第11話

「やあ、間に合ったみたいだね」

 本番当日、今までに感じたことない緊張感にそわそわしながら出番を待っていると、アランがやってきてくれた。

「応援に来てくれたんですか? ありがとうございます」

「いやいや、教え子の活躍はちゃんと見ないとね。大変だったから……」

 最後の方は苦笑いと一緒だった。隣りにいる水下愛は、はははと乾いた笑いで視線を泳がせている。

 アランが水下愛に推進装置の使い方を教えてくれたのだが、やっぱり大変だったようだ。重心を捉えるだけじゃなくて、基本的に出力の仕方がコントロールできていないと嘆いていたっけ。

 それでもやり抜いてくれたし、おかげで水下愛の移動はかなりスムーズになったと思う。とにかくスピードを出しても回転をしなくなったのは、かなりの成長だ。

「アランのおかげですよ。とりあえず見られるようにはなりましたから」

「いや、良かったよ。ほんと、マコもすごいよ。あれに合わせて踊ろうとしてたなんて……」

「ちょっと! アランまでなんて私のことけなさないでくださいよ!」

 それくらいひどいんだもん……というのが、私とアランの心の声だったが、それは口に出さなかった。怒る水下愛を宥めていると、私たちの名前が呼ばれた。

「次だよ」

 ヘルメットを被って、私はもう一度腕の小型推進装置を確認する。もう何度目だろうか。

「五点……平均五点、ですよね」

 確認するように呟く水下愛に呆れて、声をかける。

「五点じゃないでしょ。私たちが目指すのは優勝」

「はあ!? そんなの無理ですって」

「シンクロの時も無理だって思ってやってた?」

「いや、それとこれとは……」

「同じだよ」

 私は笑った。これで安心させられるだろうか。それは大人の役目だ。

「さ、行こう」

「いってらっしゃい」

 アランが手をふってくれるので、私たちもふり返えした。

 重力調整室に入って、会場への扉が開くのを待つ。私は水下愛の手を取った。

 扉が開かれたのを見て、ゆっくり外へ出た。グラビティドームなので、壁も天井もあるけれど、これはスペースダンスだ。

 会場の真ん中あたりの位置について水下愛と向かい合う。

「満子さん」

 緊張したような水下愛の声がヘルメットのスピーカーから聞こえた。私は親指を立てて返した。

 スピーカーから音楽が聞こえてくる。通信状態は良好だ。これに合わせて踊るだけ。あれだけ練習したんだから、身体が覚えている。

 最初はゆっくりと、繋いだ手を離して、パートナーと距離を取る。推進剤を発射して、お互いに時計回り。身体を捻って、大きく魅せようとする。

やっぱり、水下愛のダンスはド下手だった。何を表現したいのか分からないし、身体の動きは硬い。でもそれは確かに命懸けの表現だった。ここは安全圏だけど、それでも彼女は命がけで、真剣なのだった。

 ぐん、と推進剤を一気に噴射して、スピードを上げる。水下愛も懸命についてきている。大丈夫、やれる。

 飛びながら、お互いに手を伸ばした。ミス。手をつかむべきところでつかめず、推進剤を余計に多く使ってしまう。推進剤の量は決められているから、それを考えながら進めていかなければならない。

 慌てて推進剤を噴射して、身体を止める。

「愛ちゃん、もう一回行こう」

 いざという時のために推進剤をあまり使わない演技を考えていて正解だった。通信で水下愛に伝えて、もう一度、お互いに向かって飛んで行く。今度はキャッチできたが、水下愛の重心がわずかにずれていて、回転は真横ではなく、斜めになりながらになってしまった。

 このままじゃまずい。優勝どころか五点も厳しいかもしれない。曲も半分終わってしまっている。

 焦りが出てくる。何か、巻き返す何かがないと厳しい……。

 推進剤の量をチェックするが、どうにも良いプランは浮かばない――いや、ある。

「愛ちゃん、聞こえる? ねえ、私、愛ちゃんの真下に降りるね」

「え? は、はい」

 戸惑ったような声に、呼びかける。

「それで、次のサビに入った瞬間、私の方に飛んできて。そこから押し上げるようするから、そこでゆっくり浮遊して」

「え? え?」

 シンクロみたいなものだから、と説得する。素早く説明を終えると、まずは私が水下愛の真下へ回り込んだ。やったことのない動きだけれど、彼女の得意な動きならきっとできる。

 水下愛は立ったまま、垂直方向に、私に向かって降りてきた。私は彼女の足をひざ上に置いて、思い切り上に投げた。そうしてくるくると回転したかと思うと、彼女はピタリとその場にポーズを取りながら浮いていた。

 うまくいった。思わず自分で拍手をしたいくらいだった。あの動きだけは何回もやってたからなあ。

 その場での制止は意外と採点が高いはずだから、これでいくらか挽回できるはずだ。

 最後の最後で、できることはこれ以外なかった。あっけなく自分たちのダンスが終わると、私たちはその空間から立ち去らなねばいけない。何もかもが終わって、ミスに落ち込んでいる水下愛を励ましながら、無重力空間を後にする。

 推進装置を外しながら、ベンチに座った。すぐに点数が発表される。横には光子郎と社長、それから水下愛の父親がいた。私は水下愛と手をつなぎながら結果を待った。

 まず、4.2が発表された。会場から落胆の声。

 次が、5.9。悪くない。でももちろん、会場から見たら低いスコアだったんだろう。再び落胆する声が聞こえた。

 4.5、5.5、5.2と、続々とスコアが出た。アベレージを、一瞬考える。

 合計スコア、25.3。つまり、平均スコアは、5.06だ。

 私は黙って両手を上げた。雄叫びは、その次だった。

「秋月、水下ペア、アベレージ、5.06」

 ようやく発表されたアナウンスを聞いて、水下愛も口元を抑えて、飛び上がった。私も立ち上がって一緒に飛び跳ねる。

「満子さん、五点! やり、やりましたよ! やったああ!」

「うわあああ。良かったあ。絶対ムリだって思ってたもん」

 安心してしまい、思わずまたベンチに座り込んで脱力する。

「えっ、ちょっとひどくないですか? 始まる前優勝って言ってましたよね」

「いやだって、現実的に考えたら絶対ムリじゃん」

「喜びに水差さないでください!」

「うそうそ、やったね」

この点数で喜ぶ私たちを周りにいた選手が不思議そうな顔で振り返っている。実際、今のところ最下位である。というか、たぶん最後まで最下位だと思う。でも、今の私たちにはもっと大切なことがあったのだから仕方ない。これは順位じゃないのだ。

「嘘だろ?」

 興奮したまま後ろを振り返れば、水下愛の父親が膝をついていた。社長が慌てて駆け寄って立たせている。

 けれど水下愛は容赦なく、父親に近づいて言った。

「お父さん、約束は約束だからね? 男に?」

「二言は、ない……」

 しょげかえってしまった水下愛の父親を哀れに思い、私はしゃがんで目線を合わせた。

「あの、お嬢さんがダンスをする間は私が責任を持って一緒にいますから」

 彼は盛大なため息の後、渋々と言った。

「……わかった。娘を頼みます」

 水下愛が、スペースダンスを一生やるかどうかまだわからない。もしかしたらどこかで別の素敵なものに気づいて、地球に帰るかもしれない。でも、それまでは私が一緒にいればいいのだ。だって、私にはスペースダンスしかないのだから。

「じゃあじゃあ、今度の大会も一緒に出られますね、満子さん!」

 期待に満ちた眼差しで水下愛が言うので、私は首を傾げてやった。

「え? まだ出るの?」

「えっ」

 ショックで固まった水下愛に思わず吹き出す。

「いや、冗談だよ。ちゃんと付き合うよ」

「本当ですか? 約束ですよ」

 顔を輝かせた彼女に、念の為釘を差しておく。

「でも私はソロもあるから、そんなに付き合えないよ」

「ええっ」

「それに愛ちゃんド下手だから……もっと練習しないと。私デュエットでこんな点数とったの初めてなんだけど」

「うっ。それは……頑張ります」

 がっくり肩を落とした彼女を見て、言い過ぎたかなと少し反省する。でも、今日の演技だってミスが多かったのは事実だ。今度は大会に勝つのを目標にしたいし、少し厳しくしていかないといけない。

「とりあえず、次の大会にむけて調整していこうか」

「はいぃ」

 アランにもう一度練習頼もうと心の中で思いながら、光子郎の方を見た。彼は優しく微笑んでいたので、私も小さく頷いた。

 もう大丈夫だと、お互いわかっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る