アイアム・時間泥棒

夜桜くらは

時間泥棒-①

 時間。それは、人とは切っても切り離せないものの一つだ。


 その時間について、『一日が25時間あればいいのに』と考える人がいれば、『23時間でいい』と考える人もいるかもしれない。

 でも、そんなことを考えたところで、『一日は24時間である』という事実を変えることはできないだろう。

 それは、どんなことをしても変えられない事実であり、等しく与えられているものなのだから。

 だが、一日が長く感じたり、短く感じることもあるかもしれない。それは正しい感覚だ。


 なぜなら──『時間は調節されている』からだ。僕たち【タイムキーパー】によって。


 僕らは、時を司る神様から、時間を調節する役割を与えられた。

 タイムキーパーの仕事は、主に二つある。


 一つ目は、人間から時間を奪い、【ときの砂時計】に溜めることだ。この砂時計には、時間の蓄積と放出という二つの機能がある。奪った時間が砂となり、溜まっていく仕組みだ。


 そしてもう一つは、溜めた時間を別の人間に与えることだ。時の砂時計に溜まった砂を逆さにすると、中に蓄えられた時間が流れ出す。そして、落ちた砂は溜まらずに消えていく。


 時間を奪い、そして与える。これが、タイムキーパーの主な仕事だ。


 ──ピーッ、ピーッ!


 僕の胸ポケットに入れた探知機が鳴った。

 この探知機には、時間を奪う相手──【ターゲット】の位置情報が示されている。僕はそれを取り出して確認した。


「えっと……ここから西へ500メートルくらい行ったところか」


 地図を確認し、僕は制服のバッジに触れた。

 こうすると、僕の姿は人間には認識されなくなるのだ。


 さぁ、今日も仕事をしよう。

 僕はふわりと浮かび上がると、目的地へと向かった。


 ◆◇◆◇◆


 しばらくして、僕はターゲットの住む家へたどり着いた。探知機によると、ターゲットは二階にいるようだ。

 家の屋根に降り立つと、僕は窓から部屋の様子をうかがう。部屋の中には一人の青年がいた。


「この人がターゲットかな」


 僕は小さくつぶやいた。そして、聞き耳を立ててみる。


『そろそろ掃除しないとな……』


 青年は頭をきながらそう言った。どうやら部屋の片付けを始めるらしい。

 これは好都合だ。僕は、青年が換気のために開けた窓から、素早く室内へと侵入する。


「うわぁ……」


 部屋に入った僕は、思わず声を出してしまった。部屋の中には、服や本が散乱していた。足の踏み場もないとはまさにこのことだろう。

 青年は、僕の声には気づいていない様子だった。部屋の入り口付近の服を片付けている。時折、うへぇとか、マジかよと言いながらも、せっせと服を畳んでいく。

 こんな状態じゃ、いくら頑張っても綺麗にはならないと思うんだけど……。僕は苦笑いを浮かべるしかなかった。


 とりあえず、仕事を始めないと。僕は、部屋の隅に埋もれていた漫画本を数冊、青年から見えるところにそっと運んだ。こういう場合は、こうするのがいいからね。

 すると、青年はその漫画本に気づき、声を上げた。


「うわっ!こんなところにあったんだ!……懐かしいな~」


 青年は漫画本をパラパラとめくると、嬉しそうな表情をした。その顔を見て、僕はホッとした。

 よしよし、うまくいったみたいだぞ。僕は心の中でガッツポーズをする。

 ターゲットである青年は、漫画に夢中になっているようだった。僕は時の砂時計を窓のサッシに置き、そのまま部屋を出た。

 砂時計には、さらさらとしたオレンジ色の砂が溜まってゆく。それを確認すると、僕は一触れして砂時計を透明化した。後は時間が経つのを待つだけだ。


 ◆◇◆◇◆


 それからしばらく経った頃、僕は再びターゲットの家へ向かった。

 僕の胸ポケットでは、時の砂時計の砂が満タンになったことを知らせる音が小さく響いていた。


 探知機で確認すると、やはりターゲットはまだ部屋にいるようだ。僕は家に降り立つと、こっそりと二階の部屋へと向かう。窓の外から覗くと、先ほどと同じように青年は床に座って漫画を読んでいる最中だった。

 僕が砂時計を手に取ると、青年はハッとした顔になった。


「あははっ……!ん?うわっ、もうこんな時間なのか!」


 青年は慌てて立ち上がり、部屋の電気をつけた。


「あちゃー……。今日こそは掃除を終わらせたかったんだけどなぁ……」


 青年は頭を抱えて残念そうにつぶやく。


「くっそ~!時間泥棒め~……!」


 悔しそうに言う青年に、僕は思わず吹き出しそうになってしまった。

 ごめんなさい。僕のせいです。でも、仕事だから仕方がないんです。

 僕は心の内で謝りつつ、砂時計をカバンに入れて、窓から外に出た。


 青年の家から離れた僕は、改めて時の砂時計を見る。外側には『01:30:00』の数字が刻まれている。これが、青年から奪った時間だ。


「よし、これでOK」


 僕は満足げにうなずく。

 この時間は、また別の人間に与えるために使うことになる。


 ──ピピピッ!


 探知機は、再び鳴り出した。僕は胸ポケットに手を入れ、探知機の画面を見た。画面には、時間の届け先となる人間の居場所が表示されていた。


 さぁ、次の仕事の始まりだ。

 僕は空に浮かび上がると、その場を離れた。

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