10 体育倉庫

リノちゃんと文芸部部室でお昼を過ごしていたわけだが、終了のチャイム。

と、そのタイミングでやって来たシノさん。


「シノさん、来てくれたはいいけど、もうお昼終わりだぜ?」


「遅かったねお姉。存分にイチャつかせてもらったよっ。それでも全然物足りひんけどなっ」

「ならば二人とも落ち着いてないで早く出て下さい。次の授業があるでしょう」

「わざわざをそれを言いにここまで?」

「このままだとリノは彼をこの場に拘束しそうですからね」

「されそうになったよ」

「えー、いーじゃーん」

「兎に角、リノは自分の所に戻りなさい。貴方も、行きますよ」


僕を見て言うシノさん。

世話掛けるねぇ。


「次ってなんの授業だっけ?」

「体育です」

「ならお兄ちゃん、後で体育倉庫に来てよっ。閉じ込められようぜっ」

「あのシチュって狙えるものなんだ」

「馬鹿な事を言ってないで早く行きなさいっ」

「んだよっ、足グキってなれっ」


呪詛を吐き捨てながらリノちゃんは部室を後にした。


「では行きましょう」

「うん。……ん?」


キュ


まるで、赤ん坊を掴むような強さで。

そっと手を握られた。

その手は、廊下に出たらすぐに離される。

数秒だけの手繋ぎ。

ただ、僕を外に出すという理由の行動で、深い意味は無かったのかもしれない。



さて、着替え終わって、体育の時間だ。

グラウンドに集まって。


「はーい、じゃあ二人組になって準備運動してー」


体育教師ってホントにこんなセリフ言うんだなぁと、僕は少し感動した。

さて、それはそれとして……そんな事をする相手(パートナー)はいないわけだが。


「やりましょうか」

「お?」


ヌッと現れ、声を掛けてくれたのは体操着姿のシノさんだ。

白いシャツと紺の短パンというオーソドックスなデザインだが、彼女が着るといかがわしく見える組み合わせだ。

ザワッと周囲の空気が変わる。


「悪いねぇシノさんや。どっちからやる?」

「では貴方から」


僕は地面に座り、脚を伸ばす。

なんだか視線が多いから周囲に背を向けるような角度になるか。


「押しますね」

「んー」


グッと。

そこそこの力で後ろから体重を掛けてくるシノさん。

女の子に力で組み伏せられてるみたいでキュンとしちゃうね。


「にしても、良いのかい? 僕に構って目立ちゃってー」

「余っている者への救済です、私は善人として見られるでしょう」

「君に利益があるならいいけどさー。でも、次の体育の時間とか、敢えてボッチになりそうな男子が出てくるぜー?」

「いや、その時は普通に貴方か女子と組みますが。まぁ貴方は毎回余るので問題ないでしょう」

「僕としかシないって?」

「言い方。まぁ、そうですね」

「他の男と(ペアになって準備運動)シたことは?」

「やりませんよ、そんなの」

「わぁ、君の初めて、貰っちゃった」

「言い方。……では、交代で」

「んっ」


肩に置いた手を離し、僕から一歩離れるシノさん。

周囲からの視線は未だに感じている。


「じゃあその場に座って貰える? 僕が後ろに回るから」

「はい」

「さっさと終わらせるね。君が目立たないようにしないと」

「私は気にしませんが……」


立ち上がろうとする僕。

だが 「あっ」 グラリとバランスを崩し……ズルッ


「グヘッ」

「ちょっ」


ドシンッ

……背中から、彼女の方に倒れてしまった。

痛みは無い。

彼女がしっかり受け止めてくれたから。


「ぅー、ごめん」

「随分と目立つ真似をするでは無いですか」

「君がそういう星の下に生まれたからかも……」

「別に日常的に目立つイベントなど起こしてませんよ」

「重いでしょ。そのまま横にペイってやっていいよ」

「……いえ、そんな雑な扱いはしません」

「後ろからの抱き心地気に入った? 別に、僕も背中に柔らかな感触味わえてるからウィンウィンだけど」

「は、離しますねっ」


その後は、特にハプニングも無く準備運動が終わる。

感想としては、後ろから見たり触ったりしたシノさんは、全体的にムチッとしていて素晴らしかった。


「準備運動終えたかー? じゃー始めるぞー」


ピッピーとホイッスルを吹く先生。


「今日ってなんの運動するんだろ?」

「確か、グランドの外周を決まった周回走ってタイムを測る、だった気がします」

「めんどー」

「私達の順番は最初の方みたいですね」

「ふぅん。…………ん?」

「どうしました?」

「準備運動終えたし、友達のとこ戻ったりしないの?」

「ここに居たら迷惑ですか?」

「全然? 一緒にゴールしようねっ」

「途中で裏切りそうですね」


もう、周囲からの視線も慣れたものだ。


「……(キュッキュ)」

「あ、走るからポニテ? それも似合ってるねー」

「……そうですか。貴方も髪を結いますか?」

「でも僕、ゴムとか無いし」

「私のゴムを貸しますよ」

「わー、高値で売れそー」

「終わったら返して貰いますので」


キュッキュ

僕も結んで貰った。

普段結ばないんで首の後ろがスースーして違和感が凄い。


「うなじを露出とか、まるで全裸みたいで恥ずかしい……」

「ならばここにいる女子は殆ど全裸ですね」

「君と一緒なら全裸でも頑張れる気がするよ」

「もう全裸という話で進めるんですね」

「男子は興奮して走れなくなるぜ。女の子のうなじ大好きだからな」

「ほら、始まりますよ」


ピッ!

スタートのホイッスルが鳴る。

ダラダラと走り出す僕達。


「いいのかい? 僕に合わせて。今までも好成績を記録してたのに」

「成績など気にしてません。学校など卒業出来ればいいので」

「カッケー。でも、僕とつるんでる所為で堕落したとか言われない?」

「言わせておけばいいんです」

「カッケー」


タッタッタ


「にしても、高校になって男女一緒で体育って珍しいんじゃない?」

「まぁ、普通は分かれるみたいですね」

「これでなー、プールの授業があったらなー」

「流石にその時は男女分かれると思いますよ。まぁこの学校のプールは水泳部専用ですので、要らぬ心配ですが」

「この学校という環境で君の水着を見たい衝動と、他の男には晒したくない感情がぶつかってるよ」

「……なんだか倒錯していますね」

「あ、なら今度、夜の学校に忍び込んでプール入らない? 青春、感じない?」

「……まぁいいですけど」

「うーん……僕とつるんだ所為でどんどん悪い子になってくな」


タッタッタ


「よっ(ウロウロ)ほっ(ウロウロ)」

「……さっきから、何故ちょこちょこと走る位置を変えてるんです?」

「あん? バッカ、君が走るたびに『ユサユサ揺らす』からだろ? 見えないようにしてるんだよ。警戒心無しか」

「……別に、私にとっては今更なのですが」

「ま、僕が気に入らないんだよっ。僕がいる時は(ユサユサを)独占するよっ」

「途中まで様になっていたのに」


タッタッタ…… っと。


「お? ゴールみたいだね」

「なんやかんやで最後まで先頭でしたね。疲れてませんか?」

「うん、別に(スタスタスタ)」

「……どこかに行くんです?」

「終わった人から自由に動いていいらしいじゃん? だから、ちょっくら『体育倉庫』に」

「何故……?」

「さっきリノちゃんが体育倉庫どうこう言ってたからね。ホントに居て待ちぼうけ食らってたら可哀想だろ?」

「それは……まぁ、確かに居そうですね、授業をサボって」

「なもんで、確認しに行くよ」

「……私も行きます」

「あはは、取って食われるわけじゃあるまいしー」

「昨日今日の記憶が既に無いんですか?」


スタスタスタ


「とーちゃーくっと。うーん……着いたはいいけど、今居る外の用具室か、体育館隣にある中の用具室か……どっちかな」

「居るとするなら中でしょう。わざわざ外に出るとは思えません」

「逆に、人の出入りが多い中より、外を選びそうな気も……」

「というか、普通鍵とか掛かってません? こういう場所は」

「いや、普段はある南京錠が今は無いね。多分入れるよ」


ズズズッ

重い引き戸を開くと、中の独特の香りが鼻先をくすぐる。


「リノちゃーん?」

「居そうですか」

「どうだろ? 気配殺して隠れてそう。油断したらバッと出てきそう」

「否定出来ませんね」

「光を嫌がるのかもしれん。戸を閉めたら出てくるかも(ズズズッ)」

「完全に妹の扱いが虫ですね」


ガチンッ


「うん……? (ガタガタ)うーん……」

「開きませんか?」

「うん。まぁ、そんな事になる気はしたけど」

「どうします?」

「取り敢えず、そこに座って休もっか」

「そうですね」

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