大文字伝子が行く45

クライングフリーマン

大文字伝子が行く45

とあるグラウンド。陸将の提案で、EITOベースとDDのソフトボール交流試合が行われていた。

「言い出したら、聞かないからなあ、橘は。」と仁礼海将が言った。

「プライベートでも、お付き合いがあるんですか?自衛官トップ同士で。」と依田が遠慮無く尋ねた。「たまたま同期。それだけのことさ。」と海将は笑って応えた。

試合は3回裏まで。三角ベースではないが、選手は皆張り切っていた。

二回の裏。ピッチャーは橘陸将。バッターボックスには伝子が入っていた。

伝子は痛快な場外ホームランを打った。数分後。球拾いに行った、山城が高遠にLinenのテレビ電話をかけてきた。「球が、球が人の頭に当たった。死んでる。」

あつこが、ライトを振り回すことで緊急信号を表現した。予め決めていたのだ。久保田管理官と斉藤理事官が指揮して、EITOの選手を全員退場させた。

みちるはミニパトに愛宕と伝子を乗せて現場に向かった。

「110番しようかと思ったんだけど・・・。」と言う山城に、「110番より早く到着したわ。」なぎさが高遠を連れてバイクでやって来た。「すぐ、鑑識が来るそうよ。」

付近を見ていた高遠が、近くにある店のテントを指さした。「あそこでバウンドしたかな?」

「そうね。後頭部に打撃痕があり、出血している。それに前頭部にたんこぶはないわ。」

「どれどれ。オスプレイもなかなか便利だな。」と井関が言った。「うん。大文字君は犯人じゃない。決まり。」と井関は言った。

物部達は、あつこの指示で野次馬整理をしていた。あつこが警察手帳を見せて野次馬を下がらせたので、物部達も警察関係者と思ったか、野次馬は素直に下がった。やがて、応援の警察隊が来た。立ち入り禁止ロープが貼られた。

「後は任せましょう。私たちは『非番』だし。」とあつこが言い、伝子達の草野球チームは伝子のマンションに移動した。

午後。伝子のマンション。皆で蕎麦を食べていた。「大文字。良かったな、殺人犯にならなくて。」「縁起でも無いこと言うなよ。」

「井関さんから連絡が入ったわ。あの死体は1時間前には寝ていた筈だ、って。」とみちるが言った。

「また事件が私を呼んだって言いたいのか?ヨーダ。」「そんなこと言ってませんよ。」「でも、今、思っただろ。」「誘導尋問止めてください。ねえ、警視。今の誘導尋問ですよね。」「私は、おねえさまの味方よ、忘れた?」

「まあまあ。結果を待ちましょう。しかし、陸将、豪腕だったなあ。」

「先輩の打ったバット、折れてましたよ。先輩の打撃力も凄い。」と服部が言った。

EITOベース用のPCの画面が起動した。理事官が現れた。

「あの死体は空自の自衛隊員だった。元、と言うべきか。元航空自衛隊二尉だった男、晴海真三だ。定年退職して10年になる。家業は質屋で、あの近くのビジネスホテルの地主でもある。彼が実家の質屋を継がず自衛隊に入ったので、跡取りがおらず、親父さんが亡くなった時に自動的に廃業。建物をビジネスホテルに売って、地主になった。殺人事件のようだから、警視庁捜査一課の担当になる。もう、そこに来ているようだな。」

一同が玄関を見ると、中津警部補と青山警部補と愛宕が立っていた。

「お久しぶりですね、皆さん。よろしくお願いします。えーっと、山城さんという方は?」と中津が言った。

「彼です。」と、愛宕が指さして紹介した。

「あなたが死体を発見したときに誰かいませんでしたか?立ち去る人とかいませんでしたか?」

「いいえ。大文字先輩達がやって来てから、野次馬が集まりました。」「普段、人通り少ないのかな?」「さあ。青山さん、愛宕さん達と聞き込みお願いします。ああ、大文字さん、現場保存ありがとうございました。」

「我々は、渡辺警視の指示に従っただけですよ。」と物部が言った。「心得ていますよ。」「中津さん、島田巡査部長はまだ入院中ですか?」と、あつこが割り込んだ。

「ええ。名誉の負傷じゃ無いから恥ずかしいって言ってますけど、当分は相棒無し。その代わり、私には大文字探偵団という頼もしい味方がいる。」

「大袈裟だなあ。島田さんの病気は?」「水虫。」「水虫?」「まあ、一種の職業病ですな。悪化したので、まだ一ヶ月は動けない。取りあえず聞き込みですが、ボランティアで手伝って頂ける人は?」

「後で連絡します。ああ。後頭部の打撃が致命傷ですか、私のホームランでなく。」

「それだけは確かですが、怨恨だと厄介ですね。退役後か現役時代に何かあったか?」

「そこは、EITOベースを通じて空自に調べて貰えるんですよね、理事官。」と、伝子は画面に向かって言った。

「勿論だ。」中津は画面に近づき言った。これがEITOベースの連絡用のシステムですか。あ、お邪魔します、理事官。」

「ああ、よろしく頼む。中津刑事。」と、理事官は挨拶を返した。

翌々日。皆で手分けして、聞き込みをしたところ、元空自2尉は、隣町のフィットネスクラブに通っていたこと分かった。

「年寄りだと退役後は囲碁か将棋っていうのは時代遅れだな。」と物部が呟いた。

「そりゃ偏見ありすぎですよ、物部さん。最近は高齢者の方がITに詳しいですよ。スマホだって、スワイプとか便利な機能が出来ているから、すいすい動かしている。」と、たまたま来ていたひかるが言った。

「見たことあるの?」と伝子が言うと、「病院の待合室で。」「ケータイ・スマホ禁止じゃないのか?」

「守らない人多いよ。必ず守っているのは、寧ろ若い人。」

チャイムが鳴った。編集長だった。高遠が出て、「あ。遅れてすみません。僕のも伝子さんのも、ついさっき送ったところです。」

「あら、高遠ちゃん。督促じゃ無いのよ。あ。丁度良かった。マスター。今度、あの煎餅についてコラム書いて下さらないかって、編集会議で決まったの。どうかしら?」

「どうかしらって、結論ありきで言われてもなあ。」と物部が困っていると、横から栞が言った。「私が手伝うわよ。」

「助かるわあ。美作先生に助っ人して頂ければ百人力ね。」と編集長は言った。

「編集長の百人力もお願いしていいかな?」と伝子は編集長に言った。

「なあに?」「『隣町の万人の力』ってフィットネスクラブ。調べたいことあってね。例の事件(「大文字伝子が行く14」参照)の時のトレーナーとかで情報とれないかな?」

「執行猶予中だけど、いいの?警視。」「いいですよ。犯罪おかさなければね。」とあつこが応えた。

「色んなフィットネス研究したトレーナーがいてね。ひょっとしたら、そのクラブに知り合いがいるかも。」

「じゃ、お願いします。」と伝子は最敬礼した。編集長は満足して帰って行った。

「我々が利用者調べても、なかなか話してくれないだろうしね。いい展開ですね。」と、青山警部補は言った。

「隣近所の人達は『いい人ですよ』しか言わなかったしなあ。」と福本が言った。

「今は基本的にご近所付き合い希薄ですし、ね。」と服部が言った。

「いい人、ねえ。」と高遠が言った。「いい人って、恨まれやすくないかな?」

「俺みたいに?」「うん。ヨーダみたいに。」

高遠と依田のやりとりを見ていた伝子は言った。「やっぱり怨恨かな?」

「怨恨でしょうね。正論が通りにくい世の中ですから。だから、僕は組合活動には参加していない。政治活動は、教師の仕事じゃない。」

「確かに、南原の言う通り、良かれと思って、なんて綺麗事だよな。」と伝子は言った。

EITOベースのPCが起動した。「うーむ。トラブルらしきものが無かった。」

「理事官。彼は『生真面目』でした?」「自衛官らしい自衛官だった、そうだ。詰まり、生真面目だな。こちらも厄介だが、も一つ厄介なことが出来た。」

「私から話そう。久保田だ。大文字君。反社と、半グレの闘争を平定したことがあったよね。」「ええ。」

「実は反社の親分から君に平定をしてくれ、と言って来た。あの時の反社の親分の舎弟だそうだ。内部抗争をどうにかしたい、と言って来た。」

「罠かも知れませんね。この有事に。「うむ。断るかね?」「受けましょう。ただ、バックアップをお願いします。銃の類いも持ち込むかも知れない。」と伝子は呟いた。

「勿論、予めEITOがチェックする。金属探知機と火薬探知機でな。ただ、大量の場合でしか威力を発揮しない。」と理事官が言った。

翌々日。場所はまた、最初のEITOベース近くのグラウンド。親分は理事官の提案を受け、『殴り合い大会』の場所を受け入れた。銃やナイフは持ち込み禁止として。組員達は100人ずつ紅白に分かれ、何故かはちまきをしていた。

双眼鏡で見ていた久保田警部補は呟いた。「まるで運動会だ。」

誰が合図をするまでもなく、『喧嘩大会』は始まった。2時間半。流石に彼らはスタミナ切れしたようだった。一台のトラックがやって来て、グラウンドの中央に止まった。トラックの荷台は防弾ガラス板のようだ。

中にワンダーウーマンがいる。トラックの周りにはスピーカー。集音マイク。ワンダーウーマンはマイクを持っている。そして、箱の内部にもスピーカー。ワンダーウーマンは変装アイマスクを着用している。

「阿倍野元総理も、こんな箱で演説したら、暗殺されずに済んだのに。待たせたな。もうスタミナ切れか?だらしないな、最近のヤクザは。」

ヤクザの中から怒号が聞こえた。

「自分だけ完全防備か。それでもワンダーウーマンか。何でもリストで跳ね返すんじゃなかったのか。怖いのか。」

「ああ。怖いな。映画じゃないし。」

EITOベース。中では草薙と渡がヒットマンの行方を分析していた。

草薙が叫んだ。「あつこ警視が一番近い。」「了解した。」グラウンド近くのビル。あつこはDDバッジを押した上で、屋上に向かった。あつこはスーパーガールの扮装だが、変装アイマスクを着用している。

「待たせたな。」スナイパーは振り向いたが、あつこのキックの方が早かった。あつこは、腕時計型マイクに向かって言った。「確保!」

空からオスプレイが下りて来た。屋上に縄梯子が下りて来た。ワンダーウーマンが下りて来た。その時、近くの工事現場の方から光った。そこにはクレーンがあった。

黒い物体がオスプレイからするすると下りて来て、ワンダーウーマンに当たった。黒い物体はブラックウィドウの扮装の金森だった。二人とも回転して着地。ワンダーウーマンの脚に傷が出来た。

その時、F-15イーグルがクレーンの側を通り、クレーンの操縦席に催涙弾を投げこんだ。ジープでなぎさがクレーンに駆けつけた。ガスマスクを着け、クレーンによじ登ったなぎさは、ロープで操縦席の男を縛った。警官隊も追いついた。なぎさは後を任せた。

一方、ビルの屋上に飛び降りた伝子をあつこと金森が手当をしていた。オスプレイは、上空に待避し、救急ヘリが到着した。

トラックの中に久保田管理官が現れた。「誰がスナイパーを雇った?」「雇ってない?調べれば分かるぞ。親分は解散を望んでいる。今は承知の通り、有事だ。ヤクザの集団が抗争しようと解散しようと誰も騒がないぞ。銃刀法違反の者は?いない。たかが運動会でムショを満員にさせるなよ。そこに来た警察官に名前だけ書いて渡せ。後は知らん。」

愛宕がレポート用紙を挟んだバインダーを用意した。

あつこと金森はすぐに救急ヘリに伝子を運んだ。伝子のスマホが鳴動した。あつこが確認すると、後頭部を打撃した犯人が見つかった、というメッセージが高遠から届いていたのだった。

あつこが「おねえさま。後頭部を打撃した犯人が捕まったそうよ。電車内でタバコを吸った男を注意したら、ストーカーされて頭を殴られたそうよ。」と伝子に言った。

「あつこ。いい妹だ。金森もな。いい妹だ。」

―完―


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