6 吸引力
風呂上がり……僕は自分の部屋にいた。
自分のベッドに寝転がりながらスマホを確認すると、怒涛の着信履歴。
全て妹ちゃんからだ。
なんか怖いんで無視無視。
トントン
「ん? あ、はーい。どーぞー」
またあの子かな? なんて思っていると…………
ガチャリ
「……失礼します」
「おや」
意外なお客様。
いや、立場的に僕がお客様か。
現れたのは姉のシノさんだ。
服装は……寝巻きなのだろう。
キャミソールにショートパンツという、なんとも肌色成分の多い(男には不)健全なソレ。
「今、よろしいですか?」
「いーよー」
僕は身体を起こし、ベッドから足を下ろして座る。
シノさんは数秒目を泳がせていたが、察した僕が、僕の隣をポンポンと叩くと、
「そ、そこに、ですか?」
「うん」
「……はい」
少し躊躇しつつも、シノさんは僕の隣に座った。
ベッドからギシリと軋む音。
ふわり……
彼女から風呂上がりの柔らかな香りが漂う。
ドキリと僕の心臓が跳ねた。
てか今思うとこの距離感近いなっ。
ベッドの隣に誘うのもおかしくない?
まぁ、もう今更だからよし!
「それで、何か伝えたい事でも? この生活におけるルールとか?」
「いえ……その辺りはいずれ……逆に、貴方の方が疑問が多い筈です」
「うーん……『僕を連れて来た理由』、だよね?」
頷くシノさん。
「本当は……もっと段階を踏む予定だったんです。まさか、あの子がこんなに早く行動を起こすなんて……」
「でも、遅かれ早かれ僕はここに招かれてたんだね」
「……はい」
「うーん。なぜ僕なんだい?」
すると、彼女の瞳は、一瞬、寂しそうな色を見せて。
「私達は昔、会ってるんです」
「まぁ、だろうね」
でないと、二人の態度の説明がつかない。
大浴場でもなし、よほどオープンな人でない限り、交流の無かった相手と風呂に入れるわけもない。
「随分、昔の話です。憶えてなくとも仕方がありません」
「ふむ。その時に、僕はリノちゃんに気に入られたって事か」
一緒に暮らしたいと思うほどに。
「……半分、正解です」
「半分? 残りの半分は…………いや、今はそれでいいかな。聞きたい事は聞けたし」
「えっ……もういいんです?」
「うん。知りたかったのは動機ぐらいだったし。別の知りたい事が思い付いたら、その時に訊くよ」
「そう……ですか」
いきなり全部知っちゃってもね。
ストーリーは徐々に明らかになった方が良い。
「でも、シノさん的にはいいのかい? 姉妹の住処に男なんかが居て。今回の件はほぼ、リノちゃんの我儘だと感じたけど」
「…………本当に嫌であれば、お風呂になんて入りませんよ」
「それもそうか」
どうやら、シノさんからの好感度も低くないようだ。
学校で、教室で、彼女から睨まれていたと感じたのも、全ては僕の思い違い。
まるで、チートを使ってヒロインの好感度を稼いだような感覚。
昔の僕、この姉妹にどんな魔法を使ったんだ?
……二人の間に、少しの沈黙。
それは、決して息苦しいものではなく、むず痒い感じの沈黙。
お互い、薄着でベッドに座っている事を、この沈黙で意識してしまう。
部屋の中で聞こえるのは、二人の息遣いと、部屋の壁掛け時計のカチカチという秒針のみ。
もし……
お互いの手が。
ベッドに置かれた僕の右手と、隣に座る彼女の左手が少しでも触れたら、『何か』起きてしまいそうな予感。
僕だって、若い男だ。
『そういうこと』を自然と意識する、健康体だ。
あの(元)アイドルが、手を伸ばさずとも届く距離にいる。
少し身体を傾ければ、肩同士が触れ合うだろう。
密着していたお風呂の時とは違う、わずかな距離感が生んだむず痒さ。
怖い、とは思わないのだろうか?
この姉妹はバカではない。
男を家に受け入れる事のリスクも、承知の上だろう。
怖い、とは思わないのだろうか?
それとも……
リスクだとは思ってない?
「ああ、これは大した疑問じゃあないんだけどさ」
……ってのは、流石に飛躍した考えか。
少し、利己的(僕の良いように)に考え過ぎた。
姉妹は、僕を信用してくれてるんだ。
変な事はしないと、純粋に。
僕は、自らの上がり始めた体温を冷ます為に、彼女と会話をする事に。
僕の次の言葉を、彼女は黙って待っている。
それは、本当に大した事のない疑問だった。
「もし僕が住むのを断っていたらどうしてたんだい?」
何気なく訊いた質問。
の、筈が。
それは『スイッチ』だったらしい。
ススッ……
不意に、ベッドに置いていた右手に感触。
柔らかい何かが触れている。
視線を落とすと、僕の手の平の上に、シノさんの左手が重ねられていた。
それは、彼女が暗黙のルールを破った瞬間。
「あの時、約束、したじゃないですか。こうやって……」
小指が絡められる。
ゆびきりげんまん。
「貴方は、裏切る事なく、守ってくれたんです」
彼女の瞳は、深く深く、僕の瞳を覗いていた。
「貴方は、やはり貴方だった。だから……いいじゃないですか」
僕は、彼女の青い瞳に、そのまま吸い込まれそうになる。
ペロリ 彼女は自らの赤い唇を湿らせた。
濡れる瞳、濡れる唇。
瞳に、唇に……その吸い込まれる力に、僕は抗えない。
まるで魔法。
僕は……そのまま、彼女の瞳へ、唇へ……
「オラァ! 抜け駆けは禁止だぁ!」
ドンッ!
勢い良く開かれる部屋の扉。
その音にシノさんはビクッと跳ね、即座に現状を把握し、
「す、すいませんっ」
バッと僕から距離を取った。
僕も、魔法が解けたみたいに体に自由が戻る。
「おー? 直前だったかっ。お約束(キス妨害)、間に合ったみたいだねっ」
現れたのは、元気っ娘リノちゃん。
その格好は姉同様、肌色成分が多い。
「全く、人が『準備』してる間に先を越されたよっ。油断も隙もありゃしないねっ」
「さ、先も何も、私はお話しに来ただけで……」
「ああんっ? じゃあ今何しよーとしたか言ってみろよっ。普段Tシャツとかの癖にそんなエロい格好で近付いてよぉ?」
「た、たまたま顔が近付いただけですっ」
「苦しいわ言い訳がっ」
ずんずん
ドスンッ
リノちゃんは僕の隣、シノさんとは反対側に座り、僕の腕を抱いて、
「はーっ、なんか落ち着くねこの部屋っ。無印の店内みたいでっ」
「実際そこで揃えたのばっかだからね」
「それはそれとしてっ。気を付けてねーお兄ちゃんっ。危険度で言えば、私よりお姉の方がデンジャーだよっ」
「こ、抗議しますっ。この子の言う事を信じないで下さいっ」
「私は理性をコントロール出来るけどお姉はドーテー君みたいに暴走するタイプだからねっ! 今のもそんな流れでしょどーせっ」
「(コクリ)」
「う、頷かないで下さいっ」
「いーい? お姉みたいな真面目人間は、二人きりになったらシリアスかエロい空気かのどっちかしか作れないからね?」
「君は心理学者になれるよ」
「リノッ、もう部屋から出て行きなさいっ」
「続きでもする気かっ。私もエロい事するんだっ」
「し、しませんしさせませんっ」
僕を挟んでワーキャーしあう姉妹。
当然、その間に居る僕なんかは普通に巻き込まれて……
ぽふんっ
三人共、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。
「よしっ、このまま三人で寝よーぜっ」
「何を言うんですかリノッ」
「浴槽と違ってこのベッドは安物シングルだぜ? 狭くない?」
「だから良いんでしょ?」
確かに。
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