今の日常
電車に揺られて50分。少し遠くもあるけれど学区内の高校に、私ー
「まーゆか」
「
渡り廊下からなんとなく中庭を見ていた私の肩をたたいて名前を呼んだのは、同じクラスの紗奈ちゃん。彼女の苗字は宮下で、最初の席が私の前だった。いつの間にか、お互いに名前を呼び合えるほど仲良くなれて、本当に良かったと思う。
「どうしたの?」
「うーん。なんでもないかな。ただぼーっとしてただけ」
紗奈ちゃんは気遣いができる子。特に目立つ子なわけじゃないはずだけど、クラスのことは大体知っている。私は噂とかに疎いので、彼女の話にいつも驚かされていた。
「どうしたの、紗奈ちゃんこそ。なんかまた噂聞いてきたの?」
「あー、うん…」
私が聞いた途端、彼女はなんとなく言いづらそうにした。けれど目はそらさない。彼女は、そういう子だ。
予想がつかないわけではなかったけど、 聞いてみたくもあった。何があったの? そう口を開きかけた瞬間、そばを一人の男子が通った。思わず目で追ってしまう。 立っているのは渡り廊下。休み時間なのだから人通りも多い。男子も女子も、さっきから大勢通っている。それなのに、その男子だけを認識してしまったのは。
「真由香?どうした…あ」
紗奈ちゃんも気づいたらしい。
はねた短い髪。健康そうに日焼けした肌。楽しそうな笑い声と、彼と歩く明るく気安げな男友達。
「相変わらずすごいね。
「…………」
何も言えなかった。だってきっと。
「さっき聞いてきたことはね」
きっと、彼に関することで。
「石倉くん、告白されたんだって」
隼の噂に、女の子が絡まないわけは基本なくて。黙ってしまった私を、紗奈ちゃんは心配そうに覗き込む。
「真由香、まだ好きなのね。あの幼馴染のこと」
石倉隼。小泉高校一年。サッカー部所属。かっこよくて明るくて優しくもある、女子からの人気がとても高い男子。そして。
ーしゅんくんっ!
『なんだー!まゆ!』
昔、私のことをまゆと呼んで。
『ぼくといっしょににげよう!』
連れ出すと、ふざけてでも言ってくれた、私の幼馴染であり。
私の、初恋でもある。
高校になってようやく3ヶ月。通学に使っているリュックを背負い、放課後の賑やかな教室から出る。
「真由香」
「紗奈ちゃん。今日は部活?」
紗奈ちゃんの部活は写真部。今年は人気だったらしく、部員が多いとかなんとか。
「そう。夏休みまでに学校内で2枚撮らないといけないから」
「2枚⁉︎た、大変だね…」
そもそも校内だけでそんなにさまざまな写真が撮れるのだろうか。自分だったらおそらく似通ったつまらない写真が撮れる。間違いない。だから、素直に写真を撮れるのはすごいと思っていた。
「真由香は?部活あるの?」
一方で私が所属するのはバドミントン部だ。今日は木曜日。週に二日しかない、私にとっては貴重な部活が休みの日である。それを伝え、また明日と紗奈ちゃんとはそこで別れた。駅まで歩き、行きと同じく1時間近くで電車は地元の駅へと着いた。テレビで見たり、時にはいとこに会うために行く都会となどもちろん、高校がある市に比べても、ここは田舎だ。そして田舎あるあるかつ嫌なところなのだが、電車を逃すと次は30分や、最悪1時間後になってしまう場合があるのだ。
駅からさらに少し歩くと、家に着く。ガシャンと音を立てて門を開けると、庭には草むしりをするお母さんがいた。
「ああ、おかえり。いやー、少し庭の草が気になってね。晩御飯は1時間後くらいになるかな。今日はから揚げだよ」
密かに心の中で『やった‼︎』と思いながら、足取りを少し軽くして家のドアを開ける。
「ただいまー」
「んぉ。おかへり」
なんだか間抜けな声だなと思う。リビングのソファーには、いつもと変わらず2つ下の弟が座っていた。口にキャンディーを加えている。
(それであんな間抜けな声だったのか…)
手元を覗き込むと、ゲーム機を持っていた。その画面に写っているのは…
「あー!そのゲーム!やるの楽しみにしてたのに!」
弟の真由都がプレイしていたのは、最近買ってもらった脱出ホラーゲームだ。2人でやりたいと言って買って貰ったというのに、こいつ…!
「別にいーじゃん。日曜部活ないんだろ?その日に一緒にやろうよ。てか姉ちゃんどうせすぐ死ぬだろ」
「…………」
無言で軽く頭を叩く。まあ、時間がないのは確かだからこの辺りで許してやろう。
ちなみに日曜は2人で、ゲームをクリアする日なり、6時間近くもやってしまった。真由都の言う通り私は敵キャラにより死にまくったが、真由都も謎解きでは完全に降参状態だったのでおあいこだろう。1人では全く歯が立たず、真由都がこの日は諦めて別なゲームにしたのは言うまでもない。
しかし、私は、この日ゲームをやる気はなかった。自分の部屋に入り、リュックを適当に置く。制服から、着慣れた部屋着兼私服に着替える。そこまですると、もう何をする気力も残っていなかった。中学の時に買って貰った窓近くのベッドに座る。窓から差し込む夕日が、部屋の白い壁を微かなオレンジ色に染めていた。1人何もせずにいると、思い出すのは隼のこと。離れてしまった幼馴染のこと。私はまだ、馬鹿みたいに隼が好きだから。だから少し泣きそうになる。抱えたクッションを、少し強く抱きしめる。そんなことをしていると、あっという間に落ちる日のせいで、部屋は暗くなっていた。
「姉ちゃんあのさー…って」
真由都が入って来だ音がした。暗い部屋を見て驚いたのだろう。いつもと変わらない足取りで近くまで来て、いつもより優しい声が聞こえた。
「また隼くん?」
真由都と隼も、私も入れてよく遊んでいた。そして、私が片思いをしていることも知っている。自分が少し、情けなかった。年下の弟に、結局は頼ってしまう自分が。
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