第3話 ギフトの代償 -1
初夏の日差しが練武場を照らし、土埃と攪拌されて視界が揺れる。
剣が風を斬る音が虫の声を圧倒する。
この日は龍司は他の中堅士官達と共に新兵達の教官として、教練の指揮に当たっていた。
前日、国王やクレア姫からの呼び出しで散々、皮肉と嫌味にさらされた後、国王からの要望で自軍の戦力増強の手助けを請われ、それを拒否すれば、クレア姫からの更なる皮肉、嫌味の砲撃に晒されそうだったので、龍司はやむなくそれに同意したのである。
異例といえば異例ではある。
たった2ヶ月しかこの世界に存在していない龍司が、新兵とはいえ正規軍の教練指導を行う立場になっているのだから。
しかし、彼は毎回不思議に思うのだが、異世界に来て『ギフト』として個人の能力が上昇するのは、何となく理解できるが、同じ転生者でありながらその度合いが人によってかなり違う。
元の世界の龍司は、普通高校の2年生で剣道部の副主将を任され、剣道2段の腕前を持っていたが、それはそれほど凄いものではなく、全国レベルで見れば『普通』を絵に描いたようなものであった。
それにも関わらず、今の自分の状況は異常事態だと龍司自身も感じていた。
「これは、本当の自分の力ではない。偶然与えられたものに過ぎない。」
そう自分に言い聞かせなければ、思い上がって自分を見失う危険を孕んだ能力であった。
剣道ではなく、『剣術』として向かい合い『死合い』が始まる前から相手の『機』とその『意図』を読み切る事ができて、集中の度合いでは相手の動きがスローモーションで見える。
以前、アニメ動画で見た「サイボーグ009 Re-Cyborg」での加速装置の描写とほぼ近いので、本気で爆笑してしまいそうになった。
しかも、プロサッカーの司令塔並みの視界が身に付いており、小隊(30〜60人)規模の戦闘訓練なら俯瞰してその動きを統率可能に思えた。
多分、慣れてきたら中隊、大隊レベルの戦闘であっても自在に統率可能になるだろうという実感すらあるのだ。
この世界でこの能力を使いこなし、しかも思い上がらずにいられるとしたら、ほとんど聖人だろうと感じ、絶望的になる。
「おい、そこ!
剣を振り切った後のバランスが悪い!
基本の動きは教えてるんだ、
全体の流れと次の動きをイメージして動け!!」
龍司の鋭い叱咤の声に新兵達全体の『気』が引き締まる。
特に細かい事は触れず、全体的な動きのスムーズさを意識するように厳しく声を掛ける。
武道もダンスも根本は似たようなもので、全体の流れをマスターしてからようやくディティールに意識が向くようになる。
なので、最初から細かい部分を逐一指摘しても、技能を習得するには逆効果となる。
習得スピードと効率性を重視するならこの順序を間違えてはいけないのだ。
他の教官や上司に、その事を理解していない者が多くて困ってしまう。
しかも、ここでは『生き残る術』を伝えなければならない。
教官としてそれを確実に理解、実行させる『最短距離の手段』を取る以外は無価値なのである。
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