時間泥棒-②

 時間の受取人となる人間のことを、僕らは【レシーバー】と呼んでいる。ターゲットから奪った時間は、このレシーバーの元へ届けられるのだ。


 しばらく飛んで行くと、レシーバーのいる場所に到着した。そこは学校のようだった。僕は校庭にある大きな木の上に降り立った。

 探知機を見ると、ちょうどレシーバーは教室で補習を受けているところのようだ。

 僕は校舎へと近づき、教室の中を覗き込む。そこには、一人の男子生徒が座って勉強をしていた。


『くそっ……今日は早く帰れると思ったのに……』


 机に向かってペンを走らせながら、彼は小さな声でぼやいた。どうやら、テストの点数が悪くて先生に呼び出されたらしい。


『はぁ……』


 彼が深い溜め息をつくと同時に、胸ポケットに入れた探知機が鳴った。どうやら、彼がレシーバーのようだ。

 僕は、早速仕事をすることにした。教室の窓は開いていたので、彼の後方の窓から中へ入る。

 そして、後ろの席の机に時の砂時計を置き、逆さまにする。すると、砂はサラサラと流れ出し、中の時間が彼へと与えられてゆく。


「何だ……?」


 自分の異変に気づいたのか、彼はキョロキョロと辺りを見回した。だが、僕の姿は当然見えないわけなので、誰からも反応はない。

 やがて、その視線は自分の手元へと移った。


「えっ……!ウソだろ!?わかる、わかるぞ……!なんとなくだけど、今の俺にはわかっちゃうぜ……!なんか急に頭がえてきやがった……!これならいけそうだ……!」


 さっきまで落ち込んでいたとは思えないほどの明るい声で言うと、彼は勢いよく問題を解き始めた。

 うん、うまくいったみたいだ。僕はほっと胸を撫で下ろした。


 砂時計が与える時間は、レシーバーの持つ一日の時間──つまり、24時間に組み込まれる。でも、一日の時間自体は変わらないから、その分別のことが早く終わるように調整されるんだ。まぁ、あくまで感覚的なものらしいけど。

 そして、砂時計の砂は刻まれた時間がどうであれ、『別のこと』が終わるまでに消えるようになっているんだ。


 僕は彼の後ろの席で、彼が問題を解いている様子を眺めていた。


 ◆◇◆◇◆


 砂が全て落ち、消える頃、彼は最後の問題を解くと、パタリとシャーペンを置いた。


「終わったー!これで帰れる!」


 彼がそう叫ぶと同時に、教師が教室へ入ってきた。


「おっ、終わったのか?どれどれ……おぉ、すごいじゃないか!全問正解だぞ!」


「マジですか!やったー!!」


 喜び合う二人を見て、僕は微笑ましくなった。

 そうして彼は、足取りも軽く教室を後にする。


「よっしゃあ!帰るぞー!」


 意気揚々と歩く彼を見ていると、こちらまで嬉しくなってくる。僕は、レシーバーたちが喜ぶ姿を見るのが好きだ。だって、それは自分が仕事をやり遂げたという証でもあるから。


「もう少し、見ていようかな」


 まだ探知機は鳴っていないし、少しくらいはいいだろう。僕はそう思い、彼の後をつけることにした。



 学校を出た彼は、まっすぐ家へ帰らずに、どこかへ向かうようだった。どうやら、寄り道するつもりらしい。

 なんたって、彼には1時間30分の空き時間があるのだ。本来なら2時間かかる補習が、30分で終わったようなものだから。

 彼に気づかれないよう、僕はそっと移動した。


 数分歩いたところで、彼はとある店の前で立ち止まった。そこは、本屋さんだった。

 本を買うのかと思いきや、彼はカウンターの方をチラチラと見ていた。どうやら、店員さんの様子が気になるらしい。


「いらっしゃいませー」


 笑顔を振りまく女性を見て、彼は顔を赤くしている。なるほどね。そういうことか。

 僕は彼の背後に移動し、片手を前にかざす。そして、念じた。


『彼に、踏み出す勇気を』


 すると、店員さんに話しかけようか迷っていた様子だった彼から、緊張が消えていくのを感じた。そして、ゆっくりと前へ進むと、意を決したように口を開いた。


「あ……あの……!オススメの本とかってありますか……?」


「はい。ございますよ。ご案内しますね」


 優しい声色でそう言うと、彼女はレジから出て、彼についてきた。

 二人はそのまま店内の奥へと進んで行った。その様子を見て、僕はホッとした。

 よしよし、これで大丈夫だろう。


 今のは、レシーバーに与えた力をほんのちょっとだけ増幅させたものだ。この力は、僕らタイムキーパーが与えたもの。この力によって、レシーバーは与えられた時間を有効に使うことができるようになる。僕らが力を与えられるのは、レシーバーに与えた時間内に限るけどね。


 ……まあ、本来はここまでしなくてもいいんだけど、僕はよくこの力を使っているんだ。

 仲間たちからは『お人好ひとよしタイムキーパー』なんて言われたりしているけど、それでもいいじゃないか。だってレシーバーが嬉しそうだと、僕も嬉しいから。


 その後、二人がどんな会話をしているのかは聞こえなかったけれど、楽しそうな表情を浮かべているのだけはわかった。


「ふぅ……」


 僕は一息つくと、本屋を後にした。

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