第8話 あなたを倒すね
「おい、待てぇ〜。待てぇ〜〜。真っ黒カラスがー」
――待つわけないでしょ。それにカラスはだいたい黒いでしょうに。
クラウは、目一杯羽を広げて、低空飛行する。カラスの羽は、鷹などの猛禽類と比べると翼の面積が広い。そのため、羽ばたくと言うよりは、滑空するのような飛び方の方が優れている。そのためクラウも無意識のうちに、自分が早く逃げられる最善の飛び方で飛んでいる。
宿を出てから、クラウはすぐに、このブタの獣人に見つかった。するとブタは、慌てて持っていた発煙筒のようなものを置き、そしてクラウを追いかけ始めた。
おそらく、ボスへのなんらかの信号を送ったのだろう。とすると、もしかしたら、またそのボスとやらが戻ってくるのかもしれない。そうなる前になんとか、この獣人を撒かなければ。
「待て〜。待てよ〜。ふわふわ飛んでずるいぞー」
――でも思ったよりもずっと早いな。どうしよう。
クラウは、内心で戸惑いを隠せないでいた。正直、スアロに逃がされた時クラウは、すぐにこの獣人から逃げてサンに合流できると思っていた。なぜならフォレスで彼らに出会った際、このブタの獣人のふくよかな体型を見ていたからだ。しかし、彼は、目まぐるしいスピードでその速度を落とす気配もなく自分を追いかけてくる。
『いや、太っている人ををブタっていう風潮あるけどさ。意外と野生のブタの体脂肪率って10パーセントもないらしいよ。それに走るのもめちゃくちゃ早いらしいし』
ふと、クラウはサンがそんなことを言っていたのを思い出す。なるほど、確かに彼にから逃げるのは難しい。ヤマアラシもわざわざ自分のことを追いかけなかったわけだ。クラウは、簡単に逃がしてくれたあの獣人の行動に深く納得する。
――さて、どうしようかなぁ。
「も〜そんなに、降りてこないなら撃ち落としちゃうぞ。それ!」
クラウの後方からそんな声が聞こえてきたのも束の間、クラウの羽を、硬い物体が掠める。
――え? なに?
慌てて、ブタの獣人の方を確認するクラウ。すると、彼は、今まさに手に大きな石を持ってこちらに投げようとしているところだった。
「もういっちょ行くぞ〜。それ!」
獣人の言葉とともに、とてつもない速さで飛んでくる石。クラウは振り向き、飛行物を視認して、必死で身を捩ることでそれをかわす。
――はやっ。すごい力! あんなの当たったらひとたまりもない。
背筋に悪寒が走るクラウ。夜の暗闇だと言うのに、よくもここまではっきりと自分の場所に正確に石を投げられるものだ。そこでクラウはサンがブタの嗅覚の鋭さについても語っていたことを思い出す。もしかして、匂いだけで、自分の大体の場所をあの獣人は把握していると言うのだろうか。
クラウのような鳥人族は、基本的に他の種よりも非常に目の性能が良いため、夜でも物が見えなくなるということはない。だが、だからといって後ろにまで目がついているわけではないので、トップスピードで飛行しながら、相手のとてつもない速さの飛行物を避け続けるのは難しいだろう。
――これじゃあしょうがないか。本当は嫌なんだけどな。
クラウは、観念したようにゆっくりと地面に降り立ち、ブタの獣人の方に体を向ける。
そんなクラウに追いつくと、ブタの獣人は、少しだけ息を切らせながら彼女に声をかける。
「はぁはぁ。やっと観念したかぁ〜。じゃあ宿に帰るぞ〜」
「あなたすごいんだね。全然逃げられそうになかった。ブタって、案外素早いんだね」
「そうだろ〜。まあ俺だって狩人の端くれで、ボスに鍛えられたからな〜。絶対に俺からは逃げられないぞ〜」
「うん、本当に逃げられなそう。だから私、あまり人を傷つけるのは嫌なんだけど……」
そう言いながら、クラウは腰に携えておいた木刀を構える。
「あなたを倒すね。私、早くサンのところに行かなきゃいけないの」
「この辺で大丈夫。ありがとう。ハチさん」
「おう! 頑張ってみんなのこと助けてこいよ! 応援してるからな」
「うん、必ずスアロとクラウと一緒に戻ってくる」
そう言って、ハチさんとその馬を見届けると、サンは、街の人に聞き込みを始めた。ケイおばさんから、商人たちが、ブタとヤマアラシの獣人だったことは聞いている。グランディアの獣人がこのスカイルで、獣人二人という大荷物を抱えていたら、目立たないことはないだろう。
サンは、夜遅く人通りが少ない中で、通る獣人に片っ端から声をかけていった。
「あー、ブタとヤマアラシ見た気がするなぁ。怖い顔してたから印象に残ってる」
「ほんとですか? どこにいったかわかります?」
そう反応してくれたのは、フクロウの獣人だった。
「んーどこだっけなー、うーん」
彼はキョロキョロと周りを見渡しながら、記憶を思い返していた。フクロウの獣人である彼は周囲を見渡す際、首を平然と真後ろまで回しながら行うので、サンは少しだけそれに感動を覚える。
「多分あっちだったよ」
フクロウは、首を真後ろに回したままサンにそう声をかけた。多分、顎か何かで場所を示してくれているのだろうが、角度的に後頭部に妨げられて、サンには見えていない。とはいえ、それは指摘するほどのことでもないと思ったので、サンはフクロウに言葉をかける。
「……あ、ありがとうございます。後それと、もう一人獣人がいませんでしたか?」
「あーいたよ。大きくて立派な翼を持った獣人だった。かっこよかったなぁ。あんな翼僕も欲しいなぁ」
「大きな翼……ありがとうございます」
サンはフクロウに頭を下げ彼が指し示す方向へ走った。
――大きな翼か。
実はサンは、今回の騒動の主犯である『ボス』に対してある疑惑を抱いていた。
それは、そのボスがスカイルの獣人なのではないかということだ。
犯人グループはわざわざファルがいないタイミングでフォレスを襲うことができた。おそらく彼がいたらあの程度の実力の敵は一瞬で蹴散らせるだろう。だからこそ、これは計画された犯行だと考えることができる。
ならどうしてファルの予定を把握することができたのか。これに対して実は先生が尾行されていたという線は可能性から排除される。
なぜならファルはハヤブサの獣人だ。そのためにおそろしい視野と視力を兼ね備えている。まして注意深さすら併せ持つファルに対して、彼を視認できる距離で、ファル先生の動向を観察するのは不可能だろう。それにファルが気づかないはずがない。
すると必然的にある可能性が浮かび上がる。それは犯人がファルのスケジュールを聞き出せる関係にある可能性だ。それならば尾行せずともファルがスカイルを出るタイミングを知ることは可能である。
とすると、ファルはあまり頻繁に島の外に出るタイプではないので、疑わしいのは、このスカイルでファルと仲良くしていた誰かということになる。
――誰だ? 大きな翼となると、商店街のハットさんやシズメさんは違うだろうし。
――とすると猛禽類か? でもクラウみたく猛禽類じゃなくても翼が大きい鳥人はいる。
そこまで考えた時、サンは走っていた足を止めた。もちろんそれは決して疲れたからでも、一度考えを整理したかったわけでもない。
目の前の高い建物の上にまさに大きな翼を持った獣人がいたからだ。
夜の闇に隠れて翼の色を識別することはできない。しかし、それでもその獣人が何らかの大きな嘴がある仮面をつけていることはうかがえた。やはり周りに正体を知られたくはない何者かなんだろう。
――多分、いや絶対に。強いな。あいつ。
サンは、内心でそう呟く。目の前の獣人は先ほど戦ったハイエナとはまるで違う雰囲気を纏っていた。幾多もの獲物を刈りとってきた歴戦のハンター。彼からは、そんなオーラが発せられている。
「サン、ライズ」
サンはペンダントを刀に変え、戦う準備を整える。ゆっくりとこちらを見下ろす翼の獣人からは、あふれんばかりの闘気が感じられる。ここでやる気だ。
翼の獣人も、サンが武器を出したのを確認すると自らも大きな剣を抜いた。その剣に鍔はない。ただ巨大なブレイドにグリップがついただけの巨大な剣。翼の獣人は、その大剣を真っ直ぐに持つと、こちらを目掛けて凄まじい勢いで落下してきた。
――刀で受けるか? いやこの力は、絶対受けられない!!
気配だけでもわかる凄まじいパワーに、サンは受け流すことは無理と判断。大きく後ろに下がることで、その剣から避難する。
――ズガダァァァン。
凄まじい音で、サンの元いた場所が吹っ飛び土煙をあげる。仮面の中から鋭い眼光が、サンのことをじっと見据える。今のは挨拶だ。次は当てる。仮面の向こうの獣人はきっとそんなことを言いたいのだろう。
サンは、目の前の獣人に気を配りながらも、自分が元いた地面をチラと見る。地面が大きく抉れている。あの巨大な剣で斬りつけられたら自分もああなるのだろう。
もちろん恐怖はあった。しかし、それ以前にサンの頭は戸惑いの感情が支配していた。
だって考えられないのだ。普通ファルやクラウ、スアロのようなスカイルの獣人は、空を飛ぶために、体に筋肉や脂肪がつきにくい体質をしている。だからこそ、戦う時は、力が出しずらい代わりに自らのスピードやテクニックを活かすため、武器も比較的小さく軽いものが多い。
しかし、眼前の大きな翼を持つ獣人は、そのセオリーを無視し、巨大で重厚な大剣を扱っている。しかも軽々とだ。そんなこと鳥の獣人の筋肉量では、ほぼ不可能なはずなのに。
「――シッッッ」
翼の獣人は再び武器を高々と掲げ、サンに斬りかかる。
想像を遥かに上回るスピード。サンは、かわしきれないと判断し、咄嗟に相手の剣の軌道に合わせて陽天流二照型『洛陽』を放つ。
技は相手の剣を逸らすことはできたが、あまりのパワーに、サンの刀も弾き返される。
――クソッ。やっぱ力が足りない。
サンは歯を食いしばり、再び剣を構え直す。
『いいか、サン、スアロ、クラウ。力で全く勝てない相手に陽天流を用いて対抗する方法は基本的に二つある』
ふとそこで、ファルの言葉が頭をよぎる。そうだ、あの時先生はこんなことを言っていた。
『まず一つ目は、かわして、隙を突くこと。これは『日輪』などで実現が可能だな。力いっぱいに武器を振る相手の技の動きの終わりには必ず隙ができる。そしてもう一つは……』
――武器に力を入れる暇もないほどの素早い連撃を叩き込むこと。
サンは、刀を構え、息を大きく吸い込む。
今、彼がやろうとしているのは、ファルの言葉における後者の戦術。一息で四方八方から相手を何度も何度も斬りつける、陽天流の連続技。
沈まぬ太陽が、闇夜を永遠に照らすように――。
「陽天流五照型、白夜びゃくや!」
サンのおびただしい量の連撃が、翼の獣人を襲う。翼の獣人は、機動力のない剣で連撃を受け続けることに苦心している様子だったが、サンの肺から酸素がなくなるに従って弾く力が強くなっていく。
――まずい、受け切られる。
そう考えたサンは、連撃を途中で中断し、一度相手の間合いの外に移動しようとする。だが、そこで攻撃の手を彼が一瞬緩めた時、サンの脇腹に翼の獣人の大剣が直撃する。
「――ぐっ、がああっっ」
腹から血が吹き出し、勢いに耐えかねて真後ろにに吹っ飛ぶサン。地面に横たわる彼に対し、翼の獣人はその剣先を彼の体に突きつける。
――やばいな、これ。かわせるか?
――ズガンッ。
必死で転がり、なんとか相手の剣を避けるサン。地面を刺す音が彼の耳に響く。
翼の獣人は、再び剣を構えて、サンに向かって、今度こそ突き刺そうとする。
その時、翼の獣人が唐突に攻撃の手を止める。
「ん? あいつらになにかあったみたいだな?」
どうやら翼の獣人は空に浮かぶ何かに気付いたようだった。サンもその方向を向くが、暗くて何も見えない。鳥人の視力なら視認できる、狼煙のようなものでも上がっているのか。
「命拾いしたな。まあイエナとの戦いの後らしいから、今はこれくらいで見逃してやる。しかし、あれだな、お前、ずいぶん強くなったなぁ」
――え?
そんな言葉を言い残すと、翼の獣人は剣をしまい大空へと消えていった。
サンは戸惑う。聞き覚えのある声だった。間違うはずのない声だった。しかし、耳で聞いた情報と目で見た情報が一致しない。
そこで、サンの頭にとある可能性が浮かんだ。
――まさか、そんな。そんなことあるわけない。
だが彼が思案を巡らせている間にも、血液はドクドクと彼の体外へ溢れ出ていた。
――ああ、でもとりあえず止血しないと。
そして、そんなサンに一つの影が近づいていた。
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