから既に小一時間近くが経過していた。


「──それで、結局あの祠を後にしたあとはすぐに山を抜けられて、家に帰ることができたんです。でも、家に帰ってからも誰かに見られているような変な気配を感じて、今に至ります」


「……そうか」


 すべてを聞き終えた白井さんは湯呑に触れ、お茶を一気に飲み干した。そして、「ふう」と巨大な溜息にも近い呼吸をする。その様子に、俺たちは息を呑む。


「まあ、大体の事情は分かったよ。結論から言おうか。君たちはククリ様に魅入られた、ってことになるね」


「……ククリ様?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る