修道女


 深夜、月明かりが差し込む教会に一組の男女がいた。

 二人はとても美しく、男の方は彫刻のような肉体と繊細そうな美貌を持ち、女は肌を一部も見せない修道服に身を包みながらも、艶かしく匂い立つような女としての魅力に溢れ、そのかんばせもまた慈愛に満ちた聖母像のようであった。

 二人はじっ、と見つめ合ってはいるが、恋人同士が睦み合う時のような甘い……濃密にむせ返るような、そんな空気ではない。

 ぴりぴりと張り詰めた、まるで騎士の決闘のような……そんな気迫すら感じられる。

 「愛しいシスター・ローレンス。今日こそ、あなたの心を奪いにきたよ」

 「まあ……ふふ、今日の姿は今までで一番……私の好みよ?最初からその姿で来てくだされば宜しかったのに……ねえ?」

 まるで猫を撫でるような声で愛を奏でる男の声に、至高の宝石を前にうっとりと目を細めるかのように、恍惚と答える女。

 愛を伝え合うような言葉とは裏腹に、二人の表情は固く険しい。


 コツコツ、ヒールの足音を鳴らして女は男へ歩み寄る。

 硬い木製の長椅子に腰掛ける男の尾骶骨の辺りには長い尻尾が伸びていて、それはぬらぬらと粘液に濡れて光る、まるで毛皮を剥いだ猫の尾のようであった。女が隣に腰掛けると、それは柔らかな肉感のある腰に絡みつき、まるで抱き寄せるかのように粘液を塗りつける。

 それが合図かのように、女は男の細い顎に手を添え、口付けた。

 ねっとりと互いの舌を絡ませ、これから心地よい欲に身を任せるのだろう。……が、しかし。突然女の歯が、男の長い舌をぎりりと噛み、女の厚い唇と男の大きな口が鮮血に染まっていく。

 「……っ、そう上手くは行かないか」

 「ふふ、もう今夜で何回目になるのかしら……インキュバスのあなたが私の元へ現れてから……私は何度も、あなたを追い払ってきたわね」

 女は男の背を長椅子に押し付けると、厚い胸板へ細い指をなぞらせる。筋肉の筋、そのひとつひとつを撫でるように……優しく、細い指が円を描き、線を引いていく。

 やがて男の体は硬直し、まるで老人のように関節が一遍も動かなくなってしまった。細い指が体を撫でるたび、その部分が熱く……まるで火のついた煙草を押しつけられているかのような激しい痛みに喘ぐが、不思議と男の表情は自由を奪われ痛みを与えられている状態にも関わらず官能的に歪む。

 「……あなたは、本当に私に虐められるのが好きなのね?本当に、可愛い子……今日は、どんなふうにあなたを退治してあげようかしら……?」

 女が、修道服の長い長いスカートの裾をたくし上げる。

 艶かしく、肉付きが良い脚……そこには、鞭……銀の十字架、釘、聖水……他にも古今東西さまざまな悪魔祓いの道具が括り付けられていた。

 男の目が、歓喜に震える。

 女はその目を嘲るように見下すと、赤い唇を歪ませた。

 「さあ、今夜も楽しみましょ?……まだ夜は始まったばかりですもの……たっぷり、私を楽しませて頂戴」

 その声は、おもちゃを見つけた少女のように軽やかに弾み、そして興奮からわずかに上ずっていた。

 深夜二時。

 神の御前とも言える教会での、悪魔祓いの始まりである。


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香りの辿る物語 柊 秘密子 @himiko_miko12

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