第4話 自殺
去年。どういうことだ。この山で自殺者が出たのは十一年前、俺が十歳の時の出来事のはずなのに。不意打ちのボディブローを食らったボクサーのように、一瞬、俺の思考が停止する。
「まあ、お前はここを離れてたからな。知らなくても無理はないか。結構騒ぎになったんだぜ」
そんな俺を無視して、ヒサは去年発生したらしい自殺事件について語り始めた。
「時期はちょうど去年の八月、死んだのは俺たちが通っていた北中の生徒らしい。どうやら、ひどいイジメがあったみたいで、それを苦にしての自殺だってよ」
「…………」
まだ中学生じゃないか。そんな若い子がこの山で死んだのか。
俺が目撃した死体は初老で、生活保護を受けていた男性だった。比較すると、彼には悪いが──中学生という身分は死ぬにはあまりに若すぎる。
「で、こっからが本題だ」
「ま、まだあるのか」
「あぁ、むしろ、こっちの方が重要だよ」
ヒサはにやにやと。狼狽える俺の反応を見ながら口角を上げ、微笑んでいた。
「この山で死んだのはひとりだけじゃない。分かってる範囲でも、十一年前、二十五年前、三十三年前にも、自殺者や事故死者が出てるんだ。周期はバラバラだけど、ある法則性がある。八月だ。そう、ちょうど今月だよ。何年かに一度の八月に、九句里山では人が死んでいるんだ」
「…………」
偶然、だろうか。いや、偶然にしては出来過ぎている。
ツヨシとヒサで考えた作り話とは思えない。実際に、俺が目撃した自殺現場の話も出た。どこから仕入れたのかは分からないが、ヒサが語った怪談話は全て事実の可能性が非常に高い。
まさか、この山で死人が続出しているとは思わなかった。あの自殺の前に出た死人は二十五年前と言っていたか。そこまで前だと、インターネットの記事に残っていなくてもおかしくはない。道理で俺も知らないはずだ。
しかし、不自然かつ、奇妙な点がひとつある。それこそが、この怪談の肝である「八月になると死人が出る」という部分だ。こればっかりは何が原因なのかさっぱり分からない。
考えられる要因としては──何らかの呪い、だろうか。あぁ、分かっている。とてもじゃないが非現実的な話だ。そんなホラー映画にありがちな出来事がこの九句里山で起きているとは思えない。とは言っても、それ以外に説明がつかないのも事実だ。十数年に一度、山で死人が出るのはまだ理解できるが、全員が八月に死んでいるとなると、異常としか言いようがない。事故だけではなく、自殺も混じっていることから、気候条件が関係している線も考えられないだろう。
気味が悪くなってきた。今更ながら、この九句里山を訪れたことを俺は後悔していた。こんな話を知るくらいなら、来るんじゃなかった。
「おい、どうしたノブ。顔色悪いぞ。そんなにビビったのか」
俺の異変に気付いたのか、ヒサが声をかけてきた。先程のからかっていた様子と比べると、どこか心配そうな表情をしている。どうやら、今の俺の顔は相当ひどいらしい。あいつが心配するのは余程のことだ。
「……あぁ、実はさっきからちょっと気分が悪い」
「え? マジで? 大丈夫か?」
「……ちょっと、きついかも」
「お、おう。ツヨシ、ちょっと待ってくれ」
ヒサは先導しているツヨシに声をかける。
仮病というわけではない。実際に気分が悪いのは本当だ。少し大げさに言ってしまったのでは事実ではあるが、許される範囲の嘘だろう。
「おいノブ。大丈夫か」
「実は昨日から風邪っぽくて……ここでちょっと効いてきたみたいだ」
「マ、マジかよ」
ツヨシも俺の異変を察したのか、いつもより声色が優しくなっており、本気で心配しているようだった。ふたりには悪いが、このまま体調が悪いフリをして下山しよう。もう肝試しどころじゃない、さっさと家に帰りたいという想いが俺の中で爆発していた。
何か、嫌な予感がする。
言語化するのが難しいが、第六感のようなものが警鐘を鳴らしていた。断っておくが、俺に霊感のようなものはまったくない。むしろ、その手の心霊関係は嘘っぱちとまで思っており、信じていない。
しかし、それを考慮しても、妙な気分だった。胸の内から寒気がする。ヒサの話を聞いて臆してしまったのか、それとも本当にここが呪われているのか、真偽は定かではないが、異常だ。自然と手足に震えまで出てきてしまった。
「ど、どうする? 一度、車に戻る?」
「……肝心のノブがこれだと無理だろ。戻るか」
良かった。ツヨシとヒサは肝試しを中止する選択を取ってくれた。このまま強引に肝試しに連行されたらどうしようかと思ったが、余計な心配だったみたいだ。
「ノブ、自分で歩けるか?」
「あぁ、それは大丈夫」
俺たちはくるりと振り返り、山道を戻り始めた。
それから一時間が経過した。俺たちは──まだ森を彷徨っていた
「ヒサ、本当にこっちで合ってんのか?」
「おかしいな。確かに道は合ってるはずなんだけど」
異変に気付いたのは十分ほど前だ。もうとっくに山を抜けてもいいはずなのに、一向にツヨシの車を停めている駐車場に辿り着くことはなかった。まるで、同じ場所をグルグルと回っているようだ。まさか、考えたくはないが、これは遭難というやつなのだろうか。
「まさか、迷ったんじゃ……」
「そ、そんなわけないだろ! この九句里山は俺たちにとっては庭みたいなもんなんだぜ? 迷うわけがない!」
苛立ちを感じさせるように、ヒサは否定する。確かに、彼の意見も一理ある。この九句里山は三人とも何回も訪れたことがあるし、ツヨシとヒサに至っては肝試しの準備をするために夜にも下見に来たはず。それに、ここの登山道はほぼ一本道だ。道を辿れば迷うなんてことはあるわけがない。
「と、とりあえず、もうちょっと先に歩こう。大丈夫、すぐに下山できるって」
「お、おう。そうだな」
「あぁ」
きっと、行きのペースが速かっただけ。あと少し歩けばすぐに下山できるはず。この時の俺たち三人の心情は一致していた。
しかし、そこから更に一時間が経過しても、山を降りることは叶わなかった。
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