第6話 じゃあ今から大工目指すか
――過去――
「いや、マジで全然勝てねー!」
スアロは、自分の気持ちを全て吐き出して、サンにぶつける。
「どうしたんだよ、スアロ。そんなに騒いで」
「いや、だって聞いてくれよ! サン! ファル先生ってマジでどうなってるんだ? いつも洛陽とか日輪とか相手の動きありきの技を簡単に決めてくるし、おかげでまだ一本も取れてない! あの人の目どうなってんの?」
ファルは捲し立てるようにサンに問い掛ける。これは、サンたちが、陽天流を学んでしばらく経った頃、スアロがファルに一本でも取りたいと張り切っていた頃の話だ。
「そもそも、あの先生に一本取ろうとすること自体すごいけどな。俺はそこまでの実力に達せてないし」
「結局取れてないんだから、変わんないよ。あーファル先生の目が一体全体どうなってるのか見てみたい」
大きくため息をつくスアロ。そんなスアロにサンは不思議そうに告げる。
「もしかして、スアロってファル先生の部屋に置いてある図鑑見たことないの?」
「図鑑? なんだよそれ。そんなのあったのか?」
「あるよ。鳥図鑑。魚図鑑。爬虫類図鑑。中には幻獣図鑑とか変なのもあったけど、とにかく、この世の動物のことについていっぱい書かれてる」
「それがファル先生に一本取ることとどう関係してくるんだよ?」
「ファル先生はハヤブサの獣人だ。そしてハヤブサは鳥類の中でトップクラスの素早さを持つ。そして、その速さ故に動体視力もトップクラスだ。素早い動きと、圧倒的視力。それがファル先生の強さを裏付けているものだよ」
そんなことまで書いてあったのか。スアロはサンに感心する。ファル先生の部屋にやたら本が並んでいるのは知っていた。ただ字ばっかりだったので、スアロにはどうしても読む気になれなかった。
「はぁ、サンって勉強熱心なんだな。どれくらい読んだんだ。あの大量の本」
「もう、全部読んだ」
「全部!? 結構量なかったか?」
「いや、結構勉強になるものばっかりだったんだよなぁ。いつかさ、シーラとかグランディアの獣人とも戦うかもしれないし、そのために」
「嘘だろ? 俺には無理だわ。なんで、サンってさ……そのー……中々結果出せないのに、そこまで頑張れるんだ?」
「手厳しいこと言うなぁ。でもそうだなぁ。後悔したくないんだよな。もし、自分が戦わなきゃ誰かを失うってなった時、やれることがあった状態で負けたら、きっと死んでも死にきれない。だから、今日強くなるためにできることは全部やりたい」
――すげえなぁ。サンは。
スアロは飲み込みが早く、最初から剣の才能はあった。そのためファルの指導だけでここまで強くなれた。つまり、彼は誰かに誇れるような努力を別段したわけではなかった。
しかし、サンは違う。彼は今まで出会った誰よりも努力を重ね、強くなろうともがいている。たとえ中々それが結果に結びつかなくとも。
最後に強くなるのはこういうやつなのだろう。スアロは思う。本当に強くなるやつは、どんな状況に置かれても、高い志を持ち続け、努力をやめないのだ。そういう面でサンはきっと誰よりも素晴らしい『才能』を持っている。
「俺もお前に負けないようにしないとな」
「何言ってんだよ。スアロ。俺がお前に勝ったことはないだろ」
「ははっ。こっちの話だよ。じゃあさ。ツバメはどんな特徴持ってるんだよ」
「ああ、ツバメも強みもスピードだよ。ツバメは外敵から時速200キロで逃げるんだって。まあハヤブサは300キロ出るらしいけど」
「負けてんのかよ。他に特徴ないのか?」
「あとは、そうだな、他にもあるかもだけど、俺が知ってるのは……その……唾液で土とかを固めて巣を作れるらしい」
「なんだよそれ。じゃあ今から大工目指すか」
そこで、スアロとサンは同じタイミングで笑った。ちなみに二人は決して血は繋がっていない。ただ偶然巡り合い、同じ施設に預けられただけの孤児たち。だが、彼らは、この瞬間、どの家庭のどの兄弟よりも、確かに彼らは家族だった。
――現在――
暗く、狭い箱のようなものに閉じ込められている。たまに大きな音を出して、激しく揺れる。おそらく馬車か何かの中にいるのだろう。スアロはそう思った。
「ねぇ、私たちどうなっちゃうのかな」
不安そうな小さな声で、クラウがスアロに尋ねた。彼は努めていつもの明るさを崩すことなく、クラウに伝える。
「大丈夫だよ。そのうち助けが来るさ。まあ気楽に待ってようぜ」
「……そうだよね。待ってる」
ちなみにこの言葉は決して強がりではなかった。本当にスアロは心の底からそう思っていた。
道場から帰ってからしばらくして、急にフォレスに現れたパーツ商人。
彼らは確かに手練れどもの集まりだった。
特にハイエナの男。彼は凄かった。実際に、スアロは商人の中の一人を撃退することはできたが、その後に戦ったハイエナは、他とは別格だった。
しかも、その彼でさえ、この商人たちの間では、ボスではない。つまり、あのハイエナよりも高い実力を持つものが一人はいると考えられるわけだ。そんな商人どもを倒して、自分たちを助けるのは、相当難しいと思われる。しかし、ファルがいない中でただ一人、それができる可能性のある男を、スアロは知っていた。
そこまで考えを巡らせた時、唐突に箱の揺れが収まった。
「あ、ボスだ~。こんにちは〜ボス~」
間の抜けた声が、馬車の外から聞こえる。おそらく、フォレスで遭遇したブタの獣人だろう。ちなみにスアロたちが遭遇したのパーツ商人は全部で3人。ハイエナとブタとヤマアラシの獣人だ。ヤマアラシとは手合わせしていないが、ブタの獣人には、スアロは対して苦労することなく勝利できた。
「ずいぶん手ひどくやられたな。標的は捕らえたのか?」
低く凄みのある声が、スアロたちのいる空間にも響き渡る。フォレスで遭遇した商人たちとは異なる声。間違えない。彼がきっとこのグループのボスだろう。
「うん、どうにかカラスとツバメの獣人は捕まえたよ〜。最後の一人も、いまイエナが待ち伏せてるから楽勝さ〜。結構苦労したけど、まあオイラにかかればこんなもんだよ〜」
そんなブタに対し、ヤマアラシが彼に対して言葉を放つ。
「何言ってんだ。お前は何もしてないだろ。しかし、変だな。本当ならもうイエナは、ボスと一緒に合流する手筈だけど……」
「確かにそういう手筈だったな。だが、一応何かあったら、伝書鳩が、伝えにくることになってるだろう。だから、大丈夫だとは思うが」
そこで商人の一味は再び車を走らせる。
「あいつらが言ってたイエナってハイエナの獣人だよね? あいつがサンを待ち構えてるの? どうしようスアロ。サン死んじゃうよ」
クラウは泣き出しそうになりながら、スアロにそう伝えた。正直スアロも、あの3人の中でハイエナが見張ることに対して驚きを覚えていた。自分も歯が立たなかったあのハイエナにサンが勝てるはずがない。
――でもそれは今のままのサンならだ。
「大丈夫だよ。クラウ。きっと大丈夫」
「でも、もし、サンが死んじゃったら私……」
「あいつはさ。きっと誰かを守るためならいくらでも強くなれるやつだよ。サンがさ、俺らが捕まってるのに何もできず負けるわけない」
スアロは知っている。サンの寝坊が多いわけを。彼は、いつもみんなが寝静まってから夜遅くまで、型の練習や、体力づくりをしている。それも毎日欠かさずだ。
だからスアロは、いつか彼が必ず強くなると思っていた。そう遠くないうちに気付かぬうちに自分を追い抜き、全部守れるくらいの実力を彼は身に着けると。
その時、再び乗り物が止まった。微かにパタパタと鳥の羽音が聞こえる。伝書鳩が来たのだ。
「ボス、伝書鳩が来たよ。なにか書いてある?」
「急かすなよ。今中身を見る。……いや、なにも足に括り付けられてないな。ということは――」
ボスとやらが次にいうべき言葉を、ヤマアラシの声が引き継ぐ。
「ということは、これはイエナが負けたサインだ」
「イエナがやられた〜!? 嘘でしょ? どんだけ強いんだよ〜そのサンって男〜」
「通りで合流が遅いわけだ。でも、連絡が来るということは、こっそりと鳩にサインを送れるほどの余裕はあると。どうするボス? 俺が様子を見に行ってこようか?」
動揺を隠せない二人の獣人。しかし、ボスと呼ばれる男は冷静さを崩すことなく、そんな二人に告げる。
「まあ落ち着け。お前らが行ってもイエナの二の舞になるだけだろう。俺たちはもう夜も更けているしどうせ次の街で宿を取る。その時に標的は、どうせこの先の宿場町を通るんだ。そこでやつを待ち伏せる」
「なるほど〜3人で叩くわけだね〜! さっすがボス〜頭いい!」
「いや、俺一人が残る。そっちの方が戦いやすいからな。お前らは、体を休め、飛行場の始発の便になったら、急いで乗り込め」
「まあ、確かに俺たちがいっても邪魔なだけか。だったら、先にこいつらをさらっていったほうがいいと。じゃあボス、任せるよ」
「ああ、だから早く宿まで行きたいが、この牛車遅いな。これなら俺が引いた方が早いぞ」
「ボスがわざわざ馬じゃなくて牛に引かせるから遅いんでしょ〜? 絶対馬の方が早いもん」
「しょうがねえだろ。俺は、あいつらの間抜けな顔が嫌いなんだから」
そんな言葉が飛び交う中で、再び牛車は走り出す。クラウは、まるで自分が助かったようにはしゃいで、スアロに言う。
「ねえねえ聞いた? スアロ! サン、勝ったんだって! じゃあケイおばさんもきっと無事だね!」
「声が大きいよ。な? だから大丈夫だって言ったろ」
とはいえ、商人が一人減っただけで状況はさほど好転していない。
サンには、ハイエナよりも強いであろうボスが襲いかかってくるし、自分たちもぼーっとしていたら、飛行船に乗せられてしまう。
一番の理想は、サンがこのボスと戦う前に自分たちがここから逃げ出し、サンと合流することだ。そうすれば自分たちはここから逃げ出すことができ、サンもこれ以上傷つかなくてすむ。
――さて、そろそろ俺も真面目に考えなきゃならないな。
サンが勝ったことで浮かれきっているクラウを眺めながら、スアロはこれからどうすればいいのか、必死で考えを巡らせていた。
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