時間泥棒-③

 僕は、ターゲットの様子をうかがっていた。

 今回のターゲットは女の子だ。彼女は、家で課題に取り組んでいるようだった。僕は部屋の窓から中へ入る。


「う~ん……」


 彼女はノートを見ながら、困り顔でうなっている。どうやら苦戦しているようだ。


「終わるまでスマホ禁止、終わるまでスマホ禁止……!」


 まるで自分に言い聞かせるように、彼女は呟き始めた。テストでもあるのだろうか?助けてあげたいな……。


 でも、彼女は【ターゲット】だ。心苦しいが、僕は彼女から時間を奪わなければならない。


「ごめんね……」


 僕は小さくつぶやくと、彼女のカバンに入っていたスマホを、机の上に移動させた。


「あぁ~……ダメだぁ~……!ちょっと休憩!ちょっとだけ!」


 彼女はそう言うと、スマホを手に取って椅子から立ち上がり、部屋の隅に置いてあるベッドに寝転がった。

 そして、スマホを操作してSNSをチェックし始める。


 今のうちに……。僕はそう思って、時の砂時計をカバンから出す。彼女の部屋の机に置くと、オレンジ色の砂が溜まり始めた。僕は砂時計を透明化し、彼女の家から離れた。


 この間に、別の仕事に取り掛かろう。時の砂時計は一つではないのだ。

 僕は、ここに来る前に回収した砂時計を持って、次の目的地へと向かった。


 ◆◇◆◇◆


 この砂時計のレシーバーは、屋外にいるようだった。それも、せわしなく動いている。車か何かで移動しているのだろうか。

 どこかに停まってから向かった方がよさそうだと思い、僕は一旦近くの公園に降り立った。ベンチに座り、探知機でレシーバーの動きを探る。


 しばらく待っていると、ようやくレシーバーは動きを止めた。僕は立ち上がると、そのレシーバーがいる場所へ向かった。そこは、どうやら会社のようだった。

 車から一人の女性が出てきて、その会社の中へと入っていく。僕は、彼女の後をつけた。

 探知機のレーダーは、彼女を指し示している。彼女がレシーバーだ。


 女性は『会議室』と書かれた部屋へ入った。僕も続いて入る。中には、この会社の役員らしき人たちがいた。


「この度は、弊社の商品をご検討いただき、ありがとうございます」


 女性はそう言って頭を下げると、カバンから書類を取り出した。


「まずは資料の方をお読みください」


「あぁ、わかりました」


 役員たちは資料を受け取ると、それに目を通し始める。


「う~ん……悪くはないと思うんですけどねぇ……」


 一人の男性が、頭を掻きながら言う。

 その時、女性の顔が少し曇ったのを僕は見逃さなかった。

 これは、時間が掛かりそうだ……。僕はカバンから砂時計を取り出すと、彼女の机の隅に逆さにして置いた。

 砂が落ち始めると、彼女の説明に熱がこもり始めた。そして、最初は渋っていた役員たちも、次第に彼女の話に引き込まれていった。


 それからしばらく経った頃、女性の話が終わりに近づいた時だった。


「うむ……。まぁ、とりあえず一度考えてみますかね」


 一人の役員が言った。その言葉を聞いて、他の役員たちもうなずいた。


「ありがとうございます!」


 女性は笑顔になると、深々と礼をした。


「では、私はこれで失礼いたします」


 そう言い残して、彼女は会議室を出て行った。僕は空になった砂時計を手に取り、彼女を追う。


「やったわ……!ついに契約が取れた……!」


 外へ出て、車に乗った彼女は、嬉しそうにガッツポーズをしていた。どうやら、先程の会社との契約が成立したらしい。嬉しそうな彼女を見て、僕の頬は自然と緩んだ。


「1時間も早く終わっちゃったわ!今日の仕事はこれで終わりだから、帰ってゆっくりしようっと!」


 彼女は車のエンジンをかけると、車を発進させ、走り去って行く。

 これで、一件落着だ。僕は胸を撫で下ろした。


 ──ピピッ!


 そこで、探知機が鳴った。僕は画面を見る。するとそこには、先程の女の子のところへ置いた砂時計が満タンになったという知らせが届いていた。

 僕は急いでターゲットの元へ飛んだ。


 ◆◇◆◇◆


 ターゲットの女の子は、いまだにベッドの上でスマホをいじっていた。僕はそっと近づいてゆく。


「あぁ~……癒されるぅ……!やっぱり猫ちゃんは最高だよぉ~!」


 そう言うと、彼女は足をバタバタさせた。


「おっと……」


 僕は少し驚いて砂時計を取り落としそうになったが、なんとかキャッチした。危ない危ない。

 すると、彼女はハッと我に返って、慌てて起き上がった。


「いけない!つい夢中になっちゃった……」


 そうつぶやいて時計を見ると、時間の経過にうなだれた。


「またやってしまった……でも、仕方がないよね!だって、可愛いんだもん!」


 開き直る彼女に、僕は苦笑するしかなかった。まぁ、気持ちはわかるけどね。

 僕は砂時計をカバンへ入れ、彼女の部屋から出た。


 うん。やっぱり、この仕事は面白いなぁ……。

 僕は、探知機が鳴るのを少し楽しみにしながら、ふわりと浮かんで空を舞った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る