第2話 話し合い
美月は講義が終わるまでの間、ずっと隣におとなしく座ってる……なんてことはなかった。普通に足もあるのに空を飛べるようで、ふわふわと講義室中を飛び回っている。
本当に他の人には見えてないのか……そんな現実を目の当たりにして、思わずため息が漏れてしまう。講義の内容なんて全然頭に入ってこない。
『優也くん、お疲れ様!』
講義が終わって荷物を片付けていると美月が嬉しそうに近寄ってきたので、周りに不自然に思われない程度に頷いた。そして講義室から出て自宅へと向かう。
『もう今日は終わりなの?』
「違うけど、集中できないから帰る」
『私のせいだよね……ごめん』
ああ、もう! そんなに悲しそうにされたらこっちの調子が狂う!
「美月のことで集中できないのは確かだけど、美月が悪いんじゃないから。とにかく一緒にうちまで来て」
俺はこの後の講義を一緒に受ける予定だった友達に休む連絡をして、大学の最寄駅に向かった。そして電車で三駅進んで徒歩で家まで向かう。
『へぇ〜、ここが優也くんの家か』
「ただのアパートだけど入って。ちょっと汚れてるけどごめん」
幽霊とはいえ女性を招くことになるなんて思わなかったから、そこかしこに服が散乱してカップ麺のカップもそのままだ。
『男の子の家なんて初めて入ったな〜』
部屋の中を興味深そうにふわふわ飛び回っている美月を横目に、俺は数ヶ月前に奮発して買った一人用ソファーに腰掛けた。すると知らず知らずのうちにため息が漏れてしまう。
「……それで、美月のことは他のやつには見えないんだよな?」
『うん。私のことが見える人には初めて会ったよ』
「なんで俺は見えるのか分かる?」
『何でだろう。特別な力があるとか?』
幽霊が見えるなんて、そんな力は全くいらない……それに今までの人生でこんなことなかったのだ。ということは、突然目覚めた力ってことか?
はぁ、こんな訳分からない現状を真面目に考察しても意味ないか。とりあえず今の俺は美月のことが見える、それが事実だ。あとはこの後どうすれば良いのかを考えないと。
「美月はその、成仏? とかできないってこと?」
『うん、まだできないかな……』
「何かやりたいことがある、とか?」
大抵こういう場合は心残りがあるんだよなと思ってそう聞くと、美月は顔を輝かせて俺の目の前にずいっと近寄ってきた。
『大学生活を満喫したい!』
「……そんなことで良いのか?」
美月は大学に入学する頃の歳に見えるし、もしかしたら入学前に命を落とすようなことになって、それで大学に未練があって彷徨ってるとかなのかな。
『うん!!』
「じゃあ、明日は大学生として過ごしてみたらどうだ?」
『優也くんも一緒に過ごしてくれる? 一人だと味気なくて』
「まあ、良いけど」
一日ぐらい仕方がない。それで成仏できるならと思って頷くと、美月は嬉しそうに部屋中を飛び回った。
『明日が楽しみ! 優也くん、本当にありがとう!』
「ははっ、そんなに嬉しいのかよ」
美月の喜びようが凄くて面白くて、俺は思わず笑ってしまった。最初は幽霊だって怖がってたのに、今となっては当たり前のように受け入れている自分が不思議だ。
「じゃあ明日までも大学生らしいことするか? 例えば、徹夜で映画鑑賞とか」
映画鑑賞が大学生らしいかどうかは分からないけど、とにかくもっと喜ばせたいと思って思わずそんな提案をすると、美月は可愛い笑顔を見せてくれた。生きてた時は絶対にモテただろうな……清楚な見た目に反して好奇心旺盛で表情豊かで、凄く可愛い。
『する!!』
「よしっ、じゃあ何が見たいか選ぶか」
それから俺達はアクション映画やアニメ映画、そして俺が大の苦手なホラー映画など、さまざまな映画を楽しんだ。朝まで起きていようと思ってたけど、さすがに日付を跨いで映画一本分の時間が過ぎると眠気に抗えなくなり、俺はのんびりとしたハートフル映画を見ている途中で寝落ちしてしまった。
―美月視点―
『優也くん? 寝ちゃった?』
ソファーに座ったまま目を閉じてしまった優也くんの顔を覗き込むと、気持ちの良さそうな寝息を立てている。このままだと首を痛めちゃいそうだけど……私ではベッドまで運んであげることができないし、毛布をかけてあげることもできない。
『はぁ……』
この状態になってもう何度目か分からないため息が溢れる。私はここにいるのに誰にも気付いてもらえなくて、何にも触れることができないのは辛い。
優也くんがいてくれて良かった。最初は怖がられたけどすぐに私のことを受け入れてくれて、さらに私がやりたいことを実現しようとしてくれるなんて……本当に優しい人だ。一緒に映画を見て楽しんださっきまでの時間は、夢のようだった。
私は優也くんの寝顔を見ながら自分の顔が緩むのを感じた。背が高くてガタイが良くて一見怖そうなのに、寝顔は無防備で可愛いなんて反則だよね。
『優也くん、本当にありがとう。そのうちお迎えが来ると思うから……その時までは一緒にいさせてくれると嬉しいな』
それから数時間、日が昇って優也くんが目覚めるまで、私は飽きもせずにずっと優也くんの寝顔を見つめていた。
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