時間泥棒-⑤(終)

 僕は、とあるマンションの屋上に降り立った。ここは、どうやら集合住宅のようだ。

 探知機のレーダーを頼りに、各部屋を外からのぞき、レシーバーを探す。

 3階の角部屋まで来た時だった。


 ──ピピピッ!


 探知機が鳴り始めた。どうやらここらしい……。

 僕は浮かびながら部屋の窓へと近づく。窓は閉まっていたが、鍵はかかっていなかったため、簡単に開けることができた。

 室内に入ると、一人の男性がパソコンへ向かっていた。どうやら仕事をしているらしい。だが、僕はそれよりも彼の顔色に驚いてしまった。


 その男性は、とても疲れた顔をしていたのだ。目の下のクマがひどく、頬がこけて見える。

 これは、相当ストレスを抱えているに違いない。一刻も早く時間を与えないと。僕はそう思って、彼に近づいた。

 彼は僕の存在に気づいていないらしく、ずっとキーボードを叩き続けている。


 こんなになるまで、頑張らなくても……。僕は、胸が痛くなった。

 僕は時の砂時計を逆さにして、そっとパソコンの裏に置いた。すると、彼が手を止めたとたんに、砂時計の砂はたちまち消えてしまった。


 えっ……?これって、元々あった空き時間に、今すぐにやらなくてもいい仕事をしていたってこと……?

 僕は混乱しながらも、彼を休ませるべきだと思い、顔を上げた。

 ……だが、彼はフラフラと立ち上がったかと思うと、廊下へ出て行ってしまった。

 僕は慌てて彼を追う。


「洗濯……しないと……」


 彼はうめくような声で言った。そして、よろめきながらも歩いていく。仕事が家事に変わっただけで、休む気配がない。これでは、彼の寿命を縮めるばかりだ。


「ねえ、ちょっと!休もうよ!」


 僕はこらえ切れずに叫んだ。すると、彼は立ち止まり、振り返る。その目はうつろで焦点が合っていない。僕は心配になって、彼を見つめていた。

 僕の姿は彼には見えない。だから、僕の言葉も聞こえていないはずだ。それでも、僕は言わずにはいられなかった。


「お願いだから……少しは自分を大事にして……!」


 すると、突然、彼の目から涙が溢れ出した。


「……俺だって、好きでやってんじゃねぇんだよ……」


 そうつぶやくと、彼はその場に崩れ落ちた。


「うぅ……うぅ……」


 嗚咽おえつする声だけが聞こえる中、僕の心も張り裂けそうになっていた。

 ……あぁ……彼は休みたくても、身体が休もうとしてくれないんだ……。

 僕は透明化を解き、彼を抱きしめた。


「……大丈夫だよ。君は頑張ってるんだから……」


 そうささやくと、僕は優しく背中をさすった。



 彼は泣き続けたままだったが、やがて落ち着きを取り戻した。


「お前は……?」


「……僕はタイムキーパーさ。君に時間を与えにやって来たんだ」


「……タイムキーパー?聞いたことがないな」


「まぁ……本当は知られちゃいけないからね」


「……そうか、俺には休める時間があるのか……」


 そう言うと、彼は小さく笑った。少しは元気になったみたいだ。


「……ありがとう」


「うん。さっきよりはマシな表情になったね」


 その言葉を聞いて安心したのか、彼は大きくあくびをした。


「ふわあぁぁ……悪い、眠気が限界みたいだ……」


「……少し寝たら?休める時に休んでおいた方がいいよ。洗濯は僕がやってあげるからさ」


「……あぁ、そうさせてもらうよ……ありがとな……お休み……」


 そう言うと、彼はすぐに眠りについた。僕は、そんな彼の頭を撫でて、こう念じた。


『彼が、良く休めますように』


 すると、彼の眉間に寄せられたシワが消えていった。そして、落ち着いた寝息が聞こえてくる。

 レシーバーには、幸せな時間を過ごして欲しい。それは、どんな人間でも変わらない。


 彼には、僕らの仕事を知られてしまった。これは僕のミスだ。しかし、知られた以上、このまま放っておくわけにはいかない。

 どうしたものかと悩んだが、ふと良い考えが頭に浮かんだ。


「そうだ。彼にもタイムキーパーとして働いてもらおう!」


 そうすれば、仕事の効率も上がるし、何よりも彼が救われるだろう。

 時を司る神様は厳しいけれど、理由を説明すればきっとわかってくれるはず。僕はそう信じて、洗濯に取り掛かることにした。



 ◆◇◆◇◆



「おーい、こっちは終わったぞ~」


「お疲れ様。僕も今、終わったところだよ」


 僕はそう答えた。


「それにしても……この仕事、結構面白いな!」


 彼はそう言って笑う。


 結局、僕はあの日の彼とペアを組むことになった。人間がタイムキーパーになるのは、これが初めてのことらしい。

 神様によれば、これが僕への罰とのことだ。でも、彼のことを気に掛けていた僕からすれば、罰のうちに入らないし、むしろ嬉しいとすら思えた。


 今の彼の姿は、以前とは打って変わって生き生きとしていた。僕はそんな彼を見て、自分の判断は間違っていなかったのだと確信している。


 ──ピピッ!


 胸ポケットに入っている探知機が鳴った。

 どうやら、時の砂時計に砂が溜まったようだ。回収に向かうとしよう。


「よし、行くよ!」


「おう!」


 僕は、隣にいる新米の相棒に声をかける。すると、彼はニッと笑って応えてくれた。



 僕らは、タイムキーパー。時間泥棒と言われようと、与えられた仕事をこなすだけさ。


 そうして今日もまた、僕らは仕事を続ける。次のターゲットは──きみ、かもね?

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アイアム・時間泥棒 夜桜くらは @corone2121

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