第9話

 音楽に合わせて、考えた演出を試す。

 お互い向き合って推進剤を噴射し、ぶつかりそうなところで身体をずらして手をつなぎ、くるくる回る――というのが理想だった。

 実際は手を掴みそこなったり、手は掴めても水下愛のスピードが遅くて結局私のスピードと噛み合わなくて斜めに回転がかかってしまったり、うまくいかない。

 特に彼女のスピードの問題で、タイミングがうまく合わなかった。

「もっと推進剤を出さないと私に負けちゃってるじゃない。お互いのスピードで速度調整しないと真横に回転かけられないから」

「あんまりスピードが出るとバランスが取れないんですよ。秋月さんの方で調整できないんですか?」

「私が水下さんに合わせてゆっくりやっても、遅い回転になってきれいに見えないよ」

 水下愛はスピードを出さない場合と、その場に留まるバランスのとり方はうまかった。

 特に一箇所に留まっていることに関しては、シンクロのおかげなのかプロ顔負けと言っていいかもしれない。ほとんど静止しているように見える。いろいろな方向に推進剤を噴射しなくてはならないし、体幹だってしっかりしていなければ姿勢を制御できないのに、ド下手の中の意外な才能だ。

 賭けの話から一週間がたっていた。練習時間を伸ばし、基礎的なことを教え込んだが、もう日数は数えるほどしかないのだ。正直焦りが募ってきていた。

「演技と一緒にスピードを出す練習もしないとですね」

 シンクロとは違うらしく、彼女は表現に関してもかなり苦戦していた。もともと推進剤を使うだけでも精一杯なのに、そこに踊りが入ってくるのだ。身体の動きがどうしても小さくなり、表現がいまいちではっきり言えば――やはり、ド下手だ。

「本番ってヘルメットかぶるんですよね?」

 自分の動きを確認しながら、水下愛が私に声をかけてきた。

「そう。視界が狭くなるからそっちも練習しないといけないけど、それは来週からやろう。今日はとにかくスピードに慣れて」

「スピード、スピードを出す」

 水下愛がぐっとグラブを握ると、推進剤が噴出された。後ろへ勢い良く進んでいく水下愛――だが、それもすぐに上下に身体が回転し始めた。やはり重心がどこかでずれてしまっているらしい。

 水下愛は慌てたように手足をバタバタさせて、それから推進剤をうまく噴射して体勢を立て直した。自分で起き上がれるようになったんだから、だいぶ成長したとは思う。

「ちなみに本番は、推進剤の量もあるから気をつけてね」

 付け加えてやると、水下愛は絶望したような表情を見せた。体勢を崩せば立て直すために推進剤を多く使ってしまう。さすがにまだ推進剤の量までコントロールはできないだろうけど、本番での推進剤切れは避けたい。

「スピード、推進剤の量、重心」

 ぶつぶつ水下愛が呟いている。できないことがたくさんあって、それをリスト化してひとつひとつ潰していきたい焦燥感にかられる。けれどそれをしなかったのは、確実に潰していけるものでもないからだ。無駄にプレッシャーをかけることになってしまう。

「スピードを怖がっているから、重心が取れないんじゃない?」

「やっぱりそうですよね」

 ため息をつく水下愛に、アドバイスをする。

「水下さん、身を固めないで、流されるように力抜いてみて」

「はい……あのー、全然関係ないんですけど」

 素直に頷いたかと思ったら、水下愛は私の方を向いてきた。

「ん?」

「秋月さん、あの、パートナーですよね、一応。私たち」

「は? 何を今さら」

 何のためにここまで付き合ってると思うのか。

「いえ、あの。名前が他人行儀だな、とか思ったり……」

「んん? 水下さんがダメ?」

「ええ、はい。いや、私は秋月さんでいいと思うんですよ、年下なんですし。でも、私のことまで苗字で呼ぶ必要はないと思うんですけど」

「えー、今更面倒くさい……」

「そこ面倒がっちゃいます!?」

「冗談だって。そーね、社長見習って愛ちゃんって呼ぼうか?」

「はい」

「私も満子でいいのに」

「じゃあ満子さんって呼びます」

「うん。……いや、呼び名決めるとか、普段やらないからなんか恥ずかしいわ」

 高校生だなあとしみじみ思っていると、彼女は彼女で私をまじまじと見てきた。

「……満子さんて、もしかして友達いないんですか?」

「失礼だな! いるいる、いっぱいいるし……光子郎とか」

「…………」

「いや嘘。待って、もっといる」

 妹の婚約者の名前がいけなかったのか、水下愛が疑いの眼差しを向けてくる。失礼だな。

「ほとんど月子と遊んでたからね。月子がいなくなってからは、地球に帰らなくなったしなあ」

 前までは休みのたびに月子と一緒に帰省していたけれど、今は月子の墓参りくらいしか帰らなくなってしまった。そうなるとほとんどの友達が地球にいるため、なかなか会うこともない。

 たまに飲みに行くのはアランとかマーサとか……あと光子郎か……社長……。

 ……あれ、もしかして私三十にもなって、遊びに行く同年代の友達が……いない?

 とんでもない事実に気が付きそうになって、さっと目を逸らした。

「さ、スピード上げてもう十周しようか!」

「今、なんかいろいろ誤魔化しませんでした?」

「してないしてない!」

 首を振って、推進剤を噴射して訓練室を飛び回る。

 今日は一体どこまで進められるだろうか。もしかしたら練習のやり方を変えたほうが良いんだろうか。

 練習方法に頭を悩ませていると、水下愛が少し息切れしながら尋ねてきた。

「秋月さんはどうやってこれ、マスターしたんですか?」

「え? うーん……推進剤なんて一日でできちゃったしなあ」

「うわ、でた。天才の嫌味」

「嫌味って……本当のことなんだけど」

 そもそも私は天才じゃない。ほとんどの人が精度の差はあれど、回転せずに進むなんて簡単にできる。それに月子の方がボディコントールはうまかったと思う。

「それが嫌味なんですよ。あーあ」

 なぜか呆れたようにため息をつかれて、水下愛がまた飛び立つ。悪いことをしたような気分になるのはなぜなのか。

 一周して戻ってきた彼女に、今度は私が尋ねる。

「水下……愛ちゃんって、スペースダンスで好きな選手とかいる?」

 他の選手の真似でもさせてみようかと思いついて、尋ねると水下愛は少し考えた後、答えた。

「好きな……というより、すごいなあって思ったのはサラ・ウィーランです。ドキュメンタリーで特集組まれてて、それを見たんですよ。すっごいストイックな人ですよね」

「へー。そんなのあるんだ」

「満子さん、見たことないんですか? 面白いですよ。バレエダンサー時代もかなり有名だったので、その頃の映像もあって。何度も手術をして結構無理してバレエやって、その後コンテンポラリーダンスに転向して、四十代でスペースダンスやり始めたんですよね。私もそれ見て、怪我しててもスペースダンスできるんだなあって思ったんです」

 そういえばアランも怪我のこと言ってたな。なるほど、水下愛は自分の境遇と重ねたのか。

「私はずっとソロの選手には興味なかったからなあ。でもこの間、彼女のダンスを見た時は羨ましくなっちゃったかな」

「羨ましい?」

 水下愛が目を見開いた。なにか変なことを言ったのだろうか。

「いやほら、だってあれだけ気持ちよさそうに踊れるってなかなかできないじゃない?」

「……そう、なんですね」

 歯切れの悪い言葉。な、なんだろうかこの空気。気まずい。私は慌てて話を変えた。

「そういえばさ、サラ・ウィーランと会ってみたくない?」

「え?」

「私の知り合いがさ、彼女と飲み友らしくって。会いたかったらお願いできそうなんだよね」

「そうなんですか……。確かに、少しお話聞いてみたい気がします」

 怪我でバレエを諦めたサラ・ウィーランと話せば、水下愛もなにか掴めるかもしれない。

「そっか。そしたら聞いておくね」

「はい、ありがとうございます」

 水下愛は軽く頭を下げると、また練習に戻っていった。さっきよりスピードを抑えめにしているので、回ることはなさそうだ。

 水下愛と演技を合わせるようになってから気がついたことがある。それは、パートナーがいる安心感だ。

 もちろん水下愛は危なっかしいし、見ていられないことも多々あるけれど、やっぱり誰かがいるのはいいと思った。ひとりじゃない、という気持ちが私を安心させる。ソロの人たちは一体どうやってあの孤独を受け入れているのだろう。サラ・ウィーランのように強く輝くにはどうしたらいいんだろう。

「うわ、うわわわわ!」

 悲鳴を上げている水下愛を見ながら、月子のことを思い出す。

 ――満子ちゃん、私、ソロやってみようと思うの。

 月子を追いかけるように、ソロになった。でも焦りと恐怖ばかりであの子が何を見たかったのか、私にはわからないままだった。

 それを光子郎は知っていた。先週のことを思い出す。

 月子が自分でやっていけるようになりたかったなんて、初めて知った。私と月子なら、彼女のほうが注目されていたのに、なんだってそんな考えに至ったのだろう。

 光子郎と話したい気持ちと、今は会いたくない気持ちがあって、結局後回しになっていた。あれからまだ一度も話していない。

 とはいえ今は時間が惜しいからきちんと話すのは大会後にしようと考えている。

「満子さん、光子郎さんが」

 水下愛に呼ばれて振り向くと、ガラス張りになっている壁面の一つに光子郎が見えた。こちらに手を振り、ちょっとこいと言っているようだ。私は脱力する。せっかくたった今、大会後に話そうと思っていたのに間の悪い男だ。今日か、今日なのか……。もうちょっと心の準備とかそういうのをさせてほしい。

「はぁ。愛ちゃん、ちょっと一人で三十周してて」

「三……はい」

 なにか言いたげな水下愛を残して訓練室を出ると、扉のすぐそばに光子郎が立っていた。そしてその隣に、もう一人。

「アラン。どうしたんですか」

「噂で君がデュエットに出るって聞いたから、本当かどうか確かめに来たんだ。そしたらコーシロウが案内してくれたんだ」

「おみやげを貰った」

「あ、ムーンプリン。ありがとうございます」

 光子郎が箱を見せてきた。ムーンベース土産で有名なやつだ。カラメルがきらきらしていて、固めのプリンで結構好きだった。

 私はアランと一緒に訓練室の中が見える窓を覗いた。体勢を崩してジタバタしている水下愛を指差す。

「あの子と出るんですよ」

「あの子がアイ・ミズシタか」

「そうそう、よく覚えてますね」

 一度話しただけなのに。彼の記憶力に驚いていると、アランが顔を綻ばせた。

「妻が好きなシンクロの日本人選手と同じ名前なんだ。まだ十六なのに、美しくてマーメイドみたいだって」

 私はアランの言葉に面食らった。光子郎も目を丸くしている。どう言うべきか。言葉を選ぼうとして、私にそんな気の利いたことできるわけないと諦めた。

「アラン、言いにくいんですが、たぶんそれ、本人です。彼女、シンクロは引退しました。今はダンスをやってるんです」

「……ん?」

 私の言っていることが理解できなかったのか、首を傾げてきた。なので簡潔に言ってあげる。

「あのド派手な回転かましてる子が、シンクロのアイ・ミズシタです」

 アランはぽかんとした後、動揺しているのか手を上げたり下げたりして、それからふさふさの髪を撫でた。

「同一人物か? 同姓同名ではなく?」

「えーっと。私も詳しくはないんですが、マーメイドって呼ばれているシンクロの選手が他にいないなら……」

 そりゃ疑いたくもなるよねと思いながら答えると、アランは私の両腕をガシッと掴んで揺さぶってきた。

「アイ・ミズシタと踊るのか? 本当に? 彼女はシンクロを引退して、君はシンクロ選手とダンスするのか?」

 彼がショックを受けているのか、それとも別の感情なのかがわからなくて、私はただ頷いた。

「ええ、まあ」

「これは……はは、なんてこった、予想外だよ」

 本当に驚いたらしく、アランは参ったとでもいうように両手を挙げて大笑いし始めた。廊下に笑い声が響く。

「君は本当、昔からアメージングな奴だよ。なるほどな、うん、良かったよ」

 そんなアメージングなことしただろうか。思い当たるフシがなくて今度は私が首を傾げる。それになにが良いのかもわからない。

「なにがいいんですか」

「なにが、だって? そりゃ、君にとってもその子にとってもだよ。それに君はデュエットが向いているんだから」

 豪快に背中を叩かれ、私は前のめりになる。ちょっと咳き込んだ。

「それ、光子郎にも言われましたけど、なんなんですか?」

 ソロに向いていないと言われているようで、正直複雑だ。アランと光子郎が顔を見合わせた。

「秋月、お前、まだわかってなかったのか」

 呆れたように光子郎が言った。もったいぶらずに早く言ってほしくて、ムッとする。

「君、パートナーのことを見ながら相手に合わせて動くよね?」

「デュエットなんだから当たり前でしょう」

 私がそう言うと、アランはにっこり笑った。

「それが君の強みってことだよ」

 ウインクされたけど腑に落ちない。一体二人してなんなのか。アランは不満を隠さずにいる私を気にせず、水下愛の話題を振ってきた。

「それで、彼女のダンスはどうだい? 少しはうまくなったかい?」

「いや……ド下手です」

 私が真顔で言い切ると、フォローするようにアランはにこにこ笑う。

「うん、まあ、まだ時間はあるだろう、うん」

「リカバリーできないくらい、ド下手です」

 アランの動きが止まった。しかしすぐに励ますようにポンッと私の肩をたたいて真剣な表情をした。

「……オーケイ、マコ。俺から言える応援はこれだけだ。ミラクルを信じろ」

「ミラクルで何とか出来るレベルの選考会じゃないですよ」

 思わずそう呟くが、アランは聞こえていなかったらしい。パッと肩から手を離された。

「ま、楽しみにしてるよ。マーサにも伝えたら喜ぶだろうなあ」

 マーサの名前に私はふと、さっき話していたサラ・ウィーランを思い出してアランに声をかける。ちょうどよかった。

「あの、アラン。お願いがあるんですけど」

「うん? なんだい?」

「あー……えっと、もしできたらでいいんですけど、サラ・ウィーランとお話することってできます?」

「おや、興味がでてきたかい?」

 嬉しそうな顔をしたアラン。私は慌てて付け加える。

「あの子が話してみたいって」

「へえ」

 意外そうに水下愛をもう一度窓から覗き込むと、アランは快く頷いてくれた。

「マーサに聞いてみるよ。うちへ食事しに来ると良い」

「ありがとうございます」

「コーシロウもね」

 アランが光子郎にも微笑むと、光子郎も素直に頷いた。それからアランは水下愛が見れたからと上機嫌に帰っていった。

 残されてしまった私と光子郎はしばらく黙っていたけど、そのうち光子郎が手に持ったままだったプリンを軽く持ち上げた。

「まあ、プリンでも食べるか」

 あまりの脳天気さに頭突きしてやりたい気分だった。だけどさすがに大人げないのでやめた。

「愛ちゃんが三十周終わったらね」

「そうか。そうだな」

 プリンの箱に目をやると、ふと彼の左手の指輪が視界に入った。結婚指輪になるはずだった、永遠の誓いになりそこねた指輪。月子の死が彼を苦しめていただけじゃない。後悔させていた。

「あのさ」

 月子が光子郎と結婚すると言ってきたのは、もう四年も前になる。光子郎を思い切り一発殴ってやったっけ。あの頃は光子郎が本当に彼女のことを好きなのかと疑っていた。

「その……月子のこと、なんだけど」

 光子郎と月子の話をするのは勇気がいる。お互い地雷を踏まないように気を使ってきた三年間だった。

 光子郎は三年間、ずっと悩んでいたんだろうか。私がこうなっている責任というのは、彼が月子を止めなかったからということだったのか。それとも、彼が月子のことを話してくれなかったからか。それを確かめたかった。

「この間のこと、話したくて」

「あぁ。気にしなくていいよ。俺が勝手に傷ついて、責任を感じているだけだから」

「でもさ、やっぱり、大変だったじゃん」

 月子が死んですぐ、月子と結婚予定だった光子郎の周りは慌ただしかった。地球への帰国手配、葬式、式場キャンセル、関係者への連絡。私と光子郎で手分けをしたものの、お互い悲しんでいる暇なんてなかった。

 いろんなことが終わった頃には、悲しい気持ちも一段落してしまっていた。

 失った瞬間の、火花のような悲しみ。その深い悲しみが、ほんの少し気持ちが落ち着いてしまっているのだ。

 それは人によっては救いになることもあるだろうけれど、罪悪感となることもある。そうして、私たちは後者だったのかもしれない。

「ごめん、私、今まで光子郎がそんな後悔しているなんて思ったことなかった。でも、月子が死んだのも私が苦しんでるのも、光子郎の責任じゃないよ」

「…………」

 光子郎は何も言わずに水下愛を見ていたけど、やがて口を開いた。

「俺さ、秋月のことたぶん、恨んでたんだ」

「え?」

 ぎょっとしたけど、光子郎はいたって真剣な表情だった。でもそこには本人が言うような恨みや怒りは見て取れない。

「言っただろ。月子は秋月から離れたかったんじゃなくて、一緒にいたかったんだよ。だからソロでやろうとした。秋月と一緒にいるために、独り立ちしたくて。それで、俺はずっと秋月に嫉妬してたし、悔しかったし、恨んでた。羨ましかった」

 光子郎の言葉になんと返せばいいのかわからなかった。

「秋月がソロになったとき、他のパートナーを探す気にならないとか、そんな理由じゃないことはわかってた。だって秋月はスペースダンス、休むことすらしなかったもんな。だから月子がどうしてソロになったのか知りたがっているんじゃないかなって思ってた。でも俺には言えなかったんだ」

 光子郎はそう言うけど、私だって一度も聞かなかった。月子が、どうしてソロになったかなんて。

 きっと聞いていたら光子郎はもっと早く教えてくれていたはずだ。結局、私が臆病だったからこんなに時間がかかってしまったんだ。

 でも、彼に言わなくてはいけない言葉がようやく見つかった。

「光子郎、違うよ。月子がソロになったのは、私のためじゃない」

 そうだ、違う。

 月子は私と一緒にいるためにソロになったんじゃない。そうじゃない。だって、私たちはスペースダンサーなのだ。

 光子郎は止めたかったと言っていたけど、結局止めなかった。月子を尊重した。それは、あの子の幸せが宇宙に出ることだって知っていたからだ。光子郎だってきっとわかっている。

「私、月子があの大会に出るのを止めていたらなんて、一度も思わなかった」

 どうして月子がひとりでやろうとしたのかばかり考えていた。

「やっぱり秋月はスペースダンサーだよな」

 光子郎の苦笑いに、私は頷く。

「そうだよ、私はスペースダンサーだから、宇宙で命懸けで踊るのは当たり前。それは月子もだよ。月子もスペースダンサーだったんだよ。月子は……自分勝手にダンスがしたくて死んだんだよ。私と一緒にいるためだったって光子郎は言うけどさ、結局あの子は自分でダンスがしたくてソロを選んだんだよ」

 そうだ。自分で誇れるスペースダンサーになりたくて、きっと私の片割れはソロになったんだ。高尚な理由なんてない。ただ、自分がスペースダンサーだったから、自分自身の表現を見つけたかったにちがいない。

「月子のワガママだったんだよ」

 そう言うと、光子郎はしばらく私を見ていたが、やがて微笑んだ。

「満子ちゃんは私を見ていてくれるって、月子は言ってた。誰かを見ながら自分を表現できるって、自分の中の重心がしっかりしていないとできないって言ってたよ」

「私、そんなにすごくないけど」

「ソロのときはなんでかそれができてないもんなあ。でも月子もそれが欲しかったんだろうな。誰かに引っ張られない、自分の演技ができるようになりたかったんだろうな」

 いつも優しく笑っていた月子を思い出す。そんな我の強さを持っていたなんて、知らなかった。気づかなかった。いつも穏やかだった。あの穏やかさの内側に、命を懸けるような熱を持っていたんだ。

「そんなことしなくたって、あの子はすごかったのに」

 自分が情けなく思えてくる。私にはそんなものない。高校生の水下愛だって、自分の人生を生きようとする炎があるのに。

 私はスペースダンスしかできないから。だからここにいるだけのような気がする。

 そう呟いたのを弱気に受け取ったのか、光子郎が目を細めた。

「もう月子の後なんて追いかけなくていいのかもな。秋月、自分で言ったじゃん。月子のワガママだったって。もう、どうしてソロとかデュエットとか、そんなの考えないで、自分の好きなようにやってみなよ」

 光子郎が微笑んだ。弱々しい笑みで、疲れきってしまったかのような顔つきだった。

「ごめんな。三年もかかっちゃった、こんな簡単なこと言うのに」

 謝られて、私は首を横に振った。

「光子郎が謝ることじゃないよ。もういいよ」

 そう、もういいんだ。月子が私を置いていこうとしたわけじゃない、離れようとしていたわけじゃないとわかったのだ。だからこそ、この答え合わせに、私は途方に暮れていた。

 ――それじゃあ、私はこれから、なにを目的に踊れば良いんだろう?

 月子が見ようとしてたものを掴んでしまい、私はいよいよ

 そろそろ訓練室で三十周が終わろうとしている水下愛を見ながら、ぽつりと呟く。

「寂しいねえ、月子がいないと」

「そうだな」

 光子郎と私はお互い、大人だ。声を上げてすがり合って泣くようなことはしなかった。

 時間が徐々に解決していってくれることを知っていた。寂しさがときおり風のようにやってくるけれど、それにも慣れた。

 ――今は、この寂しさすら、愛しい。

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