#10 鏡像異性体

僕は、目が覚めた。あたりを見渡す。

ここは、いつもの倉庫ではなかった。

いつもの、誰もいない街ですらなかった。

ここは…どこだ?

どうして、僕は、このだだっ広い、純白の世界にいるのか。ここは、本当にのいた、あの世界なのか?

何が起きたのか。今日のの内容と関係があるのか。あの担任は、僕の質問になんと答えたか………確か……

「夢かどうかは重要じゃない。大切なのは、夢だろうとなんだろうと、どれだけ本気でぶつかれるか、でしょう?」

その声を聞いて、僕は思わず振り返った。

彼女だった。

「確かに、その言葉も、きっかけの一つよ。でもね、それが最大の理由じゃない。」

きっかけ?理由?なんのことだろうか。だか、僕はまた、この前と同じように違和感を感じていた。いや、それよりも……

「どうして…」

「『どうして僕の考えがわかるの?』、かしら。それはね、あたしとあなたは一緒だから、よ。」

「一緒……?」

ここで、僕はようやく、あの違和感の正体に気がついた。彼女は、僕が夢の中で見て、かつ彼女に話していないはずのことまで知っていたのだ。今回でいえば、彼女が、ついさっき見たはずの夢で担任が言ったことを、そっくりそのまま知っていた、というように。

「そろそろ、真相について話そうかしら。でも、まずはあなたに謝らないと。ごめんなさい。あたし、あなたに嘘をついた。」

「嘘……?」

「この世界は、現実じゃない。現実はあっちよ。ほら、担任とか、みんながいる方。」

「それじゃあ、こっちは…夢?」

「まぁ、夢、の方が近いのかもね。でも、夢ではない。ここは、あなたの思考空間よ。そして、あたしの家であり、故郷」

僕は、呆気に取られて、聞いていることしかできなかった。

「さて、そろそろ真相に近づきましょう。話は2年前に遡るよ。あなたが中3の頃。その頃、あたしは生まれた。みんなとは少し違う生まれ方だったし、生き方だったけど、ね。」

中3の頃…確か、いじめが一番酷かった頃…

「あたしは、誕生したてで、何もかもがわからなかった。でも、そんなことを気にする前に、目の前に襲いかかってくる人を見た。あたしにとっては、誰も彼もが同じ、知らない人たちだったから、恐れはなかった。後から、奴らが相当恐ろしいって知って、震え上がった。ともかく、あたしは反撃した。あなたの潜在能力は、すごいね。あいつらを、とっても簡単に倒せた。奴らを倒すと、あたしは突然、耐えがたいほどの眠気に襲われた。それからは、を見続けた。あなたが成長していく過程を……」

ここで彼女は、大きく息を吸った。

「そろそろ教えてあげようか、あたしの正体を。」

彼女は、再び深呼吸をして、言った。

「あたしはね、あなたが予期せず生み出した、二つ目の人格。だから、あたしに名前はないし、あなたのに住んでいるから、あなたが何を考えているか、何を見て何を聞いたのかまで、あたしにはわかるの。」

彼女は、再び、続けた。

「去年。あなたはまた奴らに襲われた。でも、あなたは反撃できなかった。その時、私は目が覚めて、あたしがまた、代わりに反撃してやった。その時、決意したの。あなたが、奴らに反撃できるほど、強くなるまで、見届けるって。まぁ、眠りに落ちながらね。」

去年。彼女と会うようになったのも、たしかその頃からだった。

「2ヶ月前。あたしは、あなたと話すうちに、あなたの脳内にしか存在しない存在だと悟った。あと、あたしが成長するに従って、あなたの脳を圧迫し始めていることにも気づいた。あたしがいずれ消えなければならないってことも。それからも、あなたが困っているときは、あたしが代わりに助けたりしたよ」

「1ヶ月前。あなたはついに、奴らを倒せた。あたしも、そばで見守っていたから、成長を感じて、気づけば泣いていた。でも、それはあたしが消えなければならない、ということも意味していた。そう気づくと、突然怖くなった。だから、咄嗟に嘘を……あなたが、こちらを現実だと信じて、ずっとここにいればいいと思った。そうすれば、あたしはずっとここにいられるから……」

「そして、数時間前。あなたが、あたしのせいで、現実とこの世界とを混同し始めたことを知った。だから、あたしは、別れを告げることに決めた……」

あたりが、突然黒く染まり始めた。そして、崩壊し始めた。

「さぁ、お別れの時間よ」

「そんな……」

「でないと、あなた、何も考えられず、ずっと寝てることになるよ〜」

彼女はいつものように、笑ってみせた。怖いはずなのに。僕より、怖いはずなのに。

「でもっ……」

彼女は、泣いていた。彼女は、涙を拭きながら、首元に手をかけた。

僕は、動いた。彼女を掴まえるために。

でも、僕が近づくほど、彼女は遠ざかっていく。

それでも、僕は少しづつ距離を縮めた。

僕は手を伸ばす。

呼応するように、彼女も手を伸ばした。

彼女の手の先が光る………

「じゃあ、サヨナラ…あたしの…大切な…」

その時、僕の指が、に触れた。

固く、冷たい何かに……

その瞬間、あたりが完全に黒くなった。

そして、彼女がいたところに、僕がいた。

全く同じ体制で。

それが鏡だと気がついたのは、それからしばらくしてからだった。

僕の手には、彼女がいつもつけていた、あのネックレスが握られていた。

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