第12話
水下愛とのデュエットが終わった後は、自分のソロが待っていた。連続して踊るのは正直しんどい。それでもなぜかわくわくしている自分がいる。
推進剤を補充して、再度機器の点検をしていると後ろから声をかけられた。
「ひとりは緊張するかい?」
「ミズ・ウィーラン……どうして」
シード選手だから来ないと言っていたのに。驚いていると彼女は魔女みたいににやりと笑った。
「焚き付けちゃった手前、一応激励でも送っておこうかなって。デュエットの方も見てたけど、いやあ、ひどかったね」
「ああ、はは……」
結局やっぱり最下位で、予選落ちした。結果はある程度予想していたのでそこまでショックではない。それに今回はダメでも、もしかしたら次があるかもしれない。
「こっちの調整は間に合った?」
「いやあ、どうでしょう」
めちゃくちゃなスケジュールにめちゃくちゃ無理して間に合わせたのだ。なにかしらボロが出るかもしれない。
でも不思議なことに、これまでのソロよりも焦燥感はあるけど、形の見えない不安はなかった。
「ま、気楽にやればいいさ。ダンスなんて自分の伝えたいことをただひたすら、言い続けてるだけなんだから」
サラ・ウィーランがそう言うので、私はどうしても尋ねてみたかったことを、口にした。
「ミズ・ウィーランは、こういう大会に出るとき、なにを思って踊ってるんですか?」
ダンスを極めてきた人だ。バレエともコンテンポラリーダンスとも違って、誰かに採点され、順位がつく。そこに違和感はなかったんだろうか。
サラ・ウィーランは少し考えた後、こう言った。
「ここまで来てみやがれ、糞どもが、かな」
「……ははっ」
あまりの口の悪さにびっくりしながら、彼女の強さを垣間見た気がして、吹き出した。誰かと競い合う場所にいながら、それでも自分を見ろと突きつける言葉。ダンスの頂点にいる人物の言葉としては最高だった。
「ご自分のダンスが好きなんですね」
「当たり前だろ、愛してるよ。あんただって、どうしようもないくらい好きなんじゃないか?」
そう言われて、私は微笑んだ。
「私は、妹とのダンスを愛していました。でも、ひとりでのダンスは……これから見つけるんだと思います」
だからこそ、ここにいるのだ。デュエットの方が向いていると言われても、行けるところまでやってみたいのだ。これは私のワガママだ。スペースダンサーとしてのワガママだ。。
「コーシロウがあんたはデュエットに向いてるって言ってたけど。マコ、あんたが自分のダンスを見つけられたら、どっちでもきっとうまくいくよ。ま、私としては、ソロやってほしいんだけど」
「見つけられますかね。すごい長い時間かかりそう」
三年間も、うじうじカッコつけて悩んでいたのだ。なんとなく弱気になってそう言うと、サラ・ウィーランは言った。
「別に何年かかったって、いいじゃないか。続けてればいいんだよ。それに、もしかしたらスペースダンスじゃなくってもいいんじゃないか? 私もバレエをやめたとき、傷ついたけどさ。でも、結局今が正解だって気もしてるよ」
そう言って爽やかに笑うサラ・ウィーランを見て気が楽になる。
カッコいいひとだ。
そうだ、サラ・ウィーランだって、表現の方法を変えてきたのだ。それでもなにかを表現したくて、何年も追い求めてきた目の前の人は、私の目指すべき人なのかもしれない。
今の私には、スペースダンスしかない。やりたいと思えるのは、これだけだ。だから私はきっとこれからも、命を懸けてスペースダンスを馬鹿みたいに続けてしまうんだろう。
でも、もしかしたら、続けていれば別の選択肢に行き当たるのかもしれない。自分の中のなにかを表現したくて。
ミズ・ウィーランがバレエをやめたように、水下愛がシンクロをやめたように、私にも可能性はあるのだ。
マコ・ミズシタと遠くで呼ばれ、私はヘルメットを被った。
「そろそろ出番みたいなので、行ってきます」
サラ・ウィーランがいってらっしゃいと片手を上げた。私も親指を立てて返事をする。
深呼吸して、一歩を踏み出す。ふわりと浮かぶ感覚に緊張感が
少なくとも、今日、私はダンスをする。それでなにか掴めるだろうか、それとも自信をなくすだろうか。今日のダンスは好きになれるだろうか。誰かに伝わるだろうか。やってみなければわからない。
続けていけば、きっと、好きも嫌いもわかるだろう。ダメなことも、うまくいくことも。それはどんなものだとしても、全身全霊の自分自身だ。
もがいていても進めればいいのだ。やがてやめる時は自分自身で決められる。
だってこれは、私が選んでいるのだから。誰にも決められない。
グラビティドームの真ん中に浮かび、私は曲がかかるのを待った。
ダンサー・イン・ザ・スペース 朋峰 @tomomine
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます