11 睡眠不足

体育の時間、案の定、体育倉庫だか用具室に閉じ込められた僕とシノさん。

何となくこの展開は読めていたんで、お互い冷静だ。



二人で高跳びなどに使うであろうマットに座る。


陸上部などの運動部がそこそこ出入りしてるんだろうが、それでも埃は溜まるのか、座った拍子にフワリと舞った。

キラキラ

と、小窓から差し込む陽の光が、埃を砂金のように輝かせる。


わーわー キャーキャー

倉庫の外からは、体育の授業をしている同級生らの声。


……疎外感。


外の時間だけが進んでいて、僕らだけが世界に置いてけぼりにされた感覚。

それは案外、悪い気分では無かった。


「授業中に消えた男女。噂されちゃうね」

「困りますか?」

「別にー。シノさんは?」

「同じく」

「なら授業終わるまでサボってよーぜー」

「終了までにここから出られる保証はありませんがね」

「このまま見つけられる事なく天気の良い日にアスファルトで干からびてるカエルみたいになるんだ、僕達は」

「流石にそこまではいませんよ」


ゴテン、と後ろに倒れ、仰向けに寝転がる僕。

無駄な体力の消費を抑える為だ。

あと単純に食後と運動後だから眠い。


「ふぁー……ムニャムニャ……シノさん、お弁当食べたぁ? 僕がアレンジしたんだぉ」

「食べましたよ。桜でんぶで表した桃が可愛かったですね」

「いやぁ? アレはでんぶで臀部(おしり)を表現したんだよー」

「聞きたくなかったですねそれは」

「まぁハートと捉えて貰ってもいいよー。リノちゃんから貰ったお弁当もハートでんぶだったしー」

「もうお尻しか思い出せないんですが」


まぁお腹に入れば同じか。


「シノさんの作った卵焼きも美味しかったねー。塩っぱくてご飯が進んだよー」

「……アレは弁当箱に入れなくても良いと言ったのに……見た目も焦げてカタチも悪くて……失敗作ですよ」

「そー? 食えりゃいいんだよ食えりゃー。価値があるぜー? リノさんが作った卵焼きはー」

「……価値なんて無いですよ、私なんかには」

「んー?」


随分と後ろ向きな発言だねぇ。

ここが暗くてジメッとした場所だから感化されたのかなぁ?

シノさんはすぐにシリアスにしたがるってリノちゃんも言ってたなぁ。


「どしてー? 君は今までも沢山頑張って結果を出して来たじゃないかー。勉強だってスポーツだってー」

「勉強なんて、詰め込んでるだけです。運動も、体力馬鹿なだけ。球技などは全然ですよ」

「それが出来るのも才能だと思うけどなー。あ、じゃーアイドル活動はー?」

「……それだって、全て妹の功績です。あの子を褒めてやって下さい。あの子は、私と違って何でも器用にこなせますから」

「そんなにリノちゃんて凄いんだー」

「アイドル時代、歌も、曲も、ダンスも、全てあの子が考えました。その後のお金稼ぎの案も、全てあの子が主導です。私は……ただ、おんぶに抱っこだった」

「なるほどねー」


適所適材、と口に出すのは簡単だけどねぇ。

ここでの慰めの言葉は、嫌味や他人(ひと)事な言葉になるだろうねぇ。

彼女は今後も一生、そのコンプレックスを抱えるんだろうねぇ。

美人姉妹アイドル、というカタチだから売れたのもあると思うけどねぇ。


「まー確かにー? 何でも出来そうなシノさんが簡単な料理でアタフタするなんて、結構な萌えポイントだったよぉ」

「……ハリボテで幻滅したでしょう」

「萌えって言ってんだろぉ?」

「過ごしていく内にイラついて来ますよ……こんな何も出来ない空っぽの女なんて……」


「なら一緒に寝ようぜー」

「えっ? キャッ!」


ボフンッ

シノさんの体操着の首根っこ(首後ろ辺り)を掴んで引っ張ると、抵抗する間も無く、彼女は僕の隣へと落ちて来た。


「ふぁぁ……このまま昨日みたいに隣同士で寝るかー」

「ちょ、ちょっと……あまり近付かれると……あ、汗くさいので……」

「んー? (クンクン)別に、良い香りだよー」

「かっ、嗅がないで下さいっ」


シノさんはサッと少し離れて、


「い、一体……二人で寝てどうなるというんですか……」

「あーん? ああ、空っぽがどうとかだっけー? ポエミーだねぇ」

「私は……真剣な悩みを……」

「でもー、もうそんなの関係無いよねぇ」

「関係ないって……」

「君が空っぽでぇ、脳筋だとしてぇ、だから何ー? って話だよー」


「どうせー、僕らはこのままここから出られないんだからー」


「えっ……?」


おかしな反応をする。


「ふわぁぁ……君も言ったじゃないかーここから出られないってー」

「いや、出ようと思えばいくらでも手段は……」

「そうかーい? じゃー、君はここから出たいー?」

「そりゃあ、ずっとこんな場所にいるのも……」


「ここならずっと、空っぽの僕と空っぽの君しかいないよー?」


「…………だから、もう誰かと比べないで済む、と?」

「そもそもー、空っぽ具合なら僕の方が『上』だろうしねー」

「どういう張り合いですか」


あーもう、眠気がピークだ。

さっきから僕自分、発言もテキトーだ。

自分の中で推敲も逡巡もせず、感覚で、言いたい事だけ漏らしている。


「はぁ…………無茶苦茶です…………」


でも。


朧げな意識の中で、ピタリと、人肌の温かみ。

甘い香り。


「でも、貴方といる時だけは、空っぽでも、いいんですよね」



ガタッ! ガタタッ! ガラッ!



「あーッ! やられた! 私が仕掛けたのにッ!」


「ッ!?」

「あー……もう寝かせてくれー」

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