幼馴染だからって恋人になれると思った?

松内 雪

幼馴染だからって恋人になれると思った?

「なぁユリ」

「なに? ケント」


「俺さ、告白しようと思うんだよね」

「うん? あー、そうなんだ。ようやくだね。頑張って」


 ドキッとした。胸が高鳴った。でも、相手は私じゃない。わかってる。


「バスケ部の先輩でさ、そろそろちゃんとしないといけないと思って」

「あっ、そう。へぇ……」


 わざわざ私に報告しなくても良いじゃない。知ってるよ。ケントが星野先輩を好きだってこと。

 

 ――ケントは知ってた? 私があなたを好きだってこと。

 なんて、知ってたらこんな相談してこないよね。


「それでさ、相談に乗ってほしいんだよ。どうすればいいと思う?」

「う~ん……」

 

 そんなの知らない。自分で考えれば? なんてことは言えない。 

 少しでも彼の役に立ちたかった。だから、とりあえず悩んだフリをした。


 幼馴染だからって甘えてた。

 ケントはずっと隣にいたから、これからも一緒にいるって、当たり前のように思ってた。だけど、違ったみたい。


 ……私に勇気があれば、違う未来があったのかな? 


 本当は嫌だ。こんな話聞きたくない。でも、仕方がない。我慢するしかない。


「……やっぱり、まっすぐ告白された方が嬉しいかな」

「まぁ、そうだよな。こんな相談、ユリにしかできなくってさ」


「……とはいっても、人によるだろうけどね。普通はそうだと思うよ」

「なるほど。ありがとう! 参考になったよ。助かった」


「いえいえ。じゃあ、私は帰るから」

「おう、また明日な」


 ……ケントのことだから、これから告白しに行ってくるんだろう。

 もし、あいつに彼女が出来たら、明日からどうやって接すればいいんだろ。


 今まで通り幼馴染として近づいていいのかな? それだと迷惑になっちゃうかな。


 あー、くだらない。なんでこんなこと考えないといけないの?

 わたしが何か悪いことしたかな? 私を好きになってくれたら良かったのに。

 

 いつも傍にいたじゃない。あなたことなら何でも知ってるよ?

 そんなにあの女がいいわけ? 私の何が駄目だって言うの? 


 こんなこと考えちゃうような子だからいけないのかな? なんで、なんで、なんで……。


 周りに目を向けたとき、辺りはいつの間にか暗くなっていた。

 私は一人ぼっちで家に帰った。



 翌日、朝早くから私は登校した。

 いつもより早く目が覚めてしまったから、少しだけ早く家を出た。


 隣の家に住んでいる彼に会わないように、という気持ちもあったかもしれない。自分の気持ちなのに分からない。


 校門を通り抜け下駄箱で上履きに履き替えた。それから教室に向かった。

 自分の席に座って周りを見渡す。まだ誰も来ていない。

 

 一人でいる時間はとても落ち着く。心が落ち着いて、安心できる。

 だけど、今日は違った。時間がやけに長く感じられた。


 時計を見るたびに針が進むのが遅く感じる。何もしていないはずなのに疲れを感じてしまう。


 それでも時間は進んでいく。朝のホームルームが始まる時刻が近づいてくる。

 

 教室の中は徐々に賑やかになっていく。先生はまだ来ていなかったから、クラスメートたちが次々に声をかけてくる。


 そんな中、いつもの調子で声をかけてきた男がいた。

 ――ケントだ。

 

 私はいつものように挨拶を返そうとした。だけど、ケントの顔を見た瞬間、涙が出そうになった。

 私は慌てて顔を背けた。そのまま机の上に突っ伏してしまった。


「お、おい!?」


 頭の上で彼が焦った様子の声が聞こえた。でも無視した。

 顔を見せられない。見せたくない。


「どうしたんだよ!? 大丈夫か?」

「……なんでもない。ただ眠たいだけだよ」


「そっか……ならいいんだけど。なんかあったら言えよ?」

「うん、ありがとね……」


 彼はそれ以上は何も聞いてこなかった。


 チャイムが鳴った。授業が始まる。だけど、まったく頭に入ってこなかった。

 結局、放課後まで彼とは話さなかった。昨日までは、何でも話せていたのに。


 下校の時間。帰り支度をしていた時、彼から声をかけてきた。どうやら話したいことがあるらしい。


 嬉しかった。だけど、すごく苦しかった。私だけが彼を避けている。

 

 彼もいつもと様子が違う。私のせいかもしれない。


 座って話をしたいと彼が言ったから、帰り道の途中にある公園で話をすることにした。昔からよく遊んでいた公園だ。


 昨日の今日のことだから、やっぱり告白について聞かないわけにはいかない。

 明日からはいつもの私で居たいから、ここで一区切りつけることにした。

 

 それにやっぱり幼馴染として、おめでとうって言ってあげたいし。


「……それで、昨日はどう、だったの?」

「あー実はさ、フラれちまったんだよね……」


「ふーん、そうなんだ……」


 …………ふーん、そうなんだ? そうなんだ……そうなんだっ! ざまあみろっ!

 って幼馴染の不幸を喜んだら、駄目だよね。そんなことは分かってるけど、仕方ないじゃん。


「俺さぁ、ずっと前から星野先輩のこと好きでさ。んで、勇気出して告白したんだ。そしたら……」

「断られたってこと?」


「そういうことだな……」

「それは、残念だったね」


 私は思ってもないことを言っている。我ながら、ひどい女だと思う。

 でも、私も苦しかったんだから、それぐらいは許してよ。


「まぁ、仕方ないよな。相手が悪すぎた」

「そう……なんだ。あはは、そうだね」


 ――チャンスだと思った。そして、良くないことを思いついた。


「ねぇ、ケント、星野先輩のどこが好きだったの?」

「そうだなぁ、性格も見た目も、上げたらキリがないな」


「へぇ~、意外だね。ケントってもっと胸が大きい人が好みなのかと思ってた」

「お前、失礼なこと言うなよ」


「あはは、ごめん、ごめん。……じゃあさ、私が、星野先輩になってあげようか」

「……はい?」


 私はおかしなことを口にしている。そんなことできるわけがない。

 でも、彼の一番になりたかった。だって、もしうまくいったら……。


「だからさ、試しに……さ、代わりに、私と……付き合って、みない? どう?」

「どう? と言われても……。お前一体何を考えてんだ?」

 

 私は今、とんでもないことを言っている。自分でもおかしいって思う。

 でも、抑えられなかった。私の口は勝手に動き続ける。


「何って、分からないかな。強いて言うなら、興味本位? 星野先輩はカッコいいし、私も見習わないとな~ってこと」


「……俺は別に構わねえけど。本当にやるのか?」


 ケントの隣にいられるんだ。どんな形だっていい。

 このチャンスは離したくない。


「うん、もちろん! よし、決まりだね。これからよろしく、ケント君」


 そうして、偽りの私とケントは付き合い始めた。

 初めての恋人ができた。夢にまで見た関係だ。


 私は自分の願いを叶えるために、彼の気持ちを踏みにじったと思う。

 でも、後悔したくなかった。だから先輩の名前だって使った。


 私は、彼をこれ以上傷つけない為に、言葉に責任を持つために行動した。


 伸ばしていた髪を短く切り揃えた。星野先輩と同じ髪型だ。口調も立ち振る舞いもできる限り真似をした。


 自分で自分が嫌になるときもあったけど、それ以上に嬉しかったから頑張った。

 

 ケントも私のことを大切にしてくれている。


 だけど、心のどこかで感じている罪悪感は拭えない。

 より彼を傷つけているのではないかと不安になるときがある。


 この関係がずっと続いてほしいとは思うけど、いつかはダメになってしまうんだろうなとも思う。考えたくなくても考えてしまう。だから私は必死で星野先輩を演じた。

 

 恋人になったからといって、何かが大きく変わったわけではなかった。

 今までのお出かけがデートって呼び方になったり、お互いの手が触れたとき、そのまま繋いだりすることが増えたぐらい。


 それが、私にとっては幸せな日々だった。


 だけど、そんな夢のような時間も長くは続かなかった。

 あるデートの最中、ついに彼は言った。


「なあ、そろそろもう、良いんじゃないか?」

「……なんのこと?」


 分かっていたけど、分かりたくなかった。

 けれども残酷に、彼は言う。


「この関係のことだよ」

「……私のこと、嫌いになった?」


 彼がこの関係を終わらせようとしていたことは、なんとなく感じていた。

 だから、心の準備は出来ていた。ついにこの時が来たんだなと思ったし、驚きはなかった。


 あなたが私のわがままに付き合ってくれていただけってこと、私にだって分かってる。


「違う。そういう意味じゃない。ただ、これ以上は……」


 彼は言葉を続けようとする。

 聞きたくない。でも、耳を塞ぐわけにはいかない。


「いい加減、星野先輩を演じるのをやめにしないか?」


 それは予想通りの言葉だった。この関係が間違っているなんてことは、お互いに分かってる。

 だけどそれは、私にとっては辛い言葉。


「……やっぱり、私じゃ代わりにならなかったかな。でも、もっと頑張るからもう少しだけ――」


 私が言い終わる前に彼は言った。


「無理してるお前を見てられないんだよ。星野先輩にならなくても、ユリはユリらしくでいいじゃないか」


 そんなの嫌だ。私は戻りたくない。ただの幼馴染には戻れない。

 この関係を続けたい。どうすればいいの。


「…………私はケントの隣にいたい」

 

 私がなんとか絞り出した言葉に、彼は笑っていった。


「それ、なんか告白みたいだな」


 なにそれ、……今ならケントのことちょっと嫌いになれそう。

 なんてね、そんなことあるわけないんだけど。


 もう後悔したくない。だから伝える。私の気持ち全部。


「私は好きだよ、ケントのこと。だから私を見てほしいの。あなたのことをずっと想ってる。星野先輩みたいにはなれなかったけど、こんな私だけど、一緒にいたらダメかな」


 言い終わる前に自然と涙が出てきてしまって、声もうまく出せなくて、ちゃんと言葉を伝えられたか分からないけど、全部伝えた。

 

 幼馴染だから――なんて、甘えてるだけだって分かったから。言葉にしないと伝わらないってことは、どうしようもないぐらいに分かったから。


 彼がなんて言ってこようが、これでいいんだ。


「……ごめんなユリ、今まで家族と同じぐらいの距離間だったから、俺も勘違いしてた。だから改めて考えさせてほしい。もう一度、次はユリとして一緒にいてほしい」


「……うん、嬉しい。一緒にいたい」


 なんか、随分と遠回りしちゃったけど、今までの全部が大切な思い出。

 いびつな関係を通じて、もっともっと好きになった。


 今までも、これからもずっと隣にいたい。先輩のことなんて忘れさせてやる。


「ケント、帰ろっか。私、先輩みたいにカッコよくいられないけどいい?」

「ユリはユリのままでいいって言ったろ」


 私たちは手を繋いで帰ることにした。見栄を張っていた自分はもういなかった。



「……ねえ、ケント、髪伸ばしていい?」

「俺は短い方が好きなんだけど……」


「私は長い方が好きなの」

「じゃあなんで、短くしたんだよ」


「短い方が、ケントの好みだって知ってたし……」

「だったらそのままでも良いじゃんか」


「分からないかなぁ、私を好きになって欲しいの」

「ユリのことは好きだけど、髪型は関係なくないか」


「やっぱり分かってない」

「どういうことだよ」


「言いたくない」

「言ってくれないと分からないだろ」


「分からなくていいことだってあるの」

「じゃあ、伸ばしていいかなんて聞くなよ」


「女心ってやつだよ、ケントに分かる訳なかったね」

「ユリが俺をバカにしてるってことは分かるぞ」


「あはは、バカだね」

「ほら、やっぱりバカにしてる」


「バカにはしてないよ」

「なんなんだよ、もう分かんねえよ」


「ずっとそうやって、私のことを考えていればいいの」

「なんか不公平じゃないか?」


「私はあなたのこと、ずっと考えてたよ」

「そんなことあるかよ」


「……バカ」

「ほんとだ、今のは本当にバカだと思ってるやつだ」


「…………」

「おい、痛いって、叩くなよ」




「ねえ、好きだよケント。ずっと好き」

「俺もユリが好きだよ」


 繋いでいるこの手が離れることは絶対にない。

 それだけは、私にもケントにも分かりきっていることだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幼馴染だからって恋人になれると思った? 松内 雪 @Yuki-Matsuuchi24

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ