違う空の下で

こたこゆ

幼い夏の日

窓際に、二人の子供が座っていた。私はこの子たちを知っている。夏の暑い日。蝉がうるさくて、少しでも涼しいところに行こうと、二人は窓に腰掛けたのだ。

私はこの景色を知っている。だけど、この視点から見たことはない。夢、意外では。

女の子は長い髪を低い二つ結びにしていて、真っ白なノースリーブと、鮮やかなレモン色のスカートを着ている。隣に座る男の子は毛先の跳ねた癖っ毛。適当に選んだように見える白のTシャツと灰色の短パン。後ろ姿で顔は見えないけれど、同い年なことを私は知っている。二人は幼馴染なのだ。

どちらかが上手いことを言ったのか、それともふとおかしくなったのか。少女と少年は子供らしい薄い体を揺らして笑う。それにつられるように、二人の髪も揺れる。声は聞こえないけれど、きっとあそこには笑いが弾けている。水のように、シャボンのように。横を向いたことで見えた少年の顔が、幼いながらに整っていて、私は少し胸がキュッとする。

突然少年は立ち上がって、青く高い空を指差す。少女は不思議そうな、呆気に取られ顔をしていて、それを見た少年は迷いなく少女に手を差し出す。少女も、迷いはあっても最後にはその手を取る。子供らしい無邪気さで、二人は手を繋ぐ。

二人の先には青空が広がっている。太陽は庭に植えられたひまわりに、タチアオイに、光を降り注ぐ。

そこにあるのは子供らしい、子供だけの輝くような夏の日。

分かっている。これが夢なことなんて。


今は、もうない過去なんだって。


(懐かしい夢を見てたな)

目を擦るながら、ぼんやりとそんなことを思った。部屋の中はオレンジの光で包まれている。寝る前はまだそんなに日が落ちていなかった。部屋の時計を見ると、もう短針が5を越している。いつまでもダラダラしているのはダメだと思いつつも、物思いに耽ってしまう。

『こんなにきれいな空なんだからさ!どこまでだってきっといけるな!』

彼は、そう言って笑った。その笑顔は、子供心にも眩しくきれいに写った。彼は夏のくっきりとした空を綺麗と言ったけれど、私からしたら彼は、眩しく輝かしい夏の青空と同じだった。でもそんなことを言うのは恥ずかしくて。結局私は、呆れたふりをしながら言ったのだ。

『なんだかおはなしに出てくるフウみたい』

フウは、私と彼があの頃好きだった本に出てくる男の子。フウは主人公の女の子の手をとって走りながら言うのだ。

ー空がこんなに広いんだ!ぼくらだってどこまでも、かけていけると思わない?、と。

彼は私に言われて気づいたらしい。笑う彼につられて、私も笑った。

立ち上がって空を指差して、彼は言った。

『ぼくがきみといっしょににげる。だから行こう!あの空の先まで!』

私はポカンとしてしまった。フウと女の子のハルは、逃げるために走る。学校を嫌うハルを助けるために、フウがハルを連れ出すのだ。その時のフウのセリフを、彼はふざけて真似て見せたのだ。

小3の夏。彼と私は幼馴染で、親同士も仲が良くて。だから度々遊んでいたけれど。

知っていたのだ。他の女子が私のことをどう思っているかなんて。

ーなんで真由香なんかが。

ーかっこいい男子を独り占めしたいんだ!

私は特に可愛くなかった。それは今も変わっていないけれど。だけど彼はかっこよかったから、周りは、彼が好きな女の子は、嫉妬したのだ。

物語で、フウは、ハルが好き。ハルは、フウが好き。

だけど、私は?私は、彼が好き。だけど彼は?彼はきっと、私なんか特別には思っていない。いや、違う。きっともっとふさわしい子がいる。ためらった私に、彼は手を差し伸べてくれた。

笑ってこちらを見る笑顔はあまりにも真っ直ぐで。私はその時、結局その手をとったのだ。私にとってのフウは彼なんだと、あの時は思った。自分なんかじゃと分かっていながらも、そう思っていた。

だってフウはハルを空みたいな自由な場所に連れて行ってくれたから。

彼が笑うと、私はいつも、夏空が周りに広がったように思えたから。

ただ広くて自由だけがある世界が、部屋も、地面までも消し去ってしまったように見えたから。

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