宅配便にて
増田朋美
宅配便にて
その日も暑かった。猛暑日というと聞こえはいいが、全くこういうときは、暑さで体が堪えてしまうという表現が正しいのかもしれない。それでは、あまりに暑くて、料理も掃除もしたくないというのが本当の気持ちかもしれなかった。そういうわけで、製鉄所でも暑さに堪えながら、利用者たちはやってくるのであるが。
「また失敗したな。」
杉ちゃんは、小宮詩子さんの作ったカレーを食べていった。
「え?私、また何かしたんでしょうか?」
小宮詩子さんが、不安そうな顔でそう言うと、
「また、甘口と辛口と間違えたのでは?」
と、カレーを食べながら水穂さんが言った。
「そんな、私、ちゃんと人参も切ったし、じゃがいもも切りましたし、肉だってちゃんと炒めましたのに、なんで?」
と、小宮詩子さんは、急いでそういうのであるが、
「いや、事実、甘口と辛口を間違えている。これでは、辛すぎて、食べれないよ。」
「な、なんで私、そういう事しちゃうんだろう。私、何もしなかったつもりだったのに、なんで、甘口と辛口を間違えるんでしょうか?私、どうしてこうなっちゃうのかな。」
詩子さんは、がっかりして肩を落とした。
「まあ、これから気をつけるんだな。カレーの辛さを間違えないように、それで、頑張ってくれ。」
杉ちゃんがそう言うと、水穂さんが、また咳き込み始める。無理してカレーを食べたのだろう。馬鹿と言って、杉ちゃんは水穂さんの背中をさすってあげた。水穂さんという人は、カレーを食べないときもあるが、食べるときにはこうやって咳き込んでしまうのである。
「また、やったんですか?」
製鉄所を管理していた曾我正輝さんこと、ジョチさんが、四畳半にやってきた。
「ああ、またやったよ。また甘口と辛口を間違えてしまったらしい。よっぽどせっかちなんだね。まあ、こういうことを何回も繰り返して、料理を覚えていくもんだから、頑張ってもらおう。」
と、杉ちゃんが言った。
「そうですが、もう何回同じことをしでかしたら気が済むんですか。」
ジョチさんは少し厳しい顔で言った。
「まあ、そうだけど、でもこういうことはさ、彼女が努力して覚えるもんで、僕達が叱ったり、おだてたりすることはできないよねえ。」
と、杉ちゃんが話を続けた。
「ええ、たしかに、彼女をここで雇ったことは認めますし、彼女もよく働いてくれることは認めます。しかしですね、これ以上、料理のことで失敗をしでかされたら、水穂さんも栄養が取れなくなりますし、それは、困ります。なので、なにか対策を講じないといけないと思うんですけどね。」
「ごめんなさい理事長さん。私、これでもう首ですよね。申し訳ありません。」
彼女、小宮詩子さんは、小さくなっていった。
「首にはしないよ。だってお前さんは、一生懸命やってるんだから、それをもみ消すようなことをしちゃいけないよ。まあ、えらくせっかちな正確なのは認めるが、それでもちゃんと水穂さんの世話をしてくれようとしてくれるじゃないか。だから、首にはしないよ。誰だって、最初はみんな失敗続きだと思うよ。それは、もとアイドルであろうが、一般の誰かだって、同じことだと思うよ。」
と、杉ちゃんはそういうが、
「ですが、これ以上失敗を続けられても、困ります。」
とジョチさんが言うのもまた事実だった。
「だったら、彼女がもう甘口と辛口を間違えないように、工夫するしか無いよなあ。」
杉ちゃんが、でかい声で言った。それと同時に、杉ちゃんのスマートフォンがなった。
「おい、これ、なんて書いてあるんだ?」
杉ちゃんは、メールの文面も読めなかった。ジョチさんがそれを取って、
「はあ、株式会社ポカホンタスのダイレクトメールですか。はあ、なるほど。ポカホンタスさん、新しい事業を始めたんですね。宅配弁当だけではなく、宅配材料を始めたんですか。」
と、メールを読んだ。
「そうなんだねえ。その宅配材料というのはどういうものなんだ?」
杉ちゃんがそういうと、
「ええ。宅配便で食事の材料を届けてくれるサービスですよ。その代わり、メニューは選ぶことはできないんですが、調味料も、材料も皆まとめて送ってくるサービスです。一人暮らしの方で、買い物はしたくないが、料理は作りたいという気持ちを持っている方の、のぞみを叶えてくれるサービスですよ。」
と、ジョチさんが説明した。
「贅沢な悩みだねえ。買い物はしたくないが、料理は作りたいなんて、そんな事、堂々と言える時代になったなんてさ。」
杉ちゃんはすぐに言ったが、
「そうかも知れませんが、料理を全くしたことのない方や、結婚して料理を作り始めた人に好評だそうです。今なら、電話をくれれば、無料でおためしセットを送ってくれると書いてありました。まあ、レシピもあれば、調味料もあり、作るだけというサービスですから、味加減も自分ではできないし、料理の内容も選べないサービスなので、つまらないですよ。」
と、ジョチさんは答えた。
「それ、たしかに料理の事が分かる人は、つまらないかもしれませんが、料理初心者の人は、良いかもしれませんよ。味加減など何もわからない人には、調味料も用意されているのだったら、そのとおりにしてみれば、誰でも料理を作れるということになりますよね?」
水穂さんが、優しそうな感じでそういうのだった。杉ちゃんとジョチさんは顔を見合わせた。
「じゃあ、頼んでみます?一食分の食材が、宅配便で送られてくるんだそうですが。」
ジョチさんがそうきくと、
「確かに水穂さんの言うとおりだ。それなら、そう頼んでもらおうか。確かにそれに書いてあるレシピ通りに作ってくれれば、甘口と辛口を間違えるところはない。」
杉ちゃんがそういった。詩子さんは、小さく頭を下げたまま、
「はい。お願いします。私も、そういうものに頼らなければ、料理は作れないかもしれない。」
と、自信がなさそうに言った。
「わかりました。じゃあ、ポカホンタスさんに電話してみます。しばらくお待ち下さい。」
と、ジョチさんは、自分のスマートフォンを持って、株式会社ポカホンタスへ電話をかけてみた。そして二言三言交わすと、
「はい。わかりました。明日、届けてくださるんですね。近くに宅配食品会社があって、良かったですよ。ええ、それでは、お待ちいたしております。」
と、言って電話を切った。
「明日、宅配便で届けてくれるそうです。近くなので、直ぐ用立ててくれるそうですよ。まあ良かった。それでは明日から、うまく作ってくださいよ。もう、甘口辛口を間違えるとか、豆板醤を入れすぎるとか、そんな失敗はしないでください。」
「わかりました、日頃から失敗続きで、自信をなくしてしまっていますが、頑張ってみます。」
詩子さんはジョチさんにそう言われて、小さな声で言った。
とりあえず、翌日。午前中の朝早く、宅配便の配達員が、製鉄所に大きなダンボール箱を持ってきた。ジョチさんが代金引換で、その商品代金を配達員に渡した。すぐに詩子さんは、それを台所に持っていって、箱を開けてみた。すると、オカヒジキに、ほうれん草に人参、小松菜など、たくさんの野菜がはいっている。中には一冊の小さな本がはいっていて、野菜料理の作り方がたくさん載っていた。回鍋肉、青椒肉絲、何でも簡単に作れる野菜料理だ。中には、事情がある方のためにというページもある。それには、アレルギーなどがあって肉を食べられない人のためのレシピなども載っていた。
「へえ、みんなうまそうじゃないか。これで、それらの料理が作れるのか。じゃあ、早速、もうすぐお昼だから、水穂さんになにか食べさせてやってくれ。」
と、杉ちゃんに言われて彼女は、
「何を作ったらいいでしょう?」
と困った顔をした。
「そんなもん、お前さんが選べばいいのさ。」
と、杉ちゃんがいうと、
「じゃあ、温泉たまごでも作ってみようかな。」
と、その冊子の冒頭のページに有る、温泉卵のレシピを開いた。卵は、水穂さんには、食べては行けないと言われる食品の一つだった。
「ああ、あいにくだが、卵は、水穂さんは食べれないな。」
杉ちゃんが直ぐ訂正した。
「それじゃあ、チャーハンでもいいですか?自信が無いんです。本当に何を作ったらいいのかわからなくて。」
詩子さんは、自信なさそうに言った。
「そうだなあ。肉さかな一切抜きで作ってくれ。」
と、杉ちゃんが言うと、詩子さんはわかりましたと言って、チャーハンを作り始めた。用意するものと言ったら、冷凍のご飯だけだ。ちゃんと、野菜もあるし、中華だしの素も用意されている。まずはじめに、レシピに載っている通り、人参を細かく切って、油で炒める。それにほうれん草を細かく切ったものを入れる。そして、冷凍のご飯を入れて炒め、それに、用意されていた、水に溶かした中華だしのもとを入れる。それだけである。それくらいだから、味がこすぎてしまうこともないし、うすすぎてしまうことも無い。彼女はちゃんと、レシピ通りにやった。そうすれば、しっかりとチャーハンの出来上がりだ。
「お、良くできたじゃないか。これなら、食べさせてもいいじゃないか。」
と、杉ちゃんに言われて彼女は、
「やっと、料理ができた。」
大きなため息を着いて、彼女はチャーハンを器に盛り付けた。そして、それを持って水穂さんのいる四畳半へ行った。
「水穂さん、お昼ごはんができましたよ。さ、今日は失敗しませんでしたから、しっかり食べてください。」
そうはいっても、彼女は自信がなさそうだった。水穂さんも布団の上に起きて、渡されたお匙を受け取り、チャーハンを食べてくれた。
「何だ、今日はよくできているじゃないですか。」
水穂さんはにこやかな顔をしていった。
「そうですか?私、全然自信なかったんですけど。」
詩子さんは、申し訳無さそうに言った。
「今日は、あのポカホンタスさんの、レシピに書いてあるとおりに作ったんです。調味料もただ、規定量を水で溶かしただけで、ほかは何もしていません。それなのに、美味しいって言ってくれるなんて、嬉しいと言っていいか、なんていっていいか、わからないですね。」
「いえ、いいんですよ。詩子さんが、お一人で作ったんですから、それは評価されるべきところです。初めて、一人で料理をして成功したんですから、それは、大事な記念日になるんじゃありませんか?」
水穂さんが優しくそう言うが、詩子さんは、自信がなさそうに、
「でも、宅配便で送られてきた材料をそのまま作っただけですし、やっぱり私は、料理とか、そういうものに自身が無いんですよね。私、手作りというものを知らないんです。だって、子供の頃から、料理をするなんて、してもらったことはなかったし。ずっと、学校の給食で栄養取ってたような、そんな子供でしたからね。私、食べるのがすごく嫌なんです。でも食べなくちゃいけないことはわかっているから、もう作らないで、出来合いを買ってきちゃえばいいやってなってました。贅沢な悩みと人はいいますが、私にとって食べるということは、楽しいことじゃなかったんですよ。なんか、私が、すごい貧しいことを知らしめさせられて居るみたいで。」
と、話を続けた。
「ああ、ごめんなさい。ついペラペラ喋ってしまいました。自分の過去を語るなんて、無駄な事だってわかってるのに、なんで言ってしまうんでしょうね。」
「いえ、大丈夫ですよ。辛かったことはどんどん他人に吐き出して、楽になってください。そうしなければ、人間やっていけないことだってあるんじゃないですか?」
水穂さんは優しく言った。
「ごめんなさい。私だって、こんな事話したくはありません。でも私はどうしても、食べるということが好きになれないんです。子供の頃貧しかった頃のこと、そういうことを思い出してしまうから、食べることはどうしても、、、。確かに、栄養をとらないと、体がいけないことは、ちゃんとわかっているんですけどね。私、どうしてもどうしても、食べるという行為が好きになれない。それでは行けないから、いつも自分を責めて、それでは行けないって言ってるんですけど、どうしてもできないんです。どうして、そうなってしまうんでしょうね。だから、ついついカレールーを甘口と辛口と間違えてしまうんです。」
詩子さんは、話を続けた。
「そうなんですね。子供の頃、お宅が貧しくて、食べるということで、それを実感せざるを得なかったんですね。もしかしたら、食べ物で喜んでいた姿を見せるのも嫌なのかもしれませんね。それで、食べ物は嫌いになってしまったんですか。」
水穂さんがそう言うと、
「ええ、だから、ご飯を食べなくてもお菓子があるし、今は、適当に食べていられれば、生きていられるって気持ちがしてしまって。私の両親が、粗末な食事でも大喜びしていたのが、私は、忘れられないんです。学校の友だちに遊びに来いと言われて、お昼を食べていったらと友達のお母さんに言われるのがたまらなく嫌でした。それでは、いけないと思っていましたけど、人間の本性はすぐ顔に出てしまうんですよね。詩子ちゃん、そんなに嬉しそうな顔してケーキを食べるのねって、友達のお母さんに言われてしまうのが、ホント、悲しかった。子供心にも、嫌でした。なんで私は、そういうことをしてしまうんでしょう。」
詩子さんは、涙をこぼしていった。
「決して、学校にいけないとか、そういうくらい貧乏であったわけではありませんが、どうしても、友達の家に行くと、そういうことを言われてしまって、、、。私は、ホント、辛かったんです。」
「そうなんですね。わかりました。わかりましたよ。そういうことって、自分で消すことが出来るわけじゃない。だからお辛いですよね。」
水穂さんは、優しく彼女に言った。
「大丈夫です。誰でも、辛いことはあります。大事なのは、それを隠さないで話せる人がいるかどうかです。それだけでも、人生は違うと思います。」
「水穂さんすごいですね。人の辛いことを偏見なく聞いてくださるなんて。そんな人、今までいませんでした。私が学校にいたときも、タレント養成教室にいたときも、歌手として働いていたときもいませんでした。私、誰にも言えなかった。そんな事、こうして優しく聞いてくれるんですね。すごいですね。水穂さんは。」
詩子さんは感心した様に言った。
「いえ、僕は才能も何もありません。ただ、誰かが聞いてあげないと、解決することはないと言うことは知っているので、それを実行に移しただけのことです。」
水穂さんはそういった。
「そんな事ありません。私、話を聞くことも才能だなと言うことは、今までやってきたなかで知っていますから、それは、水穂さんの持っている天性の才能だと思うわ。もし、体が本当によろしかったら、そういう仕事に就けばいいのよ。そうすれば絶対に成功するはずですよ。それはあたしが、保証します。」
詩子さんに言われて、水穂さんは、
「そんな事ありませんけどね。」
とだけ言った。
「いえ、水穂さんがそれに気がついていないだけのことですよ。きっと、水穂さんは誰よりもすごいんです。もっともっと、自分に自身持って、頑張ってください。」
詩子さんがそう言うと、返事の代わりに返ってきたものは咳であった。もう疲れてしまったのだろう。水穂さんは何回か咳き込み、布団に倒れ込んでしまった。詩子さんは、急いで水穂さんの背中を擦って、中身を出しやすくしてあげた。
「馬鹿に長話しているなと思ったら、またこういう羽目にさせちまったのか。まあ、しょうがないことでもあるけどさ。ほら、はやく薬飲ませて、楽にしてやるんだな。」
と、杉ちゃんに言われて詩子さんは、
「は、は、はい。」
と言って急いで水穂さんの口元へ、水のみを持っていった。水穂さんはそれに吸い付き、中身を飲み込んだ。薬は確かに咳き込むのを止めてくれるのであるが、同時に強い眠気をもたらすものでもあるらしい。水穂さんは、静かに眠り出してしまうだった。詩子さんは、水穂さんの体に掛ふとんをかけてあげた。
「お前さん、家が貧しくて、食べるものを食べるのが好きじゃなかったの?」
どうやら杉ちゃんに盗み聞きされてしまったらしい。
「ふすまが開いてたから、ちゃんと聞こえてたぞ。」
杉ちゃんは、呆れた顔で言った。
「人間は、動物だからねえ。食べ物を食べないと退化するよ。それに、食べ物を食べないと、栄養と言うものが体に回らないから、若いときは良かったかもしれないけど、年を取って必ずつけが回ってくるだろう。それを避けるためには、やっぱりなにか食べ物を食べなくちゃいけないんだ。」
杉ちゃんの言うことは一般的な理論だった。でも、詩子さんは、それをそうですねと素直に受け入れることができなかった。やっぱり、食べ物に対する、イメージと言うのは払拭できない物がある。だからこそ食べものを作るというのには、不自由なところが出てしまうのも、認めたくなかった。
「まあ、誰かにからかわれたりしたことがあってもだ。人間は動物だから、食べ物を食べなくちゃ行けないことは、ちゃんと頭の中に叩き込んで置くんだな。それでそのために生きていて、生かされているんだってこともわかっておかなくちゃ。」
そう言われて詩子さんは、死んでしまいたいと思った。そんな事、何回も聞いている。でも私は、食べ物というものは、好きになれない。食べてしまうと、あのときのように、恥ずかしい思いをしなければならなくなる。それだけはもう二度としたくない。
「そうね。杉ちゃん。私も、健康には気を使わないとね。」
とりあえずそれだけ言っておいたが、やっぱり食べ物を喜んで食べるという気にはならなかった。あのときのことを、思い出してしまうのはどうしても嫌だった。たしかに贅沢な悩みかもしれないし、やってはいけない悩みなのかもしれないけれど、詩子さんにとっては、悲しい記憶だし、思い出したくもない記憶だ。だからそれを想起させてしまう食べ物は好きになれない。
日差しは、そんな事を無視してジリジリと地面を照りつけ続けた。
宅配便にて 増田朋美 @masubuchi4996
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