第12話 お前も俺から、自分の大切なものを守りきってみせろ

――過去――


「お前!? どうしてそのペンダントを」


 道場からの帰り道、唐突に唐突にそう声をかけられて、とても驚いたのを、サンは覚えている。


「え?」

「そのペンダントだよ! 刀型のペンダント。どこで手に入れたんだ?」


凄まじい剣幕で詰め寄られるサン。どこで手に入れたと言われても、別段どこかで購入したわけでもない。サンは、目の前の獣人に対し、正直に答えた。


「どうしたも何も、最初から持ってたんです。多分親にもらったんだと思います。もっとも俺には両親の記憶はないんですけど」


親という言葉を聞いて、目の前の獣人はピクリと体を震わせる。そして、彼らほんの少しの涙を浮かべて言った。


「そうか、じゃあやっぱり、お前がアサヒの子なのか。会えてよかった。でも、どうして?」


感動しながらもなんらかの事実に戸惑っている彼。


 しかししばらくそうしていると、その獣人は、サンに向かって、こう告げる。


「じゃあ、少し俺と話をしないか。お前の母さんにはすごく世話になったんだよ。あと、お前は、他の人から母さんの話はどれくらい聞いてるんだ?」

「あまり聞いてません。施設の方針で過去の話はしちゃダメなことになってて」

「そんなのもったいない! お前の母さんは本当に素晴らしい人だったんだぞ。あいつの息子として、あいつの生き様は知っておいた方がいい。だから少しだけ話を聞いてくれないか」


 正直、文字通り知らない人に急に声をかけられて、果たしてついていっていいのかという疑問はあった。しかし、この獣人の目は決して嘘をついているようには見えなかったし、本当に自分の母親に感謝している様子だった。


「わかりました。聞かせてください。母さんのこと」

「よしきた。ちょっと長くなるぞ。あ、そうそう、急に会ったのにお前なんてよんでごめんな。俺はフォン。そっちの名前は?」

「サンです。よろしくお願いします」

「堅苦しいなぁ。敬語なんて使うなよ。よろしくな、サン」


そして、サンはフォンからたくさんの話を聞いた。自分の母親がフォンの人生を変えてくれたこと。母が、とても強い人だったこと。そして、たくさんの人を助け、たくさんの人に信頼されていたこと。


 日の短い時期だったからか、話に夢中になっていたからか、彼が母との思い出を語り切る頃には日はすっかり沈み、サンはそんな夜空を見て、自分がどれほどその場に長居していたかに気づいた。


「あ、もうこんな時間だ。ありがとうフォン。俺、そろそろ帰らないと」

「おお、そうか、そうだな。ありがとな。こんなおっさんの話をちゃんと聞いてくれて」

「全然だよ! すっごく楽しかった。ありがと」


 そう言ってサンは、この空き家を出る準備をする。そんなサンへフォンはふと声をかける。


「なぁ、サン。一つだけ聞いていいか?」

「うん、何?」

「サンはさ、自分の母親がなんの獣人かってだけは聞くことを拒んだだろ? あれはなんでだ?」

「あ、それは」


 サンは、言葉に詰まった。なんとなくその理由をまだ大して親しくなっていない人に明かすのははばかられるのではないかと感じたからだ。しかしフォンは、そんな彼の内心を読み取ったかのように、言葉を紡ぐ。


「あーなんとなく今日でサンの性格がわかってきたな。さては、怖かったんだろ。俺が話している母親が自分の母親と違うってわかることが。アサヒがしっかりとした獣人だったら、サンにその特徴が現れてないのはおかしいもんな」

「……うん」


 獣人は、他の動物と同じように必ずしも同じ種族と添い遂げなければならない決まりはない。例えば馬の獣人と魚の獣人が出会って恋をして、そのまま子孫を残すこともある。そして、その際の子どもはどんな獣人になるのかといえば、決して魚の下半身と馬の上半身を持つなどということはなく、普通に父母どちらかのベースとなった獣の特徴を受け継いで生まれてくる。


 だからこそ、サンは怖かったのだ。アサヒという女性が、なんの獣人かを聞いて、自分との親子関係が否定されることが。せっかく掴んだ母の手がかりを簡単に手放してしまうことが。


 しかし、フォンは、そんなサンに対してこう告げた。


「サン。大丈夫だよ。お前は絶対アサヒの息子だ。俺が保証する。お前の目な、すごくそっくりなんだよ。アサヒに。本当に目に映るもの、全部救っちまいそうなほど、芯にしっかりとした強さと優しさを持った眼だ。きっとさ、お前はいつか凄いことを成し遂げるよ。そんな気がする」


 彼はそう言ってサンに笑顔を見せた。その笑顔は本当に優しくて、暖かくて、この日からフォンのことを信頼していたんだと思う。


 そしてなによりも居心地が良かったのだ。何も自信が持てなかった自分に対して、アサヒの息子だから、きっと何かを成し遂げられると言ってくれるフォンの隣が。だからこそ、サンは、何度もフォンのところに通うようになったのだ。



――現在――


 木々の間に徐々に光が差し込み始める。もう、サンたちを囲んでいた夜の闇はすっきり晴れていた。


「やっと来たか。思ったより遅かったな」


例の獣人は、自らの剣を地面に刺して、切り株に腰をかけ、彼らのことを待っていた。


 彼の隣には、スアロが腕を縛られて、座っていた。


 サンは、その獣人の目の前に立ち、彼に対して、こう告げる。


「早かった方だろ。そんなことより、最後までそんなダサい仮面つけて戦う気かよ」

「悪いかよ。俺のポリシーだ。ケチつけるんじゃねえよ」

「いいんだよ、もう。全部わかってるんだ。だからもう下手に隠さなくてもいい」


言葉を紡ぎながら、サンは覚悟を決める。大好きだった彼を、ここで敵と見なす覚悟を。


「なあ、フォンなんだろ。俺は今、あんたと戦わなきゃいけないんだろ?」


目の前の獣人は、それを聞き、ゆっくりと仮面を取った。その鼻にはいつも見慣れていた、大きな傷がついていた。紛れもなく眼前の男は、フォン以外の何者でもなかった。


「よくわかったな。そうだよ。俺がお前の倒すべき最後の敵だ」


 ジリジリと互いを見つめ合う。フォンとサン。木々の間に差し込む陽光が眩しい。


 フォンは、切り株に座ったまま、真っ直ぐにサンを見据えて言った。


「しかしよく、俺だと分かったな。お前と会っていた時と今では、姿をだいぶ変えている。声だけで気づくことはできないと思ったんだが」

「もちろん声はきっかけに過ぎなかったよ。でも、あんたがフォンなんじゃないかって疑った時、ある仮説を立てたら全ての疑問が解決したんだ。正直自分でもとんでもない考えだと思ったんだけど、でも、色々な可能性を考慮しても、こうとしか考えられなかった」

「ほう、どんな考えなんだよ、サン。聞いてやる」

「あんたは、鳥の獣人でもライオンの獣人でもない。幻獣図鑑28ページ、空と陸の王の体を持つ生物、『グリフォン』。あんたはその獣人なんだろ?」


 サンは、フォンの視線を真っ直ぐに見つめ返して、そう言葉を放つ。


 するとフォンは、表情を崩し、にこやかに笑いながら言った。


「なるほど、幻獣図鑑か。勤勉なファルなら持ってそうだな。いかにも。俺はグリフォンの獣人だ。上半身には鷲の因子、下半身には獅子の因子が入っていて、その因子をコントロールすれば、鷲の姿にも獅子の姿にもなれる。やたら力が強いのもグリフォンの特性だ」

「全く、通りで馬の肉が好きなわけだよ。なんでそんなマイナーな肉が好きなんだろうとは思ってたんだ」

「はあ、そんなことまで書いてあるのか、幻獣図鑑は。一度ファルに借りて読んでみれば良かったな」


 あの日々と何も変わらない明るさを見せるフォン。サンは、そんなフォンを見て、拳を握りしめる。


 本当はこんなこと信じたくなかった。嘘だと言って欲しかった。


 しかし、今回の計画の首謀者がフォンだというのなら全てに筋が通る。ファルと旅したこともあるフォンなら、先生のスケジュールをそれとなく聞き出すことも可能だ。また、サンがいないタイミングでフォレスを襲わせたのは、きっとサンの中に眠る力を恐れたからだろう。


 だからこそ、サンは、キリキリと音を立てて何かに締め付けられる胸を抑え、フォンに問う。


「なんでだよ!! なんでだ! フォン! なんであんたが、こんなことをしてるんだよ!! なんで!」

「なんで、か……」

フォンはぼーっと上空を見つめる。そしてサンに視線を戻し、いつもの優しい声を放つ。

「守るためだよ。大好きな奴らを守るためだ」

「そのためには、他のやつらがどうなったっていいのかよ!」

「ああ。俺には全てを犠牲にしても惜しくないくらい、大切な奴らがいる。そのために俺は戦うんだ。だからな、サン――」


 フォンは、切り株から立ち上がり、サンの方にスアロを投げる。人質などいらない。実力で勝負しよう。彼は、そう言いたいのだろう。


 そして彼は、ゆっくりと例のロングソードを構えて、サンに向かって声を放つ。


「お前も俺から、自分の大切なものを守りきってみせろ! いくぞ! サン!」

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