第7話 全部ウマくいってたらいいのに
ガタガタと体を揺らしながら、サンは遠くを見つめる。
目の前の馬は呑気にとぼとぼ歩き、飛行場までの道を辿っている。
明らかに、不服そうに自分の馬を眺めているサンに対し、ハチは言った。
「ごめんなぁ、サン。うちの馬ももう歳でなぁ。なかなかスピードが出ねぇんだ」
「大丈夫だよハチさん。こんな遅くに、馬を出してくれるだけで、本当に感謝してる。これでも、自分で歩くよりは速いんだし」
今サンは、あの戦いの後、ハイエナを縛ってケイおばさんのところへ預け、ハチさんの馬車に乗って、パーツ商人たちを追いかけている。
捕らえたハイエナに聞いたところ、商人たちは、この近くの宿場町で夜を明かしたあと、始発の飛行船に乗ってグランディアに向かう予定だったらしい。
確かに、これほど日が落ちてしまっては、飛行船が出港することはできない。だから二人を助け出すタイムリミットはその飛行船が出発するまでということになるだろう。
『どうせ、お前も捕まえる予定だったから、仲間の場所ぐらい教えてやるよ。標的が自分から近づいてくれるならこんなにありがたいことはない。たかだか運で俺に勝てたところで俺らのボスには勝てないさ。あの人は最強だ』
負けたのにも関わらず、傲慢な態度でそう語るハイエナのことを思い出す。
また、ケイおばさんの話では、他にフォレスを襲ってきた獣人は二人。さらにそこにはボスはいないということである。つまり、自分があと相手をしなければいけないのは最高で3人。しかもボスはハイエナよりも遥かに強いと聞く。少しでも気を抜くわけにはいかない。
サンは、強く気持ちを引き締めた。
「いやぁ、だが驚いた。まさか、フォレスがそんなことになっているとはなぁ。くそ、俺がもう少し若ければ、そんな獣人なんて蹴散らしてやったのに」
「大丈夫だよ。本当に歩かなくていいだけで感謝してる。まあ、できればこいつがもう少し早く歩いてくれるに越したことないんだけど」
「……ヒヒン?」
「……頼むから前は向いて歩いてくれよ」
振り向き、自分のことですか、とでも言いたげな顔で振り向いてくる。サンはそれを冷たい目で見つめる。腹の立つ顔だなぁ、サンは馬の顔を見つめながら、内心でそう呟く。
ハイエナから、商人たちが馬車で宿場町に移動していると聞いた時、サンは焦った。ここから宿場町まで歩けば最低でも3時間はかかる。そんな距離をなんの乗り物もなく追いかけていけば、きっと商人たちと戦う元気はない。
そのためサンは近くの商店街へと駆け出した。いつも商店街にいる獣人たちは、飛行場から馬車を使って商品を仕入れている。だからきっと、今のサンのために馬車を出してくれる獣人もいるのでないかと考えたのだ。
そしてその時真っ先に手を挙げてくれたのがハチさんだった。まあ、まさか、こんな馬が引いてくれることになるとは思わなかったが。
「しかしまさか、その商人の一人をサンが倒しちまうとはなぁ。スアロたちが捕まったことにも驚いたけど、俺はそれが一番驚いたよ。あの落ちこぼれがそんな立派なこと成し遂げるなんてな」
「落ちこぼれとは失礼だな。訓練の成果だよ」
とはいえ、自分がやったことに一番驚いているのは、サン自身だった。一つ目の封印を自分で解いた。サンの母親は彼に対して確かにそう言った。
その封印がどんなものだったかはわからない。ただ確かなことは二つある。一つ目は体の動きが明らかに良くなっていたこと。そしてもう一つは、自分が炎を扱えるようになったと言うことだ。
これについて一つ考えられるのは、自分の獣人としての力が解放されたということだ。それなら、獣の力を駆使できるため、自分の身体能力が向上した点については説明がつく。
しかし、分からないのはなぜ自分が自由に炎を出せるようになったか、ということだ。炎を操る獣なんて、普通の図鑑には載っていなかったような気がする。一体自分にはなんの獣の力が眠っていたのか。
そして、理解が追いつかないことはもう一つある。それはこのペンダントだ。
サンの微かに残っていた記憶によると、これは『サンライズ』と唱えれば刀に変わり、『サンセット』と唱えればペンダントに戻る。なぜそんな物の大きさを無視した柔軟な変化が可能なのだろうか。
それにハイエナを倒した時に覚えた違和感だが、普通突きを繰り出しても、後方に人が飛ぶようなことにはならない。どうやらこの刀には刃がないらしいが、それでも鋭利な物を突き刺せば、相手に貫通するのが物の摂理だ。
しかし、そうはならなかった。それはまるでこの刀自体が、命を奪うことを拒絶しているようだった。もちろんサンも相手を殺すつもりはなかったので、結果的にはこの刀に助けられたことになるのだが。
「なんだよ。サン、難しそうな顔してんな。焦ったって早く着くわけじゃねえんだ。とにかくお前はリラックスしてろよ」
「ああ、ありがとう、ハチさん。お言葉に甘えてとりあえず街に着くまでは休ませてもらうよ。あーあ、ここで目を開けたらクラウもスアロも実は攫われてなくて、全部ウマくいってたらいいのに」
「ヒヒン?」
「……お前のことは呼んでないよ。頼むから前見てくれ」
やっぱりこの馬だけは、全部終わったあと、馬刺しにして食ってやろうかな。確かフォンの好きな肉も馬だったはずだ。
――過去――
「フォンにはさ。家族っていないの?」
「なんだ、サン? 藪から棒に」
「いや、なんか気になってさ」
そんな話をしたのは、サンがフォンのところに通うようになって1ヶ月もしなかった頃だ。その一か月の間で、二人はすっかり打ち解け、今や、ハチの肉屋のコロッケを二人で頬張る仲になっている。
サクサクと音を立ててコロッケを頬張るフォン。そんな彼は、何食わぬ顔で、サンの質問に答えを告げる。
「別にいないぞ? 俺もお前と同じ孤児だよ」
「そうなの? てっきり息子か弟かはいるのかと思ってた」
「なんでだよ」
「なんでだろ。なんかフォンが面倒見いいからかな」
サンもフォンに買ってもらったコロッケを頬張りながら、彼にそう答える。それはお世辞でもなんでもなく本心だった。実際フォンは、サンがこんなに彼の元を通い詰めて、母の話を聞いても嫌な顔ひとつしないし、それどころかこうしてコロッケまで買ってくれる。
「なんだそれ。ファルの野郎だって面倒見はいいだろ?」
「まあ、ファル先生も優しいし面倒見がいいんだけど、なんか違うんだよな。ファルはさ、やっぱり俺たちにいろいろなことを教えなきゃいけない立場だからさ、結構父親的な厳しさがあるんだ。でもフォンはなんかそういう厳しさがない。だから、お父さんていうよりお兄ちゃんって感じなのかな。まあ俺とフォンくらい歳離れてたら、もうおじさんと甥って感じだけど」
「はあぁ、よく見てるんだな」
「そんなことないよ。でも、フォンにはいないんだね。家族」
そんな話をしているうちにサンのコロッケがなくなる。相変わらずあそこの肉屋は店主の態度は不躾だが、コロッケはうまい。できることならもっと食べたかった。
「食うか」
するとそんなサンを見て、フォンは手に持っていたコロッケを渡す。
「いいの?」
「ああ、もう30手前だから、揚げ物はきついや」
「そっか。だから一番好きな肉もウマなんだ。あんま油ないもんね」
「そうかもな」
フォンからコロッケを受け取り、頬張るサン。そんなサンにフォンは、目を細めながら言葉を発する。
「家族かぁ、ちょっと違うかもしれねぇが、それに近いやつらはいるなぁ」
「そうなんだ。どんな人なの?」
「まあ色々と縁があって出会った奴らだよ。よく俺のことを慕ってくれるんだ。今は、離れているけど、一仕事終わったら一緒に暮らすことになってる」
「そっか、会ってみたいなぁ。フォンの大切な人たちにも。きっといい人たちなんだろうなぁ」
「……ああ、そうだな。いい奴らだよ。本当に」
フォンは、どこか遠くを見つめながら、ゆっくりとその言葉を口にした。
きっとその大切な誰かに今思いを馳せているのだろう。フォンの大切な人たち。一体どんな獣人なのだろうか。是非会って仲良くなってみたいな。サンもまた、フォンと同じ方向を見ながら、そんなことを考えるのだった。
――現在――
「じゃあ俺は出てるから、お前らはここで見張ってろ。いいか、絶対に逃すんじゃないぞ」
箱の外から、例の男の声がする。どうやら、牛車での話の通り、サンの元へ向かうらしい。
「わかったよ〜ボス! こっちは任せて」
元気よく返事をしたのは、おそらくあのブタの獣人だろう。戸が閉まる音が聞こえて、箱に入れられたスアロたちに屋内の明かりが差し込む。
「おい出ろよ〜お前ら」
「いってえな。もっと丁寧に出してくれよ。こっちは女もいるんだぞ」
「うるせえな~散々オイラを木刀で殴りやがって〜商売目的じゃなかったら今ボコボコにしてるんだからな〜」
「なんだよ! そんなのお前が弱いのが悪いんだろ! バーカ」
「なんだと〜? まぐれで勝ったからって調子に乗るなよ~」
「おい、ピグル。その辺でやめとけ。あまり商品と無駄な会話をするなってボスにも言われてるだろ」
「わかったよ〜。じゃあ、お前ら〜この部屋で大人しくしてろよ」
ヤマアラシが落ち着いた様子でブタの獣人を諌める。そして、二人はスアロとクラウを置いて、この部屋から出て行った。
ちなみに現在の状況を説明すると、ここは民宿の一室だ。スアロたちは大きな箱に入れられ、牛車からここまで運ばれてきた。宿の主人は中身を怪しんでいた様子だったが、商人たちが、刃物をチラつかせたために、箱の中を確認することはしなかったのだろう。
「大丈夫か? クラウ? どこか痛んでないか?」
「私は大丈夫。それよりもどうしよう、スアロ。あの強そうな人、サンのところに行っちゃった」
――全く、クラウは本当に口を開けばサンの心配ばかりだな。
こんな状況なのに、変わらないクラウの様子に、スアロはなんだか面白くなる。全く、どうして眼前の女は、自分の命が危ない状況なのに、あいつの心配ばかりしてるのか。
「落ち着けよ、クラウ。確かにサンは心配だけど、俺らのやることは変わらないだろう? とにかく、ここを早く抜け出して、ボスより先にサンと合流! まあなんとかなるさ」
「そうだよね。ありがと。でもどうやって抜け出そうか」
「そうだなぁ」
スアロは簡単に今の状況を整理する。確か牛車にてボスが説明した見張りの手順を盗み聞きしたところ、今は確か、外に1名と中に1名。そして、中の1名が定期的にこの中を見張るという手順だったはず。
また、スアロとクラウの手足は縄で縛られている。そして屋内には、ここが物置なのか、農具などの様々な道具がある。ちなみに、スアロとクラウの木刀もそこに放り投げられている。
まず、手足の縄をどうにかしないと。そう思っていると、クラウが提案してきた。
「ねえ、スアロ。あそこにある鎌で私たちの縄ぐらいなら切れないかな」
クラウは、顎でこの部屋にある、おそらく稲刈り用であろう長い鎌を指し示す。
「あー行けるかも。でも時間かかりそうだなあ。でもやらないよりはましか」
スアロは、なんとか身を捩り、その鎌の近くへと移動する。そして、器用に口で鎌を掴み、クラウのところへ移動させる。
「ごめんな、先にクラウの縄切ってくれないか。どうもやっぱ体を捩るのは、まだハイエナ野郎にやられた傷が痛む」
「あ、わかった、そうだよね。じゃあやってみるね!」
「おう、頼んだ」
そう言ってスアロは扉前に移動し、中の部屋へ聞き耳を立てる。
部屋の中では、シャリシャリと何か武器を手入れするような音が聞こえる。ブタの獣人は確か刃物のような武器は持っていなかったはず。とすると、中にいるのは、おそらくヤマアラシの獣人だろう。もしブタの獣人だったならもっと楽に脱出できたろうに。スアロは心の中で舌打ちする。
「できたよ! スアロ!」
「よっしゃぁ、じゃあ、俺のも頼む!」
クラウは、そのまま鎌を持ち、スアロの手足の縄を切りにかかる。スアロは、縄を切られながらも、隣の部屋の音へ耳をすませる。
「足終わったよ、スアロ。次は、手に行くね!」
「ああ、任せる」
すると、スアロの耳に『そろそろ見てみるか』と呟く獣人の声が聞こえた。まずい、もうすぐこの部屋に入ってくる。
クラウは、その呟きには気づいていない。しかし、彼女は彼女なりに、必死に鎌の刃でスアロの手首の縄を切っている。
すりすりと縄を切る音、そしてこちらの部屋にヤマアラシが近づいてくる音、スアロの耳で二つの音が重なる。
ドンと、扉を開く。するとヤマアラシは二人の様子に気づき、声を張り上げた。
「何してる! おいそこのカラス! やめろ!」
大きな針のようなものを力強くクラウに振り下ろすヤマアラシ。スアロは、自由になった両手で咄嗟に長い鎌を掴み、彼の針を鎌の柄の部分で受け止める。
ガキンッ。雷鳴のような音ともに、鎌の柄の一部が、部屋の奥へと飛んでいく。真上に弾かれた針を再び振り下ろすヤマアラシ。スアロは、体を捻って折れた鎌を両手で持ち、その獣人の針をその鎌の柄で受け止める。
「中々力あんじゃん。ひょっとして、お前も結構強いの?」
「まあ、ひ弱な鳥人どもよりはあるぞ」
「おいおい、辛いこと言ってくれるじゃねえか。意外とコンプレックスなんだぞ。それ」
スアロは、針を大きく上に弾き飛ばし、その勢いのまま立ち上がる。そして、ヤマアラシの針に対し、長い鎌の柄を斜めに振りかざし、鍔迫り合いのような姿勢をとる。
「クラウ! お前は先に木刀持って逃げてろ! 外のブタ野郎なんて、クラウなら余裕だろ?」
「え? でもスアロは?」
「馬鹿だなぁ、後から行くに決まってるだろ! とっととこいつ片付けて追いつくから早く行け!」
「わかった」
そうしてクラウは、ヤマアラシから距離を取り、自分の木刀を持って出口から逃げ出す。
ビリビリと痺れる両手。体中にグランディアの獣人のパワーを感じながらも、スアロは努めて余裕ぶり、ヤマアラシに向かって言葉を放つ。
「なんだよ。獲物が逃げられたってのに、動じないんだな? ひょっとして動じる余裕もないのか」
「はっ、バカ言うな。お前こそ夜道に一人で女を歩かせるもんじゃないだろ。お前はあの女が簡単に逃げられると勘違いしているようだが、ピグルから逃げるのは容易じゃないぞ」
「おいおい勘違いしてるのはどっちだよ。俺は逃げるのが余裕なんて一言も言ってないぞ」
スアロは、また大きく切り払い、後ろに退く。そして、もはやただの棒切れとなった鎌を構えて、言葉を吐き出す。
「俺は、お前のとこのブタ野郎なんざ、クラウなら簡単に倒せるってつもりで言ったんだよ」
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