第3話 大学生活体験
窓から差し込む眩い光によって、朝が来たことを知らされた。
「ふわぁ……いたっ、や、やばい、首寝違えた」
ソファーで寝落ちしたのか……ミスったな。変な体勢で寝ていたことで固まった体を解そうと立ち上がると、目の前に女性が浮かんでいることに気づいた。一瞬誰か分からなくて叫びそうになったけど、すぐに美月だと気付く。
「……ああ、美月、おはよう」
昨日の出来事は夢じゃなかったのか。
『優也くんおはよう。昨日は映画鑑賞に付き合ってくれてありがとう。疲れてない?』
「うん。全然大丈夫」
美月が申し訳なさそうな表情を浮かべていたので、俺は腕をぐるぐると回して元気な様子をアピールした。すると美月も安心したのかほっとしたような笑みを浮かべてくれる。
「今日は一限からなんだ。一限がフランス語で二限が経営学、お昼休みを挟んで三限は休みで、四限がマーケティング論。そのあとはバスケのサークルに参加して、サークルの後は飲み屋でバイト。全部付いてくるか?」
『もちろん!』
「外では話したりもほとんどできないと思うけど、美月の言葉は聞いてるから好きなだけ話しかけてくれて良いから」
俺のその言葉に美月は晴れやかな笑顔で頷いた。それから朝食として食パンを牛乳で流し込み、トートバッグを持って大学へ向かう。
「おう! 優也、体調は良くなったのか?」
大学の構内に入ると、後ろから突然肩に腕を回された。大学に入ってから仲良くなった柏村拓哉だ。同じバスケサークルにも所属していることから、一番仲が良い。
「もう大丈夫だ。それにしてもお前が一限からいるって珍しくないか?」
「実はな、今日の一限の講義に可愛い子がいるんだよ!」
「ああ……そういうことね」
拓哉は良いやつなんだけど、この女好きなところだけは全く尊敬できない。まあ俺に悪影響がなければ良いんだけど。
「そうやって手当たり次第に手を出そうとするから、誰にも相手をされないんじゃないか?」
「手当たり次第って、俺はちゃんと全員好きになってアプローチしてるんだからね!?」
「はいはい。でもそれは全く伝わってないと思うけどな」
「……そういうお前はどうなんだよ。お前の好きな子とか聞いたことないんだけど。もう大学二年だぞ?」
俺の好きな子か……そう考えた時、俺の脳裏に浮かんだのは美月の可愛い笑顔だった。
――いやいや、ないない。美月は幽霊だし、昨日からずっと顔を見てるから思い浮かんだだけだ。
「なになになに、思い浮かぶ子がいるんだな! お兄さんに教えなさい!」
「お前は俺の兄貴じゃねぇ」
「なんだよ、友達だろ? 教えてくれても良いじゃんか」
「別にいないから」
「嘘だ〜、絶対さっき思い浮かんでた子がいただろ!」
俺はそれからもしつこく追求してくる拓哉をなんとか追い払って、美月を伴ってフランス語の講義室に入った。この講義は人数が少ないので小さな教室だ。まだ時間が早いからか誰も来ていない。
『さっきの人と仲良しなんだね』
「ああ……まあね。ちょっとうざいけど意外と良いやつなんだ」
『なんかそんな感じした。……優也くんは、好きな人がいるの?』
目の前に近づいて来て首を傾げながらそう問いかけてくる美月を見て、俺は思わず焦ってしまった。まさか美月のことを思い浮かべてたなんて言えるわけもない。
「そんな人いないって。今は色々と忙しいからそんな時間ないし」
『そっか……確かに今日も予定詰まってるもんね』
そこまで話したところで学生が数人入ってきたので、俺は美月と話をするのをやめた。そして教科書を開いて講義の準備をする。
『へぇ……フランス語なんて初めてちゃんと見たかも。なんだか難しそうだね』
眉間に皺を寄せて難しい顔をしている美月を見て、俺はさりげなく教科書をめくって、フランスの綺麗な風景が載ってるページにした。すると美月は途端に表情を明るくしてそのページに見入る。
『凄く綺麗……』
それから無言でたまにページをめくっていると、教室に講師が入ってきたので、俺は教科書のページを前回の続きに戻した。そしてそこからは真剣に講義を受ける。
美月も先生の言葉を聞きながら教科書を読み込んで、なんとか理解しようと頑張っていた。発音練習の時には美月も一緒になって声を出していたほどだ。
その頑張っている様子が微笑ましくて俺が思わず微笑んでしまうと、それに気付いたのか美月が俺に笑いかけてくれて、そうしていつもより何倍も楽しい時間が過ぎていった。
『あぁ〜、ほんっとうに楽しかった!』
今は居酒屋バイトからの帰り道だ。今日一日の予定を全て俺と一緒にこなした美月は、満足げな表情で俺の隣にいる。
「バイトの時は助かった。ありがとう」
美月は店員を呼んでるお客さんの特徴を教えてくれたり、下げても大丈夫な食器が溜まっている席を教えてくれたり、色々と手伝ってくれたのだ。そのおかげで今日はスムーズに仕事が進んだ。
『役に立てて良かったよ。大学生って楽しいね〜』
「講義は大変だけどな」
『確かに。フランス語は特に分からなかったよ。経営学もグループワークで話してる内容はあんまり理解できなかったかな』
「でも凄く真剣に聞いてたよな」
『まあね、優也と一緒に講義を受けるのは楽しかったし、新しい知識を得るのはなんだかんだ楽しいから』
そう言って微笑みを浮かべた美月が可愛くてどこか儚くて、俺は無意識に手を伸ばして美月の頭に触れようとして……すかっと手が空気を撫でた。
「あ……」
そうか、触れられないんだな。今までも理解していたはずだったのに、なぜだかその事実がとても悲しいことだと感じた。
『優也くん?』
「あ、ああ、ごめん。美月の髪が綺麗だったから、思わず触ろうとしちゃって」
『え、そうかな? 確かに私の髪って全く癖がないんだよね。皆に羨ましいって言われたけど、アレンジしてもすぐ取れちゃうから、少しウェーブがかかった髪の子が羨ましいと思ってたな〜』
「そんなものなんだ」
それからは変な空気も霧散して、俺と美月は楽しく会話をしながら夜道を歩いた。そして家に帰ると、俺は昨夜からの疲れでシャワーを浴びてすぐ眠りに落ちてしまった。
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