向日葵
5月初旬の、とある晴れた日曜の事だった。
「うんとこしょ、どっこいしょ」
「どうした、カブでも引っこ抜くような掛け声で」
俺は葉弦と共にバスを乗り継ぎ、この場所までやってきていた。
いつもの街から少し離れた場所にある、閑静な墓地。
俺たち2人以外には人の気配が無いそこを、線香やらマッチやら菊の花束やらを山盛り手にした葉弦が先導していく。
「こっちこっち。ここをまっすぐ行って、突き当たりの3つ手前」
「やー、来るのいつぶりだろ。少なくとも高校に上がってからは、まだ1回も来てなかったんだよねぇ」
3月末の事件の傷もほぼ完治した葉弦が、そう言って笑った。
そして彼女と俺の足取りが、同時に止まった。
「とうちゃーく。ようこそ……っていうのも変だけど」
「……」
俺は、彩院家之墓、との文字が刻まれた墓石を見つめる。
「雑草とか取らなきゃなーって思ってたけど、意外とキレイ? じっちゃんでも来てたのかねぇ。退職してヒマだー、って言ってたし」
その言葉通り、小奇麗に整えられた小さな敷地内。
片隅に水桶を置きつつ、ふと聞いてみる。
「そういえば、兄の名前は何なんだ。まだ1度も聞いていないぞ」
「あれ、あたし言ってなかったっけ?」
「ああ。『兄ちゃん』としか聞いてないな」
口元に手を当てて、首をひねる事数秒。
「……そうかも」
「全く。知智たちを連れていかなかったら、刑務所のアイツの本名も分からずじまいだったかもしれないな」
冗談気味に言って笑うと、つられたように葉弦も微笑んだ。
「あたしにとってはおっちゃんはおっちゃんで、兄ちゃんは兄ちゃんだったからねぇ」
「ジミーだの何だの、お前の奇天烈なあだ名も昔は大人しかったんだな」
「んもー。あれはその場のフィーリングよ、フィーリング」
それから彼女は墓石の前にしゃがみ込み、持ってきた菊の花束を墓前に供えた。
「……久しぶり。
「……太陽の陽か」
「そそ。本当は父ちゃんが「
「向日葵……太陽を象徴する花、か」
「そゆこと」
2人で
「向日葵の兄に、葉の妹……。なるほど。お前の名前は向日葵から来ていたというわけか」
「そこまではどうだろねぇ。兄ちゃんはともかく、あたしの方の由来はじっちゃんも知らないみたいだし」
そう言って、小さく一息をつく。
「もしそうだとしても、結局あたしも兄ちゃんを追いかける事しか出来なかったし、名前負けしちゃいそう」
「十分だろう。少なくとも今のお前は十分明るいぞ。例えそれが兄に近づこうとした結果だとしても、俺を暗闇から引っ張り上げるくらいには
「んもー、おだてても何も出ないぜよ? ……っていうか、りっくんってよく真顔で凄いセリフが言えるよねぇ。正直困っちゃう」
「……ああ、琉羽に鍛えられたからな。ちょっとやそっとの言葉じゃ無視されるものだから、自然とな」
言いつつ俺はマッチを擦り、明るく燃え上がった火種に線香を近づける。
炎が全体に十分に行き渡ると、緑色の線香は先端から灰色になりボロボロと崩れ落ちていった。その半分を葉弦に渡す。
「あんがと」
菊の花に続き、線香も墓前に供えようと墓石に向き直る。
そこでふと、彼女が自身の分の線香を見つめたまま、どこか真面目な顔で立ち止まっている事に気づいた。
「どうした」
「……そいえばさ、父ちゃんの冤罪の話」
「……ああ」
「父ちゃんの事を信じてたか信じてなかったのかと聞かれたら、あたし自身もよく分かってなかったんだと思う」
静かに燃え続ける線香を見つめながら、葉弦はゆっくりと続ける。
「考えないようにしよう、が近いのかな。あれは終わった事なんだー、って。……それでも無理に答えを出すんなら、ギリギリ過半数で信じてなかった……と思う」
「……」
どうしてそう判断したのかは、聞かずとも知っていた。
「刑務所のアイツと、真逆だな」
事件の結末に納得がいかず、無実を信じ続けた奴と。
前に進もうとし、その代償に有罪である事を受け入れた、受け入れてしまった葉弦。
「それ、あたしも思った。ちーちゃんからあたしが入院してる間の事聞くまで、おっちゃんが捜査から外されたの知らなかったもん」
そして彼女は、全体の3分の1ほどが既に燃え尽きた線香の束を手に、墓前へと1歩踏み出した。
「でも今は、全部信じる。ちーちゃんに、ジミーくんに、りっくんに。そう、教えてもらったから」
「……ああ」
俺はそれだけ口にすると、線香を手に同じく1歩を踏み出した。
ちょうど、葉弦の隣に来るように。
2人無言で、墓前に手を合わせる。
5月の昼下がりの太陽は、雲1つない青空の中で今日もさんさんと日差しを降り注がせていた。
〇あとがき
いい加減家族の名前を拾わなくちゃなー、と思っていた結果の産物。
題材が題材だけに、ちょっとシリアス。
個人的には、人物Aが人物Bを助け、その後にBがAを助ける、とのような流れが好きです。
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